青糸島の殺人

7

と牧が本館に到着すると、敬さんはフロントカウンターの中で墨田さんみどりさんと難しい顔をしていた。ホテルのロビーと言っても、まだ新しいホテルだからか、余計なものがなく殺風景だ。

「おはようございます」
「あらあら、おはようございます。ごめんなさいね、せっかくいらしてくださったのに……

ふたりに気付いたみどりさんが笑顔で会釈をしてくれたが、不安そうな目はそのままだった。墨田さんも顔を上げて挨拶をしたが、たちのことを「お客様」として気遣う余裕がないようだった。

「青井さんて何か持病とかあったんですか」
「何もなかったはずですよ。風邪もひかないし、日々の仕事で鍛えられて、けっこういい体してるし」
「昨日、ちょっと忙しかったからかなあ……
「そうそう、遅くに大変だったんですってね。申し訳ございません」
「えっ!? みどりさんが悪いわけじゃ……

しかし、蒼太の覗きだったからあの程度の騒ぎで済んだけれど、ホテルのセキュリティに関わる問題でもある。台風や青井さんの件があってもスタッフに報告した敬さんの判断は正しいのだろう。

「台風はどんな様子なんですか」
「それがね、直撃とかいう進路ではないみたいなんだけど、明後日くらいまでは暴風雨らしくて」
「それじゃ僕たちは帰れないですね……
「あっ、お食事は大丈夫ですよ! 万が一のことを考えてたくさん用意してありますからね」
「えっ、いやそういう意味では……すみません」

みどりさんは口元に手を当ててウフフと笑うと、ちらりと窓の外に目を向ける。

「最近の台風はどこに飛んでいくかわからないでしょう。だからここよりかなり高いところに避難所があるんですよ。この島に最後まで住んでいたのは青井の一族だったんだけど、その頃に作られた頑丈な建物があるんです。それを直して避難所に」

この青糸島は島の中央が盛り上がった地形をしており、遠目には山とその裾で出来ているような島だ。その山の途中、がけ崩れなどの心配がない平地にコンクリート製の避難所が元々あり、アルテア・ブルーを作る際にこちらも改修してあるそうだ。ホテルから安全に歩いていかれる場所と聞いて、と牧は少しだけ胸を撫で下ろした。

さておき、青井さんである。敬さんと墨田さんが繰り返し電話をかけているが、出ないらしい。

「このロビーの奥に事務所があって、そのさらに奥に私たちが休む部屋があるんです」
「合鍵はないんですか?」
「それぞれ自分の部屋のスペアキーは持ってるけど、外には置いてなくて」

みどりさんによれば、ロビー奥のドアを抜けると、事務所とスタッフ用の部屋が3つ並んでいるという。ちょっとした垣根で隠されているので見えづらいが、青井さんと墨田さんは基本的にここに住んでいる。なのでそれなりの広さがあり「バストイレ付きのワンルームアパートみたいな感じ」なのだそうだ。そういうわけでマスターキーもこの3部屋には使えず、本人所有の鍵以外では開かない。

「あたしは午後には帰っちゃうこともあるんですけど、今日みたいにお客様が多い時は泊まるんです。だけど基本的にあたしはお台所の担当だから、いつもなら夜中に青井さんと交代でシフトに入るんですよ。だけど今朝は出勤してきたら青井さんは既にいなくて……

しかしみどりさんは風がやけに湿っていて強かったのでそれところではなく、長年港で生きてきた経験からすぐに本土の夫や息子に連絡を取り、台風発生の報を聞いてすぐに避難所への移動を視野に入れた準備を始めていたという。

それに昨夜はスーベニア組との悶着があったので、さしもの青井さんも疲れ切っているのだろうと思っていた。だが、普段なら青井さんが出勤してくる7時になっても姿が見えないので、10分ほど待ってから電話をかけてみたが、出ない。台風のこともあるし、長く様子を見ない方がいいと判断した墨田さんとみどりさんはすぐに敬さんに連絡を入れた。

だが、それから30分以上、青井さんは電話に出ない。ドアも開かない。

「オーナー、今日は、というか当分は船は出せないみたいです」
「やはりそうですか。困りましたね、もし急病だったら……
「窓を割りますか?」
「台風が近いですから、窓はやめましょう。幸い木製だし、ドアを壊した方が」
「工具を持ってきます」

敬さんと墨田さんは港にも連絡を入れていたようだが、当然と言おうか、この強風と高波の中では船は出せないと言われるだけだった。港の診療所の医師が「応急処置が出来る程度なのかどうかくらいの診察ならリモートで出来ます」と言ってくれたそうだが、それも意識があればの話だという。

「携帯がマナーモードになっていて、たまたま寝坊しているというくらいならいいんだが……

敬さんはそう言いつつ、まだ厳しい顔をしていた。しかし朝食の時間が迫っている。青井さんに一体何があったかがはっきりしない間に勝手に延期も出来ない。ひとまずみどりさんは厨房に入り、と牧がその手伝い、ドアの破壊は敬さんと墨田さんが行うことになった。

「ほんとに申し訳ないわ、お客様にこんなこと……
「でも私たち敬さんに招待してもらっただけだし、こんな緊急事態ですし」
「重いものはオレが全部やりますから、何でも言いつけてください」
「やだわ、ありがとうね。あなたたちはきっと良いお家で育ったのね」

みどりさんは目を潤ませていたが、と牧はその直後から目を真ん丸にして狼狽えた。みどりさん、手が早すぎる。それに重いものと言っても、朝食の食材にはそれほど重いものもなくて、しかも下準備はほとんど終わっていた。

「あたしは港で生まれ育って幼馴染に嫁いで、って人生だもの。お台所が仕事場なのよ」
「ていうかみどりさん、いつも何時に出勤してくるんですか」
「だいたい2時くらいかしらね」
「2時!?」
「だから今朝も青井さんがいないって気付いたのは2時15分くらいよ」

そもそもが漁師の家で育った漁師の嫁。そのくらいの時間は珍しいことでもなくて、なので深夜勤の青井さんと交代になるのが2時から3時頃なのだという。というわけで厨房ではパンの焼ける匂いとともに、大きな寸胴にディナー用だというスープがぐらぐらと煮え立っていた。

なるほどこの手際の良さなら、コテージ満室でも厨房はみどりさんひとりで事足りてしまうわけか……と納得はしたが、お手伝いのはずのふたりは手を貸すタイミングがなくてぽかんとしていた。

なので朝食の準備が終わってしまったところでと牧は敬さんの様子を見に行った。他の宿泊客が起きてくる気配はないし、そもそもこんな強風の中なので屋外のメインダイニングは使えない。朝食を求める連絡が来たらワゴンで運ぶだけなので、それまでは待機だという。

「おお、いいところに。もうすぐ開くよ」
「みどりさん手が早すぎてお手伝い出来ることがほとんどなかったです……

それを聞いた墨田さんが珍しく声を上げて笑った。墨田さんはなかなかの美声の持ち主で、笑うとそれがより際立った。工具を片付けつつ、優しげな笑顔でを見上げると、さらににっこりと笑う。

「あんた様たちは今どき珍しい立派な青年でいらっしゃるんですな」
「えっ、そ、そんな」
「あたしは学校もろくに出てないけど、その分、本当に立派な方がわかるんですよ」
「墨田さんはいつもそれなんだから。よし、これでいい。開くぞ」

しゃがんでノブ周辺を壊していた敬さんはそのままドアを開いた。みどりさんの言うように、ワンルームアパートを思わせるユニットバスと小さなキッチンに挟まれたほんの短い廊下。その奥に擦りガラスをはめ込んだドアがあり、少しだけ開いていた。

だが、その場にいた4人は瞬間、腕や手で鼻を覆ってウッと喉を詰まらせた。ものすごい異臭がする。

「な、何の匂いですか、これ」
「アルコール……か?」

異臭と言っても、ガスや汚物などの匂いではなかった。敬さんの言うようにアルコールの匂いが強い。だがそれだけの匂いでもなくて、いくつかの強い匂いのするものがアルコールで混ざりあったような匂いだった。飲酒に慣れていないと牧はそれだけで酔いそうな、強烈な匂いだ。

墨田さんがまだ工具を片付けていたので、敬さんを先頭に、牧の順で部屋に入っていく。

「青井さーん、夏川だけど、大丈夫か」
「余計に匂いが強くなっ……

擦りガラスのドアを敬さんが開けた瞬間、部屋にの悲鳴が響き渡った。

「青井さん!!!」

敬さんもほとんど悲鳴だった。牧は口元を手で覆ったままを抱き寄せ、その後ろから慌ててやって来た墨田さんは「そんな」と叫んで壁にへばりついた。

床の上は一面、赤と茶の入り交じる液体の海。そこに真っ青な顔をした青井さんが横たわっていた。

やっとこじ開けたばかりのドアを閉め、そこに寄りかかった敬さんは自分の体を抱き締めるようにして俯き、ため息を繰り返している。と牧と墨田さんも同じ。

「これ、『ウルトラマリン』の匂いじゃ、ないかな」
「なんですか、それ」
「君らは知らないか、そうだよな。昔、オレが若い頃に流行った香水。オレもつけてた」
「それに酒が混ざったんですかね。ブランデーのビン、転がってました」

敬さんは頷き、スンと鼻を鳴らした。

エアコンで冷え切った室内は異様な光景だったが、白蝋館の経験がある敬さん、そしてと牧は青井さんの救命は絶望的と考えて踏み込むのをやめた。青井さんは真っ青な顔に苦悶の表情を浮かべていて、ピクリとも動かず、みぞおちの辺りがどす黒い赤に染まっていた。

仰向けに倒れている青井さんは左手でみぞおちの辺りを押さえていて、床に投げ出してある右手の近くにはやはりどす黒い赤に染まっているサバイバルナイフが落ちていた。状況から見て、腹を一突きされた後にナイフを引き抜いてしまい、大量出血してしまったように見える。

さらに室内はかなり荒らされていて、敬さんや墨田さんの言うようなビンや雑貨がたくさん散らばっていた。しかしこの部屋はあくまでも青井さんの個室、何か失くなっているものがあったとしても、誰も判別がつかない。むやみに踏み込まず、写真だけ撮って現状保存しておくのが最善だと思えた。

……墨田さん、今日何時頃起きました?」
「今は夏ですんで、4時半頃には起きてましたね」
「物音とか、聞きませんでしたか?」
「うーん、何も聞こえなかったですけど、こんな風ですし、気付かなかったかもしれんです」

墨田さんは普段、青井さんより先に退勤すると、シャワーを浴びてすぐ寝てしまうらしい。そして5時頃までには出勤してきてホテル内の清掃をしたり、みどりさんを手伝ったり、雑務をこなす。今日のように全コテージ満室ということは珍しく、普段はそれでも時間が余ったりするので、そんな時は自分がかつて住んでいた島の北側の集落跡に行って神社を清めたり、集落の辺りを整えたりしているらしい。

「それにその……あたしは一旦寝てしまうと、物音とか気付かない性質(たち)でして……
「まあそうだよな、みどりさんも自分のいびきの方がうるさいタイプらしいし」

それに、敬さんは黙っていたが、物音が聞こえたかどうかより奇怪な問題があった。それがずっと気になっていたはつい、一歩進み出て言った。

「敬さん、これって、あの時(・ ・ ・)より、密室、ですよね……?」

敬さんの頭がさらにガクリと落ちる。白蝋館の時も、当初は密室の中で起こったとしか思えない事件だった。実際は単純なからくりでしかない見せかけの密室だったわけだが、今回は違う。部屋を出る時に確認したが、青井さんの部屋の鍵は玄関にスペアキーと並んでふたつ置いてあり、ドアは破壊して開けたし、外側に回って窓が開いていないことも確認した。窓とドア以外に出入り口はない。

「オーナー、青井さんが自分で、ってことは考えられないですか」
「そんなの、僕より墨田さんたちの方がよく知ってるでしょう」
「そりゃまあ、その、そうですねえ、そんな素振りはなかったですねえ、はい」

確かに昨日はスーベニア組と蒼太の件があって支配人としては大変な1日だったかもしれない。だがそれだけで部屋でひとり大暴れして腹にナイフを突き立てるほど追い詰められたのなら、こんな離島でホテルの支配人になどならないのでは……も思った。

「でも、本当に2本しかスペアキーがないとは限らないですよね?」
……そう。正直、現状そっちの方が問題」

敢えて突っ込んだ牧の言葉に敬さんは苦笑いだ。

青井さんを救命出来そうにないことは、もうどうにもならない。密室だったことも後で警察が調査すればいいことだ。それよりも問題は、今この「入れない出られない島」に青井さんを殺害したかもしれない人物がいる可能性が高いということだ。

墨田さんによれば、各コテージのカードキーや施設内のカードキーは青井さんだけが管理しており、フロントに備え付けのセーフティボックスの中にコントロールパネルがあるため、それらを操作出来ない以上は、こと「鍵」に関してはそれぞれのカードキーを奪われない限り安全ではある。

が、ドアの鍵が開かなくてもコテージの窓を割るなどすれば、侵入は出来る。セキュリティ上、防犯性能と安全性の高いサッシを使用しているだろうが、雨戸はないし、破壊することは不可能ではない。

それが例え宿泊客の中の誰かであっても、またはどこかに隠れ潜む誰かであっても、この台風の影響で荒れる海と強風に閉ざされた島で共に過ごさねばならない。それが何らかの怨恨による犯行ならまだしも、もし無差別に人を襲う目的であったら……

当然の推測に4人は黙って背筋を震わせた。

「南港にしろ北港にしろ、オレたちが知らない間に上陸することは可能ですよね?」
「ちょっと難しいと思いますが……北から島に入っても、島を知らん人は山を越えられんですよ」
「そんなに険しい山なんですか」
「というわけじゃないですけど、もう何十年も手入れがされてませんもんで」

南北を繋ぐ唯一の山道は何十年も放置、沿岸部も通れるような状態ではなく、離島のリゾートホテルで無差別に人を襲う目的なのだとしても、隠れ潜む方が困難なのでは……と墨田さんは首を傾げた。

その様子を見ながら、牧も内心首を傾げていた。昨夜牧はディナーの際に、「白蝋館と違って成人男性が少ない」と安堵していたことを思い出したからだ。殺人を犯すのに性別は関係ないが、それにしても今このホテル・アルテア・ブルーに滞在している宿泊客にこんな凶行を犯しそうな人物がいない……と思えた。うち2名はまだ体も小さな子供だし、気弱そうな人物も多い。

なので宿泊客以外の「外部犯」を疑いたくなるのだが、墨田さんの説明ではそれも何となくしっくりこない。あるいは昨日のトラブルに起因してスーベニア組や蒼太が青井さんを襲ったとしても、こんな逃げ場のないところで犯行に及ぶメリットはないような気がした。

それが隠れるつもりのない犯行なのだとしたら、なぜ密室になっていたのかの説明もつかない。密室で不可能犯罪を演出したからには、犯人として疑われることなく島を出るのが目的のはずだ。

それぞれが俯いて考え込んでいたが、無意味だ。敬さんがパチンと手を打ち合わせる音に3人は顔を上げ、黙って頷いた。

「よし、それじゃまず、ここを塞ごう。墨田さん、修繕用の工具はありますよね」
「はい、持ってきます」
ちゃんと紳一くんはみどりさんを呼んできて」

こうなってしまったからには他の宿泊客に黙っているわけにもいかない。敬さんの指示でと牧はみどりさんを呼び戻し、ラウンジに宿泊客全員が座れるよう椅子を運んだ。青井さんの部屋の閉鎖の後始末を墨田さんに任せた敬さんが戻ると、まずはそれぞれのコテージに内線をかける。

最初に強風の中を走ってすっ飛んできたのはさくらさんと、彼女の同僚である細身の男性。

「トラブルって、一体どうしたんですか、こんな朝っぱらから」
「おはようございます。皆様がお揃い次第、オーナーからお話がありますので」
「いや何があったのよ。ちゃん、どうしたの」
「えと、もうちょっと待ってくださいね」

どうにもこのさくらさんは興奮すると理性を欠く人物のようだ。敬さんがスーベニア組にラウンジまで来るよう説得するのに手間取っているのも見えるはずだが、に詰め寄って早く話を聞かせろと迫った。そこに今度は風に悲鳴を上げながら紅子さんがやってきた。

「おはようございます。お嬢ちゃんとお坊ちゃんは朝ごはんにしましょうか」
「やだ、すみません、ていうかふたりとも連れてきちゃったけどいいのかしら」

すぐにみどりさんが対応してくれたが、と牧は黙ってカウンターの方へと移動した。蒼太はともかく、すみれは話の意味が解らないかもしれないし、みどりさんは予めラウンジの一番奥にふたり分の朝食を用意していた。紅子さんはの方を伺いつつ、みどりさんに着いていった。

「はあ~、早く台風過ぎてくれないかな。オレひとりには荷が重い」
「菊島さんでもいいからいてほしい状況ですね」
「まったくだよ!」

やっとスーベニア組の説得が終わったらしい敬さんはカウンターに手をついてがっくりと肩を落とした。ただでさえ扱いづらい宿泊客たちに、寡黙な墨田さん、普段ならほとんどキッチンから出て来ないみどりさん、せめて肩書だけでも敬さんの代わりになれる人物がいない。

待つこと数分、強風に服を煽られたスーベニア組が渋々やってきて、挨拶もせずにラウンジの一角に腰を下ろした。それぞれやたらと露出度の高い服装で、昨夜の足を引っ掛けたらしい女性の方はノーメイクだからか、マスクにサングラスをしていた。

全員が揃うと、最前列のさくらさんが待ってましたとばかりに身を乗り出す。

「それで、どうしたっていうんですか。これで全員揃いまし――ああ、支配人さんがまだか」
「いえ、これで全員です。皆さん、おはようございます」

お仕事用の顔を作った敬さんが進み出て軽く頭を下げたが、誰も返さない。はそれを後ろから眺めつつ、また白蝋館の夜を思い出していた。今ここにやって来た人たち、だれもみどりさんに挨拶をしなかったなあ……どうしてこう大人って、子供に躾けたがるようなことを自分で出来ないんだろう……

「まず、ご覧の通り空が荒れ模様で、波も高いです。これが過ぎるまで島から出られません」
「あっ、お食事などはご心配なく! ここよりさらに安全な避難所もありますからね」

みどりさんが不自然な作り笑顔で付け加えたが、やはり無反応。

「で、申し上げにくいのですが、先程、支配人の青井が亡くなっているのが見つかりました」

敬さんが言うなり、紅子さんが「ヒッ」という甲高い悲鳴を上げた。蒼太も朝食をもぐもぐやりつつ、ちらりと大人たちの方を見た。血縁はなくとも、彼も親戚感覚だったのかもしれない。するとそこにすかさずさくらさんが突っ込んできた。

……亡くなったって、支配人さん、持病かなんか、あったんですか?」
「我々の知る限りでは特になかったようです」
「持病もなくてまだ若い支配人さんが急死?」
「若くたって突然死、あるいは自殺ってことも考えられるだろ、常識で考えて」
「はあ!?」

そこにスーベニア組の男性、昨夜青井さんが「桑島様」と呼んでいたビジュアル系っぽい人物が口を挟んできた。さくらさんがまたしかめっ面で反論しようとしたので、牧が割って入ろうかと一歩踏み出すと敬さんが手を上げた。

「どうか落ち着いてください! 橙山さん、どうかお掛けください」
「だったらさっさと説明してください!」
「しますから、どうかお静かに。青井さんは、状況的に他殺の疑いがあります」

これにはさしものさくらさんも声が出なかった。紅子さんは両腕で自分の体を抱きしめてうずくまり、蒼太も手にしていたフォークを落とした。スーベニア組は平静を装っているように見えるが、落ち着いた服装の方の女性が口元を両手で覆って固まっている。

「しかし今朝、青井さんが出勤してこないとスタッフのふたりが連絡をくれた時、青井さんの部屋には鍵かかかっていて、中に入ることは出来ませんでした。こんな天候なので本土に助けを呼ぶことも出来ず、救命の余地があるかどうかの確認も含め、私と墨田さんでドアを壊しました。青井さんは素人目にも救命の余地がない状態でしたので、すぐに部屋を出て、改めて完全に密閉しました」

敬さんの淡々とした説明はあるいは、蒼太とすみれを気遣ってのことだったのかもしれない。殺されただとか、血の海だったとか、そんな言葉は使わずに報告するにとどめた。

「いえ、もしかしたら救命の余地はあったのかもしれません。しかし、この島から出られない以上は、我々にはどうすることも出来ません。青井さんは呼びかけに応じなかったし、真っ青な顔をしてピクリとも動かなかった。そのため、オーナー権限により現状保存を優先しました」

敬さんの説明の間もラウンジの窓ガラスには強い風がぶつかり大きな音を立てていて、例え青井さんが生きていたのだとしても出来ることはなかった……と考えるには充分だった。

「さきほど警察にも通報をしましたが、とにかく全員で固まって安全を確保し、単独行動を避け、救助を待つように、とのことでした。ですので、まず、万が一の場合の避難所の説明を……

敬さんはまた淡々と避難所の説明をしているが、誰も耳に入っていない様子だ。無理もない、青井さんは密室で他殺の疑いだし、島からも出られない。その上台風が接近していて逃げ場もない。そんな状況は取りも直さず、「今集まっている人々の中に犯人がいる」という想像を巡らせる。

「重ねてお願い申し上げます。どうか冷静に、スタッフの指示に従ってください」

一体何人がそれに従ってくれるだろう。は顔を逸らし、そっとため息をついた。