金剛氏が毒殺だと喚いたことと、錯乱して日本刀で斬りかかるという惨事に、管轄の警察署のみならずD県警からも捜査員がすっ飛んできたのはそれでも30分後のことだった。金剛氏と彼に切られたふたりは診療所の医師によって死亡確認が行われたため、金剛氏を合わせて3名が死亡する事件になった。
婚約祝いの招待客は全員呆然としているか恐怖に取り乱しているかで、本家の空き部屋にそれぞれ押し込まれて診察や事情聴取を受けることになった。らも同様に待機に使われていたような和室に通され、お茶を飲むなどは自由にしてもいいが、外部と連絡を取らないこと、許可があるまで退去しないようにと言いつけられた。
「あの最初に斬られた人、村長だったみたいね」
「ふたりめの人は、観光課の課長さんだったみたいですよ」
「みなさん、同じ式村さんだったんだろうに……」
まだ全然怖いので、3人は部屋の隅に寄りかかって抱き合っていた。というかメイさんは乾杯の酒を口につけていなかったので、バッグの中から市販薬の鎮静剤を取り出してふたりにも分け、全員白湯ですぐに飲み込んだ。鎮静剤なんてものを飲んだことがなかったと牧だったが、異様なものを目の当たりにした精神への負担を軽く出来るならなんでもよかった。
正直3人は全くの無関係な他人であるので、もし金剛氏が毒による死亡だったのだとしても動機に乏しいわけだが、そこも含めて確認が取れるまで村から、そしてこの式村屋敷から出ないように、というお達しだ。
なので確認が取れ次第帰れるはずと考えていたのだが、ポツンと取り残されたまま誰も来ない。というか凄惨な事件が発生した建物の中だというのに、やっぱり物音がほとんどしない。聞こえてくるのは風にざわめく木々の音や、風鳴りばかり。
努めて事件とは関係ない気軽な話を続けて待つこと3時間でようやく警察官が現れたときには「やっと帰れる」と安堵のため息をついたのだが、訪いもせずに部屋に入ってきた制服姿の警官は立ったままと牧を見下ろし、いきなり低い声を出した。
「牧紳一くんとさんで間違いないね?」
「えっ、はい、そうです」
それだけ言うと警官は廊下に顔を出し、何やら囁くと、今度は入れ替わりでスーツ姿の男性と女性がひとりずつ入ってきた。おそらく刑事。それにピンと来たと牧はげんなりした。しかも今回は友好的ではなさそう。
「あのね、君たちふたり、殺人事件に巻き込まれるの、これで4度目だってね?」
「……そうですね」
「まあ〜これまでの3件は全て犯人が逮捕されてますけどもね、ずいぶん当たりがいいですねえ」
「ちょっとよろしいですか、この子たちの保護者代理ですが、何がおっしゃりたいの?」
「えーと、脚本家だとかいう秋名さんですね。あなたも3度目だそうで」
「だから何? 私たちが事件を画策して犯人を焚き付けたとでも?」
「まっ、そういうことも不可能ではないでしょうな」
の静かなため息が牧の指にそよりとかかる。ただ巻き込まれただけだというのに、想像力の逞しい刑事さんのようだ。というわけで女性の刑事さんも同行してるということは、時間が経ちすぎているが身体検査なのだろう。逆らっても仕方ないので、3人は荷物も全て開いて見せた。当然怪しいものは出てこない。
だとしても疑わしそうな目を隠しもしない刑事ふたりに、は伝家の宝刀を抜き放つ。
夏川グループの代表にご確認ください。
そしてさらに2時間後。
「大変申し訳ありませんでした……」
「あなたね、2時間サスペンスのお約束じゃないのよ、こっちだって迷惑してるんですからね」
「ええ、聞けば牧くんは3度も犯人を追い詰めた名探偵だとか」
「やめてください、謎を解きたくて首を突っ込んだわけじゃありません」
敬さんが警察のお偉いさんと親しい……わけではなく、そもそもは夏川敬が招待客だったこと、彼を招待した式村志津夫とその家族が式村を離れて数十年であることなどが報告され、ついでに、牧紳一、秋名メイが過去3件の事件では無関係であることも各地警察から裏が取れたらしい。
そういうわけで、気付けば外は真っ暗、事情聴取はこれから、はまたため息。するとそこに昨日駅まで迎えに来てくれた式村さんが顔を出した。真っ青な顔をしていて、作業着の裾に薄茶色のシミがついている。きっと事件の一報に驚いてコーヒーか何かをこぼしたのだろう。
「あの、今夜はこの本家にお泊りいただくことになるかもしれません」
「えっ、帰れないんですか」
「だってまだ事情聴取始まってないんですよね」
「ええ、もう少しお時間をいただくことになるかと……」
「そしたら電車がないです」
「嘘お〜」
しかも今夜も紫黄村に残留だと外部に連絡をしたくても、まだ許可が降りない。
「あんたたちはいいわよ、今頃敬が八方手を尽くして色々やってくれてるだろうから」
「あれっ、メイさん締め切り抱えてるんでしたっけ……?」
「ありがたいことに締め切りがない日はもう10年くらい、ないのよ〜!」
本当にほんの一泊二日のプチ旅行のつもりだったのだろう。メイさんは座卓に突っ伏して呻いた。当然パソコンは持ってきていない。敬さんのように秘書やマネージャーもいない。国竹さんと松波さんはまだ自宅に居候中だが、親しき仲にも礼儀あり主義のメイさんは仕事部屋と私室にはしっかり鍵をかけてきてしまった。とりあえず今夜は為す術なし。
そして鎮静剤が効いたのか時間が経って落ち着いてきたのか、全員の腹がギュルギュルと鳴り出した。祝い膳はまったく手を付けていなかったので、メイさんは朝から何も食べておらず、と牧も朝食以来水分しか取っていない。熱い視線を注がれた案内係の式村さんはそそくさと出ていく。
「じゃ、ちょっとお話伺っていいですか」
「話すようなことは何もないわよ。あの亡くなった金剛さんがどうしてもって言うから」
「それは昨日の夕方のこと、でしたか」
「琥珀さんに聞きました?」
「いえ、今出ていった観光課の……」
「ああ、あの式村さんね。だったら帰れるでしょう」
「それが……その金剛氏が、他殺というか謀殺の疑いが出てきまして……」
「えっ、ほんとに毒殺だったの?」
「いえ、いわゆる心臓発作のようです」
「は?」
バツの悪そうな刑事さんが話すところによると、金剛氏が毒を盛るだのと口走ったことだし、診療所の医師は首を傾げていたけれど、一応検死を行ったそうだ。だが何らかの毒物による中毒死の痕跡は見当たらず、「持病の心臓発作」ではないか……という報告が返ってきた。
「持病で他殺……ですか」
「というか、診療所の先生にいつも飲んでる薬を確かめてもらったら、中身が、入れ替わってまして」
「入れ替わるって、いつも飲んでる薬が変わったら、いくらなんでも気付くでしょう」
「それが、金剛氏は毎回シートから出すのを嫌って、全部出してビンに移し替えていたらしいんです」
元々心臓を患っていた金剛氏は毎日処方薬を服用しており、今回のような急激な発作が起こるとは考えにくい、と診療所の医師が言うので、もしかして何日か飲み忘れていたのでは……と薬を調べたところ、シートから出された錠剤が100円ショップなどで手に入る透明なビンに移し替えられていた。
するとそれを確認していた診療所の医師が「これは私が処方した薬ではない」と言い出した。
「処方薬じゃなかったらなんなんですか」
「それは今検査に出していますが、まあ素人の私が見ても処方薬には見えませんでしたね」
「数は合ってたんですか?」
「合ってたんです。なのでおそらく金剛氏は持病の薬をしばらく飲んでいなかったということになるかと」
「それであんなひどい発作が出たんですか」
「今のところそう考えるのが自然ですかね」
なのでそれはともかく、事件のときの詳細や、金剛氏の錯乱について思い当たることはないか……ということを聞きたいようだった。だが何しろたちは昨日始めて足を踏み入れた土地であり、誰も彼も初対面だ。
「亡くなられたのは金剛氏の他に、村長の式村達夫さん、観光課課長の式村泰明さん、その泰明さんの隣にいたのがそこの神社の神主さんなんですが、何か覚えてることはありませんか」
瞬間記憶に長けている牧だが、今回の場合は過去の事件とは違って殺害している現場を目撃し、それがあまりに凄惨な場面だったせいで、詳細な記憶がなかった。一刻も早くとメイさんを逃さなければと思うのに、足がすくんでしまっていた。それだけ日本刀と血飛沫のインパクトは強い。
「いえ、それは皆さん同じですので、ご記憶のことだけで構いません。事件の前のことでも」
刑事さんによると、あの場で逃げようとして立ち上がれた人はいなかったそうだ。真珠さんなど全身に村長の血を浴びてしまい、しばらくまともに喋ることも出来なかったらしい。
「今朝……役場の職員の方だと思うのですが、大石さんという方と、この村の高校生3人と話しました」
「ほう、どんな」
「内容は雑談ですが、どうにもこの村の皆さんは金剛さんを恐れているように見えました」
牧が記憶をたどりながら話し出すと、刑事さんは身を乗り出してメモにペンを立てる。
「それは先程の観光課の式村さんも同じで、恐れているというか、ビビってる、という印象でした。金剛さんに逆らうと困ったことになるという噂を半ば信じている、というか。村の発展に貢献した偉い人なのは知ってるけど、怖い、というか。でもそれは実際に金剛さんやこの本家の人に何かをされたから、というわけでもなさそうでした。高校生の女の子は琥珀さんや弟さんのことを好意的に見ていたようですし」
かと思えば、金剛氏のごく身近な人物は彼を持て余しているようでもあった。
「ご長男の琥珀さんと……」
「絹田さん、ですか。彼女も困ってるような顔をしてましたけど」
「何か言ってましたか?」
「うーん、琥珀さんは婚約者の方が自分より年下なので気まずそうでしたけど……」
「でも昨日からずっと金剛さんに付き添っていて、我々にも何かというとお気遣いを」
「そうですか〜」
事実ただの通りすがりの観光客に言えるのはこんな程度だ。刑事さんも、わかっちゃいたけど大した情報はないな、という顔をしている。毎日欠かさず飲まねばならない薬を一体いつから飲んでいなかったのか、とにかく金剛氏は無防備な状態でいたところ、たまたまあのタイミングで発作が起こってしまい、それをなぜか本人が毒を盛られたと思い込んでの凶行だったわけだ。たちに解決の糸口になるような情報はない。
「それではまた何か伺いたいことがあるかもしれませんので、よろしくお願いします」
「大丈夫ですよ〜。ひとまず今日は帰れませんので〜」
目が笑っていないメイさんの笑顔に送られて刑事さんが出ていくと、待ってましたとばかりに先程の式村さんが顔を出した。いくぶん顔色が戻っているが、昨日より痩せたのではないかと錯覚するほど顔に疲労が出ていた。
「あのですね、お食事、お台所で食べられるそうなので、いかがですか」
「えっ、行きます! いいんですか」
「警察の方の監視がありますので、それでもよろしければですが……」
「大丈夫です、お願いします」
さしものメイさんもお腹ペコペコ。3人はまた長い廊下を案内されて、台所というよりは厨房といった様子のダイニングに通された。中では絹田さんが食事の支度をしていて、テーブルには琥珀さんと数人が背中を丸めて座っており、さらに制服姿の警察官がふたり、手を後ろに組んで立っていた。
「これはこれは、お疲れ様でございました」
「すみません、お世話になります」
「とんでもないです。こんな時間まで何もお出しできませんで、お腹空かれたでしょう」
絹田さんも疲れているようだが、それでも優しげな笑顔に3人は気が緩んだ。見ればテーブルの上には大量のおにぎりと味噌汁、そしてお菜があれこれと並べてあった。祝い膳の芸術作品のような趣はないが、ホッと安心できる眺めだった。絹田さんに勧められるまま席についたと牧はすぐに手を伸ばして食べ始めた。
それを見ていたメイさんが味噌汁を啜りつつ、ニヤリと目を細める。
「何かを思い出すわね。寒くて冷たい夜のことを」
「ああ、白米探偵が爆誕したときの」
「までそんなこと言うのか」
「そんなに嫌なの?」
「白米がやだ」
「白いご飯大好きなのに」
「それとこれとは別」
言いながらふたりは白いご飯で出来ているおにぎりを夢中で口に詰め込んだ。絹田さんの料理、家庭の味って感じでめっちゃおいしい。なのであまり意識していなかったのだが、ふと顔を上げると例の宝石四きょうだいもテーブルについて疲れた顔をしていた。
琥珀さんの他には女性がふたり、若い感じの男性がひとり。誰も彼も似た面差しをしていた。だが、父親が凄惨な死を遂げたにしては悲嘆に暮れている様子もなく、ただただ疲れ切っている、というように見えた。
するとメイさんが箸を置いて会釈をした。
「あら、これは失礼を。秋名と申します。この度は大変なことになりましたね」
「あっ、いいえ、こちらこそ大変ご迷惑をおかけしまして……」
すぐにそう返してきたのは女性のうちのひとりで、色白で豊かな黒髪のおっとりとした雰囲気の人物だった。
「あの……日野木あかりさんだと伺っていたのですが」
「あらごめんなさい、あれは筆名なんです。本名は秋名と申します」
「そうでしたか、こちらこそご挨拶もせず……」
「皆さん金剛さんのお子さんでいらっしゃいますよ……ね?」
4人それぞれが力なく頷く。おにぎりを頬張りながらそれを見ていたと牧は、メイさんがそんな社交辞令を利用して監視の警察官に自分たちが初対面なのだというアピールをしているのだと気付いた。なので余計な口は挟まず、黙々と食べ続ける。絹田さんの唐揚げめっちゃ美味い。
「はい、私は長女の翡翠と申します。兄の琥珀はご存知ですよね。こちらが次女の瑠璃、次男の玻璃です」
「私は秋名メイ、こちらは連れのと牧紳一です」
「どうも、お見苦しいところをお見せしてしまって、申し訳ありません」
「いいえ、皆さんもお辛かったでしょう、親しい方たちが」
「それが……」
全員でペコペコ頭を下げ合っていたところ、今度は四きょうだいが困った顔をして互いを見合わせている。
「それが、私たち普段は東京で暮らしているので、実はここに全員揃うのも10年以上ぶりで」
「えっ、そうだったんですか!? 私はてっきり皆さんもこの村の方なのかと……」
メイさんの驚きがちょっとわざとらしいので、と牧は腹のあたりが冷たくなる。だが普段は東京在住だと直接聞いたのは琥珀さんだけなので、あとの3人も全員東京というのには、微かな違和感を感じた。あれだけこの村に執着がある様子の父親がいて、子供たちが全員東京とは……
だがそこでと牧は今朝の大石さんたちとの会話を思い出した。確か琥珀さんは後継ぎに指名されていないという。そうなると金剛氏の性格からして翡翠さんと瑠璃さんをすっ飛ばして玻璃さんを後継者に指名していそうなものだが、四きょうだいよりも年下の若い婚約者といい、安易なお家騒動のイメージが湧き上がってくる。
「なので正直、亡くなられた村長さんや課長さんも面識があるというほどでもなくて……」
「そうでしたか……私たちもどなたなのか、さっき教えてもらったばかりで」
「あ、志津夫さんとは親しいんですよね?」
「親しいと言っても、よく行くホテルの常連客同士なんですよ。他では会ったことがなくて」
初対面同士だが、と牧以外全員東京在住なので、実は面識があるのではと勘繰られる可能性はゼロではない。メイさんの声色に若干の必死さが伺える。なんとしてでもこの紫黄村とは無関係なのだと印象付けたいんだろう。だがA大学の理事である志津夫さんとメイさんが白蝋館でしか会ったことがないというのも事実。
「そうですか、私たちも志津夫さんとはこの村でしか会ったことがなくて。それも子供の頃に」
「この村の式村の血筋は学校を出ると都会に出る習慣がありまして」
「今は進学の都合などで各地に出ますが、私たちの頃はまだ都会といえば東京一択で」
「父もあんなこと言ってましたけど、進学で家を出てからしばらくは東京だったんですよ」
4人はかわるがわるそんなことを教えてくれた。背後の警察官ふたりの緊張が伝わるような気がしていたけれど、当たり障りのない雑談にそんな空気も緩んだ。
全員都内在住といっても、四きょうだいは同居しているわけでもなく、それぞれ住まいも仕事もバラバラ。琥珀さんは「しがない会社勤め」で、翡翠さんは子育て中、瑠璃さんはキャラクターグッズブランドのデザイナー、玻璃さんはテキスタイルメーカーに勤務だという。聞き慣れない言葉についが口を挟む。
「テキスタイルってなんですか?」
「簡単に言うと、お洋服などの布のことで、それを作る会社なんです」
女子高生3人組が「かっこいい」と言うだけあって、そう答えてくれた玻璃さんは細面のすらりとした体にピアスと長い前髪のショートボブという、王子様タイプ。優しく微笑むその姿は、筋骨隆々色黒彼氏を持つでなければクラリとめまいを感じる魅力だったに違いない。
「そういえば君たちもなんだか有名な高校生だって聞いてたんだけど」
「えっ、有名とかそんなんじゃ、えーと」
「まっ、その界隈では有名なんですけどね〜。こっちの子が全国大会レベルのバスケット選手なんですよ」
メイさんのニヤニヤ顔と四きょうだい感嘆の声と牧の「やめてください」が交差する。
すると、静寂に包まれる式村屋敷に突然大きな物音が聞こえてきた。全員がダイニングの戸口の方を振り返る。今度は大人数が廊下を駆けていく足音。警察官ふたりが素早く戸を引いて様子をうかがったところ、「やめなさい」とか「絹田さん」という怒鳴り声が聞こえてきた。
その声に警察官ふたりは飛び出していき、一瞬で真っ青になった四きょうだいも出ていく。
「……絹田さん? さっきまでここにいたのに」
「そういえばいつの間にかいくなってたな」
と牧がぼんやりそんなことを言っていると、今度はその絹田さんがぎらりと光る柳刃包丁を手に、廊下を猛然と駆け抜けていった。
「えっ、なに今の!?」
「絹田さん包丁持ってたぞ」
「も〜勘弁してよ〜!」
頭を抱えて呻くメイさんを置いてと牧は戸口に駆け寄った。その前をさきほどの刑事さんや制服の警察官たちがやはり猛ダッシュで追いかけていく。すると玄関のあたりから絹田さんの声が聞こえてきた。これ以上追いかけてくる人がいないようなので、と牧は廊下に出てみる。
「近寄らないで。皆さんを傷付けたくありません」
「だったらその包丁を離しなさい。死んでどうするんです」
「もともと死ぬ予定だったのが早まっただけよ。私は裁きを受けるつもりはない」
「やめなさい、村長さんや課長さんのご家族はどうしたらいいんですか」
「式村金剛を恨めばいいんじゃないの。私は積年の恨みを晴らしただけ」
「だから! あなたの恨みってなんなんですか!」
「私の夫を死に追いやって私と子供を苦しめた恨みよ! 法がそれを許しても私は許さないわ!」
その言葉を聞くや否や、は牧に寄りかかってそのまま抱きついた。牧もそのまま抱き返す。また同じことの繰り返しだ。予期せぬ不運に苦しんだ人が苦しみ続け、何の救いもなく時間だけが過ぎ去った結果、苦痛を与えられただけの人が罪を犯すことになる。
それを復讐と呼び、苦痛の繰り返しを招くのはやめなさいと言うのは簡単だが、苦しんだ人々がそれで救われるわけでもなく、そうして孤立した人間は自らの心の安定を求めて「スイッチ」を入れてしまう。それを止める何か、スイッチをオフに出来る何かがないまま、こうして事件は起こる。
気配を感じて牧が顔を上げると、廊下の奥に四きょうだいの姿が見えた。琥珀さんを先頭に4人は項垂れ、両手で顔を覆い、翡翠さんは泣いているのか肩を震わせていた。
再度大きな音がして、警察官たちが大声を上げて屋敷を出ていった。
再びの静寂、薄暗い廊下には冬が置き忘れた冷たい風が音もなく流れ込んできた。