グラッシーズ!

14 - ザ・ワンダフル・グラッシーズ!

「思ったより凹んでないね」
「そりゃまあ」

文化祭で上映するための編集を行っているキャップの足元でまただらだらしているのは平良だ。平良が映っている箇所の作業をするとうるさいので、キャップは現在ストラックアウトの編集作業中。

クラス対抗リレーでは少し頑張ったけれど、結果的にクエストはリタイア、も無事に木暮と付き合いだしてしまい、平良は登校拒否を起こすんじゃないかと言われていた。が、心配してくれる人たちをよそに、本人は元文芸部の副部長にコロリと乗り換えてしまった。ロミオが死ぬほど罵倒していた。

難読漢字は惨敗、本すら読めないというのに、なんで文芸部の女の子と付き合えると思うんだあのバカ。というのが大方の反応だ。キャップですらそう思っていた。が、なんと元文芸部副部長は筋金入りのベイスターズファンであった。一部では平良に舞い降りた天使とあだ名されている。

「向こうは進学? 就職?」
「専門。横浜」
「一緒じゃん。……お前さ、もし本当に好きになったんなら、真面目にやれよ」
「なんだよそれ、オレはいつも真面目だって」

キャップは編集作業の手を止めずにこっそりため息をつく。平良もわがままではないけれど、彼の1番深いところにある意識はとても自分本位で、だからすぐ腐るし、人に当たり散らさないと浮上できない。このままでは彼女どころの話ではない。キャップはそれを心配しているが、助けてやれるようなことでもない。

「元々あんまり人付き合い得意じゃないんだし、誠実に、だよ」
「いやオレいつも誠実だって!」

平良はまたへらへら笑っているが、いつかまたこいつの愚痴に付き合う羽目になるんだろうなと思いつつ、キャップはマウスを操っている。元文芸部の副部長とは同じクラスになったこともないし、面識もないけれど、平良が迷惑かけたらごめんなさい。困ったら遠慮なく叩きのめしてください。

一方、こちらは珍しく腐っている皆本である。何しろ活躍らしい活躍はゼロ、クラス対抗リレーでは平良にも負け、いいとこなし。クラスメイトや友達は頑張ったなと言ってくれたけれど、気付いたらは木暮と手を繋いで下校し始める始末。皆本の18年の人生の中で、最悪の状態だった。

そしてそれに転がり込まれて困っているのが演劇部である。最初から全てバレているとも知らずに、皆本は3大メガネととの関係から何からを延々喋ってはグズグズ言っている。が、文化祭が近くて忙しい部員たちに相手をさせたくないのでロミオが防波堤になっている。

「お前だって引退したのに来てるじゃんか」
「お前はたまにしか来ない掛け持ち、私は元部長! 元ブタカン! 一緒にすんな!」

しかもロミオならちょっと手伝ってと気軽に言えるし役にも立つが、皆本は何も出来ない。

「あんたは別に平良とかと違って友達も多いんだし、なんでそんなにここに入り浸るんだ」
「いやあ、ここはなんていうか、穏やかでさ」
「穏やかなのはみんなが気を遣ってくれてるからだろ。こっちは遊んでるわけじゃないんだけど」
「てかお前はなんでそんなに冷たいんだよ」
「優しくする理由がないからだ!」

ロミオのイラッとゲージはどんどん上昇する。ここはお前のハーレムじゃない。

「てかもうほんと気付いたら付き合ってんだもんあいつら。人に何の断りもなく……
「お前それ本気で言ってんの?」
「なんかおかしいかよ」
「なんでお前に断る必要があるのか、正当な理由があるとは思えない」
「いやあるだろ、オレだってのこと好きだったんだし」

ロミオはイライラがピークに達してしまったせいで、逆に頭が冷えてきた。こいつ本当におかしいのかもしれないけど、こういう人物を主役にして話を書いたら面白そうだな。

にちゃんと言ったの、それ」
「いや言ってないけど」
「だったら断ろうとも思わねえだろうが。ほんとバカだなお前は」
「なんでだよ、木暮と付き合うことになったから今までありがとうとか言わねえか、普通?」
「それ『断り』じゃなくてただの挨拶だろうが!」

なんにせよ、メガネ3人は対等と思っていた皆本にとって、と木暮の間で何があったのかもわからず、体育祭が明けたら振られていたので気持ちが着いていかれない。

「あーもう高校終わっちゃうじゃんか! 彼女欲しいいいい」
「お前さ、彼女が欲しかったのかが欲しかったのか、どっちだよ」
「えっ、どういう意味?」

ロミオはがっくりと頭を落としてため息をつく。こういう曖昧な気持ちでやるからボロが出るし、魅力的と思ってもらえないんだというのに、それがわからないんだろう。だがまあ、それを忠告してやる気はない。皆本に彼女が出来なくても知ったこっちゃない。

「もー、オレ春から合コン行きまくるわ」

ロミオはとうとう皆本を視聴覚教室から蹴り出した。

「放課後は暇なのと忙しいのがいるから、昼休みの方がいいかな」
「まあほとんどは暇なんだけどね。お姫様たちが予備校だから」

エンドロール用に部活対抗レース関係者の映像が欲しいキャップが生徒会室にやって来たのは、体育祭から1週間ほど経った頃だった。レースに参加した部にも協力してもらっているが、キャップは会長やロミオやヒヨコにも顔を出して欲しかった。

「魔王ルーム3人でしょ、ロミオたちリポーターでしょ、ヒヨコと映像部のPC班、あと、、だめかな」
「魔王ルームには入るけど」
「いや、うん、そうじゃなくて、木暮と一緒に」
「それはさすがにマズくない?」

お前が言うなというところだが、会長は身を乗り出して眉をひそめた。

「てかね、あの冠を授けるのをやって欲しいんだ。で、無事に奪還しました、程度なんだけど」
「ああ、そーいうんならいいんじゃないの」
「端の方で会長と青田に見切れてもらったらなおいいかな、と」
「おお、いいじゃんそれ」

エンドロールは音楽に乗せて各部や会長たちのような裏方が代わる代わる流れていく構成になるらしい。その際、手には部活名だのチーム名だのを書いたスケッチブックを持ってもらうことになっていて、キャップの用意したスケッチブックは既に色んな部の書き込みでいっぱいになっている。

「魔王の衣装とか残ってるよね?」
「あるある。今度は制服でもいいんでしょ」
「もちろん。特に魔王ルームにはあのままになって欲しいからね」

話が纏まりそうなのでキャップはメモにちょこまかと書き込んでいる。

「ところでキャップ、平良大丈夫だった?」
「聞いてるでしょ、例の文芸部の。だから大丈夫。皆本はどうしてんの」
「珍しく腐ってたみたいけど、まあ皆本だからね」
「あいつらは可哀想だけど、まとまってくれてよかったよ。スタバは平気なの」

それを聞いた会長はあからさまに顔を歪めた。

「私2組であいつ1組なんだけどさ、なんかコソコソとネガキャンしてんだよね」
「ネガキャンて……木暮の?」
も」
「そんなことしたってスタバがバカに思われるだけなのに」
「ところが体育祭でファンが増えてね。さっそく誰だかと付き合いだしたみたいだし」

さすがのキャップも顔をしかめる。

「だからいいんだよあいつのことは。どれだけネガキャンしたところで、それを真に受けるようなのはどのみち何を言われても信じるし、自分で物事を考えられないタイプなんだから、たちさえそれに振り回されなかったら大丈夫。そこは木暮の仕事だよ」

キャップがなるほどなと頷いていると、生徒会室のドアが開いて青田が入ってきた。

「よう、キャップ。どーした」
「そっちこそどうしたの」
「魔王さまは暇でね。しかも柔道部から引退したんだから来ないでくださいとか言われてて」
「それで入り浸ってんの?」
「毎日来てるわけじゃないぞ」

青田は手に持ったビニール袋からお菓子を取り出してテーブルの上に並べる。そして棚から紙コップを取り出したり、お菓子を乗せるトレイを探したりしている。ポカンとしているキャップに会長がコソコソと囁く。

「下心があるとかじゃないんだけど、なんか魔王さまほんとにお父さんみたいで……
「まさかと思うけど密偵3人と?」
「私の任期が終わるまでだけど、なんか仲良くやってるよ」

映像部にも重症のコミュ障がいるけれど、密偵たちもなかなかに激しい人見知りなので、キャップはぽかんとしたまま青田の巨体を目で追っている。不思議なこともあるものだ。

「あれ、キャップは進路どうなってるんだ?」
「オレも専門。映像部はほとんど専門だね。近場だけど」
「けどお前確か成績悪くないはずじゃなかったか?」
「悪くないけど経済的な問題で。専門も奨学金だよ。湘北も近いからだしね」

本人にはどうしようもない理由で借金をして進学する。片や浪人でも平気な家に生まれた会長、片やスポーツ推薦で大学に進学する青田。ふたりは何も言えなくなってしょげた。

「キャップ、私、キャップが就職先でどえらいこと成し遂げて大金持ちになる呪いかけとくわ」
「あはは、ありがとう」
「んじゃオレはものすげえモテる呪いかけとくわ」
「えー、そんなにたくさんいらないよ、ひとりくらいでいいんだけど」

にこにこ笑うキャップは、悪意のある言い方をすればチビで貧乏だが、中身は聖人じみている。会長と青田は割と本気で呪う気になった。キャップに幸あれ。

それから数日後、昼休みに呼び出されたと木暮はコソコソと生徒会室に向かった。付き合っていることは隠していないけれど、わざわざ校内でベタつくタイプではないし、そんな状態で平良や皆本と顔を合わせたくない。その皆本に見られたらしいが、手を繋いで帰るのも、学校から少し離れてからである。

「本当にありがとうふたりとも。わがまま言ってごめん」
「いいよ、気にしないでそんなこと。編集進んでる?」
「それがもう進むの進まないのって、編集長がこだわるもんで。ははは」

また少し顔色が悪いキャップがぺこりと頭を下げるので、ふたりは慌ててそれを押しとどめた。

「時間ないからさっさと始めようぜー」
「あお……!」

魔王さま仕様の青田を久々に間近に見た木暮は思わず吹き出した。付け胸毛が増えている。

「ほら、ヴェール。制服の方が似合うね、これ」
「んじゃまずは魔王ルームから撮ろうか。魔王さま真ん中ね」

それぞれ手に「デビルクイーン」「魔王」「さらわれました」と書いた紙を持ってカメラに向かい、手を振ったりピースしたりしてみる。最終的には青田が両腕に会長とをぶら下げて持ち上げるという荒業までやってみせた。魔王ルームは会長の言うように家族っぽい。

次に木暮が跪いて月桂樹を模した冠をに授けてもらうショット。それが終わると「魔王退治しました」「助けてもらいました」と書いた紙を持ってまたピース。その少し後ろでは魔王さまと会長が見切れて悔しがっているというおまけ付き。

「奥のふたり表情いいなあ、魔王さまー、悪あがきしてよ」
「えっ、どういう意味?」
「せっかくだから写真にしようかな」

三脚に付けたビデオカメラを覗きこんでいたキャップは、その場を離れると映像部の一眼レフを持ってきた。

「ちょっと前に流行ったろ、マカンコウサッポウって。映像より面白いんじゃないかな」

すぐに意味がわからなかったたちだが、説明を受けると会長が食いついた。本当に彼女は悪ふざけが大好きだ。キャップのシナリオはこうだ。姫を救い出してハッピーエンドの勇者の背後に忍び寄る魔王、姫をかばい、魔王を返り討ちにする勇者、魔法を使うデビルクイーン、しかし勇者これも防いでまたも勝利。

が、この写真撮影で盛り上がっていたら昼休みが残り少なくなってきた。あとは会長を返り討ちにするショットさえ取れれば終わるのに、全員何も食べていなかった。ここまで来たら付き合うとと木暮が言うので、ほんの数ショットを残して全員生徒会室で昼を済ませると慌ただしく教室に戻っていった。

そして改めて放課後、会長が返り討ちにあうショットを撮っていたら、ロミオとヒヨコと編集長がやって来た。

「なんか面白そうなことやってるって聞いたから」
「面白いよ、見てみな」

一眼レフのモニタを見たロミオとヒヨコは大喜び。自分たちもやりたいと言い出して、結局魔王さまは勇者だけでなくリポーターと実況にもボコボコにされてくれた。編集長もこの素材をどう料理してやろうかと楽しそうだ。

「あ、そうだ。キャップ、使わなくていいからこれ、どうかな、うちの小道具なんだけど全員で」
……へえ、いいね! じゃあセルフタイマーで撮ろうか。編集長も入りなよ」

ロミオが広げてみせたダンボールの箱の中身を見たキャップはにっこり笑って頷く。

「なにこれ」
「人数分のメガネ」
「ちょ、しかもこれ木暮がかけてるのと同じ形じゃん」

会長は大爆笑、木暮は困った顔をしていたが、全員ラウンドの伊達メガネをかけた。

「魔王さまそれは卑怯!!!」
「やばい!!! やめて腹筋死ぬ!!!」

そしてなぜか青田のだけパーティグッズのヒゲ付き鼻メガネだった。

これはもちろん文化祭用の映像作品には使えそうにない。けれど、今年の体育祭の狂騒を象徴するようなメガネ、そして思い切り全力でふざけて楽しんだ裏方、レースを戦い抜いた木暮と、顔ぶれは完璧で、いい写真になる気しかしない。

クラスも部活もてんでバラバラの7人だが、きっと高校時代の楽しかった思い出になってくれるはずだ。

真ん中に置かれたと木暮は、映像に使われないと信じて手を繋ぎ、頭を寄せ合う。その木暮にキャップと編集長がくっつき、にはロミオとヒヨコがくっついた。背後では鼻メガネが眩しい魔王さまが会長といつの間にか現れた密偵3人を両腕で抱えている。

「全員笑えよー!」
「じゃ、セルフタイマー入れるよ! いくよー、笑ってねー、メーガーネ!!!」

キャップ渾身の掛け声はあまりにそのままで、全員のツボを直撃。セルフタイマーでシャッターが切られた時には、全員大口開けて爆笑していた。そんなわけで、キャップひとりを残して全員メガネで大笑いしているという、これはこれでいい写真が取れた。

というところでと木暮はタイムアップである。

「てか、結局、映画行ったの?」
「ああうん……行ったには行ったんだけど……
「何よ、暗くなった途端おっぱい揉まれたか?」
「会長、ロミオ、あのなあ」

映画の鑑賞券は、湘北の最寄り駅にあるシネコン専用である。鑑賞券をもらった部員たちも、それを使うのであればこの映画館に来るしかない。というわけで――

「なんかみんな来てたんだよな」
「しかもみんな見るのが一緒で、結局みんなで集まって見ちゃった」

そんなわけでと木暮の初デートはバスケット部員に囲まれて映画を見るという、割とひどい状況であった。もちろん見終わったあとまで着いてはこなかったけれど、台無し感は否めない。

だが、そもそもがだいぶ広く知られた状態で距離を縮め、全校生徒の前で告白まがいのことを叫んでみたりしながら、何人もの後押しがあってまとまったカップルである。も木暮もあまり怒る気にはならなかったし、会長たちには感謝もしている。今となっては、部活対抗レースが、3大メガネ頂上決戦があってよかった。

「じゃあ、また明日ね!」
「明日ね!」

もうそれほど残っていない高校生活だけれど、出来るだけ大事に時間を使っていきたい。春になったらみんな別れてしまうから、それまでは、せめて学校にいる間くらい、こうして笑い合っていられたら、いつかまたこの日のことを大笑いしながら話せる日が来るんじゃないだろうか。

と木暮は、手を取り合い、会長たちに手を振って帰って行った。

「バレなかったな」
「魔王さまの後ろにキャップじゃねー」

手を繋いで帰って行くところ、撮られてました。

END