グラッシーズ!

11 - 部活対抗レースpart3 最速の称号

編集長ら映像部と演劇部の役目はほぼ終わった。片付けも放課後に出来ないわけではないし、ある程度撤去が出来ていれば、リレーを見てきてもいいよということになった。なので、ロミオとキャップは生徒会室へ向かった。まだまだ仕事が終わらないのは放送部、というかヒヨコである。

《さて、またもバスケ部がトップ抜けで終わりました第二戦、果たしてリレーでも勝つことが出来るのでしょうか。現在トップのバスケ部は51点、次いでサッカー部が27点、体操部が12点となっています。ですが、リレーも1位には30点が追加されますので、どの部にもメダルの可能性が残されています》

なにしろ現時点で51点という点数を叩き出しているので、バスケット部の3位以内入賞は間違いない。だが、2位のサッカー部は1位になれる可能性があるし、残り全ての部には3位入賞のチャンスがある。

《準備が整いましたでしょうか……おやっ、スターターが会長ではないようですね、これは、おお、校長先生です! 会長は……あっ、生徒会室にいます! なんということでしょう、デビルクイーンと魔王と姫君が仲良く観戦です! 悪魔一族、選手たちの健闘にすっかり改心した模様です》

グラウンドの視線を浴びたので、3人は肩を組んで手を振った。そこへロミオとキャップもやってきた。

「あんたらすっかり仲良しだね」
「なんか妙な連帯感が出ちゃってね。家族みたいな気がしてきた」
「後で3人の動画取らせてね。文化祭作品のエンドロールに使いたいから」

ロミオとキャップはぐったりしている。中継とリポーターということで、ふたりは文化部なのに運動部のダッシュを追い掛け回していたのだ、無理もない。特に追いかけていた木暮とは15センチ近く身長差のあるキャップは少し顔色が悪い。生徒会室の机にだらりと寄りかかってお菓子を食べている。

「ってアレ、キャップ、リレーの撮影しなくていいの?」
「平気。うちのアグレッシヴ・ギークが出動してるから」

グラウンドを覗きこむ魔王ファミリーと一緒にロミオも窓辺に立つ。見下ろせば、スタート地点のあたりで編集長がビデオカメラを構えている。というかバトンパス位置にはそれぞれ既にカメラが設置されている。

「ちょ、あいつなんであんなに元気なの。センターで大騒ぎしてたのに」
「ま、それも喋ってただけだしね。中継班はもう何もしたくない」
「みんなほんとに大変だったな、だけどこれ、見てただけでも楽しかったと思うぜ」
「なんだよ魔王さま優しいな! キャップ、編集する時は魔王さまかっこよく作ってあげてよ」

感心したロミオの言葉に、ぺたりと机に突っ伏しているキャップが力なくOKサインの手を上げたので、青田は狼狽えた。というか今回のこの騒動では周りが女の子だらけで、今更ながら照れが出てきた。

「魔王さまと木暮は少しおまけしてほしいよね」
「逆にスタバは可能な限りカットの方向で」
「ってアレ? ていうか平良と皆本どーなったよ?」
「やっべ、忘れてた! 3大メガネ頂上決戦だったのにどこいったよ!」

楽しそうに笑っている会長とロミオの隣では苦笑いだ。木暮はともかく、スタバくんも平良も皆本も、こうしてバスケ部が勝ってしまうとちょっと可哀想な気がしてしまう、それがだ。の苦笑いに気付いた青田は、少し屈んで声を潜めると、グラウンドを眺めながらぼそりと呟く。

……、オレは自信を持ってお薦めできるぞ」
……誰のこと?」
「わかってんだろ」
「えへへ、うん、わかってる。ていうか、わかってた。知ってたんだ、私、もうとっくに――

会長たちに聞こえないような声で呟いたの声に、青田は満足そうにため息をついた。

《大変お待たせいたしました、部活対抗レース第三戦、そして最終決戦、リレーの準備が整いました》

あまり音質の良くない校内放送でもわかるほどにヒヨコの声は嗄れ始めている。放送席で座ったままとはいえ、部活対抗レースが始まってからヒヨコは喋りっぱなし、しかも編集長の指示に合わせてアドリブ実況を続けてきた。このレースイベントの最大の功労者は彼女かもしれない。

「おお、木暮おかえり。大変だったな、その、色々」
「なんか色んなことが重なってわけわかんなくなっちゃって……なんかすまん」
「正攻法で勝って来たのに何言ってるんですか。先輩かっこよかったです」
「お前が副部長でよかったよ」

三井の気遣いに迎えられた木暮も、どこかぐったりとしていた。安田と赤木に褒められても自分のこととは思えなくて、力なく笑うと、三井の肩に寄りかかってため息をついた。今更になって爆弾発言をしてしまったことを後悔しているらしい。

……勢いで言っちゃった、てわけでもないんだろ」
「そうなんだけどさ」
「だったら堂々としてろよ。お前は勝ったんだ」

木暮はまだ納得がいかない様子だったが、もうリレーが始まる。後輩たちが戦うのだから、ぐったりしてはいられない。三井に背中をバチンと叩かれた木暮は、何度か頷いて、メガネを上げ直した。のことがあろうとなかろうと、これはレース、勝負、負けるわけにはいかないのだから。

《各部スタートラインにつきます。まずは予選第一レース、陸上部、テニス部、体操部、弓道部です》

出場している部が12あるので、まずは予選を3回行う。その1位と、タイムで4位に相当する部4つで決勝ということになる。ちなみに配点上で1位から3位にあたる部は被らないように配置される。

《これは圧倒的! 陸上部早い! 続いてテニス部、体操部と弓道部はほぼ同時!》

そして1戦目2戦目と地味に点数を稼いできた弓道部はここでとうとう沈んだ。

《続いて予選第二レース、サッカー部、ラグビー部、柔道部、卓球部です》

ここもサッカー部が余裕で勝ち抜け。というかもう柔道部あたりは勝とうと思っていない。

《予選最終第三レース、バスケ部、空手部、バレー部、野球部です》

これもバスケ部が大差で勝ち抜け。平良が現在行方不明の野球部はリレーならと考えていたようだが、バレー部にも負けてしまった。赤木が言っていたように、遊びと捉えるのは簡単だが、それでも異常に悔しい。

《えー、タイムが入ってきした。1位抜けの陸上部サッカー部バスケ部に続いて決勝に出場となったのは、テニス部です! 先生たちの顔色が悪いです!》

ヒヨコの言葉に生徒たちはドッと笑うが、決勝出場の4つの部はそれどころではない。何しろ負けると凄まじく悔しい部活対抗レース決勝、しかも、点数ではトップのバスケ部が絶対に優勝できるとは限らない。

「例え3位でも総合優勝は出来る。だけどそんな結果は恥だ」
「おうよ、リョーちん。点数だけで勝ったって意味ないからな」
「お前たちは早い、本当に早い。全員置き去りにしてゴールしろ」

現在トップでもバスケット部はあくまで1位を狙う。それに、アトラクションもクエストも、本来であれば前座のようなものなのだ。今年は少し盛り上がってしまったけれど、部活対抗レース出場部にとって、何より欲しいのは最速の称号だ。そのために出場する。

この時のために赤木が熟考を重ねた走順だが、まず第一走者に桜木を持ってきた。毎年大体の部が最終走者に3年生を持ってくる。それが1位でゴールという演出が欲しいからだ。するとだいたい1年から始まって学年が上がる走順になりがちになる。その点では桜木も1年なので順当な選択ではある。

が、4人並んだ第一走者は桜木含め3人が1年、2年がひとり。188cmで赤髪のヤンキーのはずの桜木に全員ビビっている。赤木は腕組みで満足そうだ。リレーが始まってしまえば、バトンを待つ間に隣に誰がいようとそれほど気にならないが、スタートは違う。桜木怖い。

《それではいよいよ部活対抗レース第三戦、リレー決勝、スタートです!》
「桜木、コケたら覚えとけよ!」
「るせーなミッチー、コケるわけねーだろうが! 黙って見てろ!」

怒鳴る桜木、第一走者たちはまたビビる。三井もニヤリ。そして、一瞬の静寂ののち、ピストルが撃たれた。

《各部一斉にスタ――は、早、早い!バスケ部早いです! おっと、ですが陸上部が追い上げてきます! バスケ部トップですが、余裕はありません! サッカー部もテニス部も食らいついています!》

してやったりと考えていた赤木と三井だったが、予想外の展開に口を開けて呆然としている。桜木は確かに早いのだが、桑田ほどの小柄な1年生が桜木の後ろにピタリと貼り付いている。

《最初のバトンパスです。バスケ部トップです、続いて陸上部、サッカー部、テニス部です》

なんとかトップで抜けたが、余裕がない。すると、追い上げムードの陸上部の目の前を走っていた桑田が見る間に距離を開き、バスケット部は盛り上がってきた。練習時より桑田が異様に早くなっている。それに怯んだわけではあるまいが、陸上部は途中でサッカー部に抜かれた。

《おおっと陸上部苦しい! これも毎年恒例ですが陸上部苦戦しています! その間にバスケ部は第三走者へバトンが渡りま――あ、落としました! バスケ部パスミスです! その間にサッカー部がトップに出ました! 陸上部もテニス部も追い上げてきます!》

桑田から流川へのバトンパスでミスが出た。この期に及んでイマイチやる気のなかった流川が取り落とした。バスケット部と親衛隊から悲鳴が上がる。いかな流川が俊足でも、これを覆してトップを取り、なおかつ距離を開くのは容易ではなかった。やっと本気を出した流川はそれでも2位まで抜き返し、サッカー部のすぐ後ろについた。

《いよいよ最終走者です! サッカー部逃げきれるか、バスケ部トップを取り返せるか、はたまた――は!?》

グラウンドは大歓声に包まれていた。ほんの少しの差でスタートしたサッカー部とバスケット部だったが、バスケット部最終走者の2年宮城が走りだすや、サッカー部の最終走者は見る間に引き離され、どんどん距離が開いていく。あまりの早さにヒヨコが絶句してしまった。

《は、早い! バスケ部早いです! サッカー部、追いつけません!》

そして万雷の喝采の中で、宮城はゴールに飛び込んだ。待ち構えていた部員たちが彼を抱きとめる。

《なんと、本年度部活対抗レース、バスケ部完全勝利、全ての戦いを制しました!》

続いてサッカー部、陸上部、テニス部と、後続が雪崩れ込んできたが、それこそバスケット部以外は全員3年生で、宮城のあまり早さに呆然としている。数年ぶりにメダル圏内に入った陸上部も何か未知の生物を見てしまったような、そんな顔をしている。

その代わり部活対抗レースの覇者となったバスケ部はもう有頂天である。しかも全戦トップ抜けという目標も達成できている。バトンを落として腐っていた流川もホッとしてその様子を眺めていた。

《これより、校長先生より優勝カップ、教頭先生よりメダル、そして副賞の目録が授与されます》

このカップはこの日から翌年の体育祭まで優勝した部の部室に飾られる。そしてメダルはとりあえず代表が受け取るけれど、あとで全員分もらえることになっている。副賞の方も同様。

《それでは、本年度部活対抗レース、これにて終了いたします。バスケ部、おめでとうございました!》

グラウンドは盛り上がっているが、実のところ部活対抗レースは押しに押していて、残る3プログラムが時間内に収まりそうになくなってきていた。校長と教頭がモタモタしているので、ヒヨコは授与が終わったところで強制的に部活対抗レースを締めた。

こうして会長の悪巧みは終わった。

「ほんとにお疲れ、ほんとに」
「飴、飴あげる。ジュース欲しくない? ハチミツ買って来てあげようか」
「加湿器とかないのかここ」

再び生徒会室である。部活対抗レース中ひとりで喋り続けたヒヨコがやってくると、そこにいた全員に歓待を受けた。ヒヨコは後のことを現部長に任せると、ヨロヨロしながら生徒会室までやってきて椅子に崩れ落ちた。声も枯れてガサガサしている。

ヒヨコが自分のキャパシティを大幅に超える仕事をこなしたのだと知る女子たちは大騒ぎ。ヒヨコの方も疲れているのでされるがままになっている。

「ヒヨコ、さっきはありがとう。どうなるかと思ったけど、ヒヨコのお陰でスルーできたよ」
「あっ、~。ほんとどうなるかと思ったよ」
「すごかったよね、ヒヨコ。練習の時はあんまり上手くいかなかったのに」
「自分でも出来ると思ってなかったよ。パンはパッサパサだったし」

とヒヨコと会長が笑っていると、向かい側に座っていたキャップが顔を上げた。リレーの間をぐったりして過ごしたので少し元気になっている。

「ヒヨコもあとで撮らせてね、エンドロール用ショット」
「えっ、文化祭用の?」
「恥ずかしかったら顔隠しててもいいよ。放送室がいいなあ」
「わ、わかった。てかキャップもう撮影とかいいの? 編集長外にいたけど」
「オレは疲れたからもういいやと思って。編集長まだやってんのか、元気だな」

編集長は一番盛り上がる体育祭の大トリ、クラス対抗リレーの撮影準備でまだ走り回っている。

「クラス対抗リレーか。て、あれ、みんな何組だっけ?」

ふと思い立って会長がホワイトボードにペンを走らせた。会長本人は2組、は4組、ヒヨコは3組、ロミオは6組、キャップと編集長は8組、青田は5組。そこにわかる限りで追加していく。

「スタバは1組、木暮と赤木は6組、平良7組皆本10組……うっわあ」

また会長の顔が楽しそうに歪む。今回の悪巧みに関わってしまった人々はみんな割とクラスがバラバラ。1年から3年の順でクラスからひとり代表を出すリレーなので、例え同学年でも同じ部活でも、クラスが違えば今度は敵である。そして今年部活対抗レースで活躍した選手はどこでも頼りにされるはずだ。

「けどスタバは出ないね。1組に陸上部の最終走者がいるから、あいつの方が早い」
「ウチはやっぱり木暮だろうな。運動部そこそこいるけどリレーにも出てなかったくらいだから」
「ウチもそうなっちゃうかも……三井いるから」

ロミオは木暮赤木と、ヒヨコは三井と同じクラスである。実際に早いことも大事だが、目立つ生徒が駆り出されがちでもある。どちらもリレーには出ていないけれど、そもそもが半分レクリエーション的な湘北運動部である。クラス単位で見ると早い方に入ってしまう。

「てかあのバスケ部のすげえ早かった2年の子、何組なの。会長そういうの持ってないの」
「いくらなんでもそこまでは……ん?」

生徒会室の隅で固まっていた密偵が会長の背後から何やら囁きかける。

「うっそまじか! わかるってよ」
「生徒会こえーなおい」

密偵たちは厳密には生徒会でもなんでもないが、何しろ情報収集専門である。会長は密偵たちに聞き取りながら主要な俊足をホワイトボードに書き足していく。

それによれば、バスケット部の現部長は1組、その他は全員1年でそれぞれ7組2組10組となっている。他にもめぼしい運動部駆け足自慢を並べてみると、妙な展開になってきた。

「これは……改めて3大メガネ頂上決戦になってきたな」

バスケット部の現部長と陸上部の最終走者がいる1組が最有力なのには変わりないのだが、3年の走者には3大メガネが全員入りそうなのである。しかも平良と皆本は1年にバスケット部の桜木と流川がいる。その点ではとても有利だ。会長は満足気ににやついてホワイトボードペンのキャップをパチンとしめる。

「ほんとだ……放送席に連絡しておこうかな」
「今の部長が実況するの?」
「うん、たぶん。レースの時みたいなのはやらないけど、そのくらいなら入れても怒られないと思う」

会長とヒヨコから少し離れた場所で並んで座っていたに、キャップがぼそりと声をかけた。

「もう、いいんだよね」
……うん」
「応援してこなくていいの?」
「まだ何も言ってないし、ひとりだけ応援するのも、ね。こんなの、卑怯なんだけど」
「そんなことないよ。勝ったら後でいっぱい褒めてあげなよ」
「うん、そうだね、そうする」

窓の向こうからはクラス対抗リレーのアナウンスが聞こえてくる。放送席に連絡を入れたヒヨコと会長もまた窓辺に貼り付いた。だいぶ疲れてもいるが、盛り上がっているグラウンドでは部活対抗レースでは有耶無耶になってしまった3大メガネ頂上決戦が実現しようとしていた。