青糸島の殺人

11

たちが滞在しているコテージ、4号棟は日付が変わる頃には全員就寝していた。たっぷり酒の入った敬さんはソファで眠ってしまい、それを潮にと牧もそれぞれシャワーを済ませるとベッドに入った。この日は寝不足だったし、精神的にも疲れていたので、寄り添ったまま深い眠りに落ちていた。

しかし普段から早朝に起床する習慣のある墨田さん、そして現在3号棟にいるみどりさんは4時頃には目覚めてしまい、あとで聞いたところによると、電話で1日の食事についてを相談していたそうなのだが、ふたりともコテージで休むたちを起こしては可哀想だ、とそのまま待機していた。

そして7時を過ぎたところで、まだまだ熟睡している敬さんの携帯が鳴った。

「ごめ……ちゃ、出て、たのむ」
「えっ、私が出て大丈夫なんですか、なんて言えば……
、紺野さんだ。出よう」

きちんと睡眠を取ってさえいれば早起きは慣れていると牧なので、ベッドから這いずり出ると着信に応じた。だが、もしもしと言いかけたの耳元で紺野さんは悲鳴のような声を上げた。

「藍ちゃんが、藍ちゃんが大変なんです、早く、今すぐ来てください!」

まだ覚醒しきれていない敬さんはソファを転がり落ちて呻き、と牧はいつかのように手を繋いで強く握り締めた。どんな推測も正解ではなかったらしい。未だコテージの外では強い風が唸りを上げていて、空には厚い雲、まるで日没が近い時間のように暗かった。

……じゃあ、いついなくなったのか、わからないんですね?」
「はい、私はロフトで寝てたし、こんな風だから小さい音は余計に聞こえなかったし……

まだ目が開ききっていない敬さんは、プールサイドのダイニングで紺野さんと向かい合い、強風に吹かれながらがっくりと頭を落とした。ふたりの足元には変わり果てた姿の杉森藍が横たわっている。紺野さんによれば、6時半頃に目覚めてトイレに行ったところ、コテージ内に杉森さんの姿が見えず、電話をかけてみたが無反応なので桑島と探しに出たらしい。すると暴風に波立つプールに杉森さんが浮かんで揺れていたのだという。

「亡くなってるのは明らかだし、触らない方がいいんじゃないかとも思ったんですけど、桑島さんが引き上げちゃったので……。でもこんな風で色んなものが飛んできてる状態だし、水の中だし、放置しておくのは忍びなくて」

既に事切れている杉森さんの遺体は、警察に確認を取る前に桑島に引き上げられてしまい、その上ダイニングに運び込まれてしまった。一応屋根はあるが壁がないテラスなので、安置場所としては微妙だ。

そしてその遺体の傍らでは桑島さんが泣き声とも笑い声ともつかないような声を出しながら震えており、遠巻きにその様子を見ていたと牧はゆるく抱き合ったまま俯いていた。

「やっぱり、無差別なのかな」
「それもおかしくないか。だったらどうして紺野さんと桑島さんは無事なんだろう」
「それに、あの杉森さんの遺体、どういうことなんだろう」
「ドラマみたいな殺人事件なんて非現実的だって結論になりかけてたのにな」

ダイニングの床に安置されている杉森藍の遺体は、目立つ外傷はないものの、なぜか装飾されていた。まるでテレビドラマにでも出てきそうな「奇妙な遺体」で、両手足首に赤い紐状のものが結ばれ、大きく開かれた胸元には何やら大きな印が付けられていた。素人の目には完全に「他殺体」である。

出来るだけ直視しないようにしていたがつい目をそらすと、少し離れたところにいた墨田さんが両手で口元を覆ってやはり小刻みに震えていた。は牧の手を引いて近寄ると、出来るだけ声を潜めて話しかけた。

「墨田さん、大丈夫ですか」
「すみません……こんな、いい年をして、取り乱しまして」
「そんなの、誰だってショックですよ。コテージ、帰りましょうか?」
「い、いえ、大丈夫です。今日のことを、まだ何も」

墨田さんはやけに汗をかいていて、それをしきりと拭っていた。親しい青井さんの遺体を見てもここまで動揺しなかったことが記憶に新しいので、牧はふと思いついてしまい、そしてついそれを口にした。

……墨田さん、もしかしてあのマークとか、何か知ってるんですか?」

その瞬間墨田さんはビクリと体を震わせ、恐怖に怯えたような表情を見せた。それを見るや牧は墨田さんの腕を引いてその場から離れ、とふたりで挟んで敬さんたちに背を向けた。

「あれは、その、この島の、古い習慣に使われる、千草の印なんです」
「他で見たことがあるんですか?」
「はい、島で生まれた人なら、見たことあるし、子供の頃にも、聞かされてて」
……千草だけなんですか?」
「は、はい……

この青糸島は山を挟んで南北に分かれていて、南が青井、北が墨田、そしてその両方に千草と呼ばれる集落があるという話だった。つまり、青糸島といっても墨田と青井ににすらない印が杉森の遺体に書き込まれていたということになる。と牧はかすかに頷き合う。

「墨田さん、その話、あとで敬さんと一緒に聞かせてもらえますか?」
「は、はい、わかりました」
「あと、それまではどなたにも話さないでもらえますか」
「もち、もちろんです、はい、話しません」
「たぶんこれからみどりさん呼ぶと思いますけど、大丈夫ですか」

墨田さんの腹のあたりで彼の手が震えていたので、牧はそれを取ってしっかりと握り締めた。墨田さんはそれに気付くと泣き出しそうに眉を下げ、強く握り返すと何度も頷いた。その背中はやけに小さく頼りなく見えて、まるで子供のようだった。

敬さんが警察と協議の結果、杉森藍の遺体はブルーシートでくるんで墨田さんの部屋に安置されることが決まった。青井さん同様エアコンをフル回転させて冷やし、敬さんの責任の下で施錠して以後は誰も触れないこと。この状況下ではやむを得ない処置だった。

その作業にはと牧はもちろん、敬さん、墨田さんがあたり、紺野さんも手伝ったけれど、桑島さんはダイニングの柱に寄りかかって膝を抱えており、誰が話しかけても返事をしなかった。

そして改めてみどりさんたち3号棟と、5号棟のさくらさんたちを呼び出し、ラウンジで再度説明会になってしまった。敬さんはもうお仕事用の顔を作る気がないようで、ポケットに手を突っ込んだまま傾いていた。桑島さんもまだダイニングだが、ラウンジから見えるので放置。

だが、ありえないと思っていた2度目の殺人に、さくらさんがパニックを起こした。

「ドラマじゃあるまいし! ありえないでしょ!? てかドッキリとかだったら許さないんですけど!? 」

さくらさんが喚くので逆にパニックを起こさずに済んでいたけれど、かといって全員が冷静に状況を受け止めていられるわけもなかった。さらにその後ろからドアが開き、雨粒で少し濡れて妖怪みたいになっている桑島さんがのそりとラウンジに入ってきた。紅子さんはまた泣き出しそうになっているし、嫌な予感がした牧はから離れ、桑島さんにすぐ手が届く距離に移動する。

……次は、オレだ」
「何かご存知なんですか、桑島さん」

せめてこの場で一番落ち着いていたのはと牧、そしてみどりさんだった。なのでみどりさんがそう声をかけたのだが、桑島さんは彼女を垂れた髪の間からギロリと睨むと、誰ともなく指を差し、その手を震わせた。

「誰だ、藍をやったのは誰なんだよ、オレは別に関係ねえだろ、なあ、誰だよ」
「桑島さん、心当たりがあるんですか?」
「心当たり? あるだろ、あの支配人と藍、どっちも『元テレビドラマのスタッフ』じゃないか」

その場にいた大人全員が「えっ」と声を上げた。青井さんが元テレビ業界の人だった、ということを知っているたちも、桑島さんがそれを把握していたことに驚いた。というか杉森藍含めスーベニア組は全員メイクアップアーティストだったんじゃないのか。

「オレはお前ら全員と初対面のはずだ。誰とも一度も何の接点もないし、オレの仕事がお前らの生活に影響することなんか絶対にないし、逆恨みも甚だしいぞ。金だってそこのオーナーほどは持ってない。殺される理由なんかあるはずがないんだよ」

詳しいことを説明してほしいが、桑島さんも取り乱していて迂闊に声をかけられそうにない。そしてさくらさんのパニックはまったく落ち着いておらず、上ずった声で前に出てきた。

「ちょっと待って、支配人とあの女の子が元同業者だからなんだって言うんです? そういう揉め事なら犯人はあなたかそこの人しかいないじゃないですか!」

さくらさんはそう言いながら桑島さんと紺野さんを指す。

「なんでオレが藍を殺さなきゃいけないんだよ、愛してるのに」
「そんなこと知りませんよ、じゃああなた!?」
「バカ言わないでください、私は支配人がテレビ業界の人だなんて」
「それが嘘じゃないと証明する方法なんかないですもんね? あなたなら犯行は可能でしょ!」

確かに杉森藍の件だけに絞れば桑島紫苑と紺野早穂は最も疑うべき人物だが、青井さんの方は説明がつかない。さくらさんもそれはわかっているはずだが、興奮しているので思い至らないのかもしれない。

「ていうか殺されてプールに浮かんでたとか、今度こそ誰でも犯行可能じゃないですか!」
「そ、それはあなたも同じじゃないですか……
「てかあのマークはなんなんだよ、あんな、ドラマみたいな、なんなんだよあれ」
「マーク? マークってなんですか? 夏川さん、知ってるのに話さなかったんですか!?」

桑島さんの余計な一言でさくらさんは怒りはじめてしまった。敬さんはもちろん、も牧も墨田さんもみどりさんも一斉にげんなりして肩を落とす。

「橙山さん落ち着いて。胸元に、なんか印が書かれていたんですよ、いたずらでしょう」
「人を殺していたずらする時点で充分異常でしょ! なんで黙ってるんですか!? そういうこと!」
「黙ってたわけじゃありません、我々が判断することじゃないからですよ」
「だけど警察が来るまであたしたちは自分の判断で生き抜かなきゃならないんですよ!」
「ですから一箇所に集まって、と考えていたんじゃないですか」
「昨日の今日でみんな警戒してたのに無駄だった! なのに今更集まったって!」

今度は鼻をグズグズ言わせはじめた。ストレスが過ぎて涙が出てきたんだろう。そして遺体を確認していないみどりさんが口を挟んできてしまった。と牧は内心慌てたが時すでに遅し。

「胸元のマークって……それだけですか?」
「あと、両手足に赤い紐のようなものが、ありましたけど」
「なんてこと……墨田さん、千草じゃないの」

名指しされた墨田さんと一緒にと牧もため息をつく。それはあとで敬さんだけに報告しようと思っていたのに。しかも興奮したさくらさんと様子のおかしい桑島さんのいるところで興味を引くような言い方をしてしまった。つい赤い紐のことを言ってしまった敬さんも気付いて苦虫を噛み潰したような顔をしている。やってもうた。

「ちぐさ? なに、どういうこと? 何か知ってるんですかあなたたち」
「いえその、確かなことはわかりません、私も詳しくは」
「ちょっと待ってさっきからなんなの!? 隠し事されるのは迷惑なんですけど!?」

話したくはないが、ある程度説明しないことにはさくらさんが引き下がりそうにもない。ここでやっと余計なことを言ってしまったのだと気付いたみどりさんが身を縮めて下がってしまったので、墨田さんに視線が集中した。

「確かなことは、あたしにもわかりませんが、亡くなられたお嬢さんの胸元に書かれていた印は、大昔にこの島で使われてた、『千草の印』なんです。手足の赤い紐も、千草の人間である印と言いますか、そういうもので、あたしが子供の時分には使われてなかったものだと思います」

金切り声のさくらさんに「だからそれはなんのための印なんですか」と怒鳴られた墨田さんはしきりと口元を拭い、汗の滴る額を拭っていたが、やがて直立不動で呻くように言った。

「あれは、千草の印は、障がい者とその家族の印なんです」

言うなり全員が息を呑んだ。何か閉鎖的な集落の異常な習慣だか信仰だか、そんなフィクションのイメージばかり思い描いていたのか、あまりに現実的な説明が出てきたので言葉が出てこない。

「あたしも15でこの島を出ましたから、詳しいことはわかりません。だけど、この島には障害を持つ人への差別がありまして、大昔から障害を持つ人やその家族なんかは集落を追い出され、千草という集落で暮らさなきゃなりませんでした。だけど墨田と青井は山に遮られて普段は交流がなかったですから、墨田か青井のふりをして千草の者が紛れ込んできたらすぐにわかるように、胸や腕に焼印を押したとか、入れ墨を入れたとか、そんな決まりがあったと聞いたことがあります」

遠い時代の偏見からくる因習としては理解出来ないでもない。こんな小さな離島に限らず、世界中どこにでもあったような話だ。だが、この青糸島はアルテア・ブルーが出来るまでは無人島であり、無人島になるほどに島民が減り続けていたのだろうし、そんな古い習慣が今、杉森藍の胸元に刻まれた理由など見当がつかない。だが、そんな限られた人しか知らないマーク、ということがさくらさんと桑島さんに火を付けた。他でもない、そのことを墨田さんとみどりさんは知っていた。だったら。

さくらさんは恐怖と怒りで震えながら、上ずった声を上げた。

「あたし、あたし港で取材して知ってるんですからね!? 島の北と南は物凄く仲が悪かったって。山を挟んで憎み合ってたって。あなた、本当は支配人さんに恨みがあったんじゃないんですか!? こんな小さな離島のそんなおぞましい風習、地元民じゃなきゃ知るはずないじゃない! あの女の子はあなたが犯人だって気付いたから殺されたんだ!」

さくらさんの悲鳴にも似た声が余計に恐怖を煽る。昨日の朝はタブレットのゲームに夢中だったすみれも怖がり、母親に抱きついてしかめっ面をしていた。墨田さんも恐怖にすくみあがっていて、反論しようと乗り出した体が揺れていた。

「不仲なんて、そ、そんなの昔の話ですよ」
「だからそれを証明する方法は!?」
「あたしが青井さんを殺して得することなんかありません!」
「だからそれも証明できないでしょ! あなたが犯人なら全部説明がつくじゃん!」
「違います! あたしは誰も殺してなんかいません!」

もし墨田さんやみどりさんが犯人で、杉森藍の胸元に印を残したのだとして、そんなわざわざ自分が容疑者ですと名乗るような真似をする必要があるのか――ということはやはりさくらさんの頭にはない。牧が間に入ってさくらさんを宥めようと試みているが、足で全国を旅するさくらさんは思いのほか力が強く、今にも暴れだしそうだ。

しかもそのさくらさんの傍らでは桑島さんが「そうだそうだ、お前が藍を殺したんだろう」と呪詛のように呟いていて、ラウンジは昨日の朝より状況が悪い。敬さんももはやこの騒ぎを止めようともしない。だが未だに空は大荒れ、当分は島から出ることも本土から救助が来ることも望めない。そんな状況に1番怒っていたのは、実はだった。言い合いをする大人たちの間に入ると、大きな声を出した。

「みなさん、いい加減にしてください!」
「えっ、……
「ショックなのはわかりますけど、大人ならもう少し理性ある行動を取ってください!」

前日同様、高校生に怒られた大人たちはウッと喉を鳴らして黙った。

「いいですか、犯人探しは今後一切やめてください。それは警察がやることです。もしこの中に犯人がいたとしても、全員で集まっていれば何も出来ません。幸いここには食料や日用品の備蓄があるそうですから、慌てず騒がず、助けが来るのを待ちましょう。お酒も控えてください。怖いのはみんな同じです。無事にこの島を出て元の生活に戻りたかったら協力してください!」

厳しい表情でそう言う、それを見ていた牧は「そういえばはマネージャーだったな」とまるで遠い昔のことのように思い出していた。今年の1年生はリーダー的存在が少々やんちゃ坊主だったせいで、勢いはしゃいでしまうことも珍しくなく、は度々こうして叱りつけていた。なので敬さんですら目を丸くしているけれど、牧にとっては頼もしいパートナーの勇姿であった。

「それから、改めて今日のことを決めましょう。やっぱり全員でラウンジで――
「オレは断る!」
「あたしも嫌。誰も信用できない」
「まだそんなことを言ってるんですか」
「まだ高校生のガキのくせに落ち着きすぎだろ。犯人なんじゃないのか」

の言葉にカチンときたのか、桑島さんが詰め寄ってきたので、つい牧が間に入った。桑島さんもそこそこ長身と言えるが、何しろかなりの痩身で牧の筋肉には勝てそうもない。なのでまたギロリと睨みつけると、ラウンジを出ていこうとした。

「桑島さん、まだ――
「オレはコテージに帰る。食事と酒を届けろ」

そう言うと強風の中を出ていってしまった。同室なのに声もかけられなかった紺野さんが泣きそうな顔をしている。だが桑島さんはもうどうにもならない、せめて残った我々だけは――と考えていたたちの眼の前で、今度はさくらさんがスタスタとドアに向かって歩いていった。

「さくらさん?」
「あたしもコテージに戻る。みなさんはどうぞ殺人鬼と仲良くお泊まり会しててくださーい」
「そんな勝手なことを――
「勝手に事を進めてるのはそっちでしょ! 私は食事も酒も結構ですから!」

まるで仲間はずれにされた子供がべそをかいているような涙声でそう言うと、さくらさんも出ていった。これも仕方あるまい。どちらも自ら強く望んで単独行動を選んだのだし、コテージは施錠可能だし、各コテージのマスターキーは青井さんしか開けられないセーフティボックスの中。

すると待ってましたとばかりに山吹さんが牧に声をかけてきた。

「そういうわけなので、僕もお世話になっていいですか」
「えっ、でも、やっぱりラウンジで全員で……
「じゃあ僕に皆さんのコテージを譲っていただけますか。子供の金切り声は耐えられないので」

どうしたものかと牧が答えあぐねていると、今度は紺野さんが手を挙げた。

「すみません、私も、よく知らない男性と同じ室内は」
「えっ、えーと、そうですか……
「確か一番奥のコテージが空いてますよね。そこでもいいので」

山吹さんにしろ紺野さんにしろ、心情的には分からないでもない。なので本人たちの要望を考慮し、山吹さんは4号棟に、紺野さんは3号棟に入ることになった。3号棟が女性と子供だけになるが、やむを得まい。現時点での予報では、明日の午後には風や波が収まる見通しなので、もう少しだ。

それでもさくらさんと桑島さんという問題のある人物ふたりが自主的に隔離をしてくれたので、残った人々は少し気が楽になっていた。勢い任せにキレてコテージに戻ったさくらさんへ食料を届けないわけにもいかないし、今日1日の巣ごもりの準備など、何もかも全員で行ってから解散となった。

もしまた何か緊急事態があれば敬さんの携帯に連絡の上、3号棟と4号棟の間で集合。翌朝は7時半に本館前に全員集合。そんなことを取り決めていた輪の外で、は紺野さんに声をかけられていた。

「女の子ひとりで平気?」
「えっ、はい、問題ないと思いますけど……

それでなくともは牧と離れる気はないし、同室に敬さんがいれば心配はない……と思っているのだが、桑島さんが本館を出ていって以来、紺野さんは不愉快そうな表情を隠さなくなった。心配と軽蔑が半分ずつ混ざったような表情の紺野さんは声を潜め、

「何かあれば私たちの方に逃げてきてね。男は何をするかわからないから」

そう言って離れていった。