グラッシーズ!

02 - 狂騒の文化部

この年、去年まで予選一回戦負けが当たり前だった湘北バスケット部はインターハイへ出場、しかもそこで日本一の強豪校に勝つという、にわかには信じがたい快挙を成し遂げて帰ってきた。夏休み中のことで、バスケット部に関わりのない生徒はそんなことを知る由もなかったけれど、お盆休み頃にはじわじわと噂が広がりつつあった。

これを聞いて歯ぎしりして悔しがったのは映像部である。湘北の中では1番歴史が浅く、いわゆるオタクの巣窟になりやすいので人気はない。だが、毎年映像技術系の専門へ進学する生徒が出るほど活動内容自体は至って真面目。創作もするけれど、校内のイベントでは必ずカメラを回して記録映像を撮りためている部活でもある。

しかし、今年のインターハイ開催地は広島。いくらバスケット部や柔道部が出場するからと言って、その撮影のためだけに同行する予算はなかった。なのにバスケット部は強豪校撃破、柔道部も個人戦が3位まで勝ち進んだ。

その上バスケット部も柔道部も引率は監督のみ、学校からはひとりも同行者が出なかった。

「嫌な予感したんだよな」
「青田も赤木も命がけみたいな顔してたからね」
「しかもどっちも何も撮影してないとか狂気の沙汰としか」

バスケット部と柔道部、それぞれ家族や友人が観戦に行っているけれど、どれも試合を完全に記録した者はおらず、断片的な映像や静止画しかないという。しかも試合中よりオフショットの方が多いという、要するに記念撮影だ。映像部3年の部長と副部長、通称編集長とキャップは呻く。

「バカじゃねえのほんとに。ハンディカムなんか三脚に付けたまま置いときゃいいだろ」
「誰も持ってなかったんじゃないの」
「そんなことあり得るか今どき! てか借りるとかも出来るだろうよ!」

持ってる人もいたし借りることも出来ただろうが、観戦に駆けつけた家族や友人たちは、そんなことに構うより自分の目で記憶に刻みつけたかった。が、そんな彼らの気持ちなど編集長とキャップには関係ない。

「なんかバスケの方は国体も出るらしいんだけど、これが基本平日でさ」
「つかもう赤木と木暮は引退だろ」
「他に試合とかないのかな」
「知らん」

一応冬にも大会があるが、去年まで弱小だった部の試合スケジュールなど把握できていない。こちらも文化祭頃には引退しなきゃならない編集長とキャップは大きな獲物を逃してしまったことに諦めがつかない。

「そしたら後は体育祭かな」
「体育祭……あれか、運動部3大メガネ」
「ああ、あれね。平良と木暮と――
「皆本」
「会長がまたなんか企んでるって話だけど」
「ちょっと顔出して媚び売っとくか。文化祭に使いたいからなあ」

今年の映像系専門進学予定である編集長は面倒くさそうに、けれどちょっとニヤリと笑って頭をボリボリと掻いた。キャップもうんうんと頷きながらペットボトルの水を傾けた。ふたりとも汗だくで床の上にひっくり返っている。映像部の活動場所はパソコン室、夏だが、エアコンは、ない。

「てか平良はアレどうしたよ、聞いてるか?」
「いや、なんにも。進展ないんじゃないのかな」

運動部3大メガネがひとり、野球部平良はキャップと出身中学が同じ。野球が大好きという違いがあるだけで、基本的にはこの編集長とキャップと同類。たまにここにも遊びに来るし、ふたりは大した活動もない野球部の試合の記録はしっかり撮っている。そんなわけで、の件も知っている。

「なっさけねーな、顔はいいんだからさっさと告っちまえばいいのに」
「それができてたらオレらと友達になんてならなかったんじゃないの」
「体育祭、頑張れば振り向いてもらえるかもしれねーな」
「でも相手は木暮と皆本だよ。つらいんじゃないかなー」

ふたりはライティング中で高熱を発し唸りを上げるパソコンを見上げて、へらへらと笑った。

夏休みが明けると、バスケット部と柔道部の活躍は校内に知れ渡り、中でも全日本ジュニアの合宿に呼ばれているというバスケット部の1年は一躍時の人となった。またその余波を受けてバスケット部は急にモテ始め、何も変化がないという柔道部と大変険悪な状態にあった。

また、夏休みの終わり頃には会長による「運動部3大メガネ頂上決戦」のプロットが出来上がりつつあった。会長の計画によると、点数競技とリレーは前年と同様に行うとのことだが、スタバの件でケチがついた障害物レースは一新されることになるらしい。そこへ映像部が一枚噛ませろと言ってきたので、会長の計画は二転三転、夏休みの間中こねくり回された。

そして新学期、とメガネたちにも進展がないというので満足そうな会長は、生徒会室に演劇部と放送部の部長を呼び出した。どちらの部も女の園で、それをまとめているふたりだ。会長は計画全容を説明し、協力を頼みたいと言ってにんまりと目を細めた。

「別にいいけど……うまくいくの、そんなの」
「てかの許可は取ってんの?」
「いんや、まだ。でもたぶんあの子は断らないと思う」

放送部の部長であるアニメ声女子・通称ヒヨコ、演劇部の部長である通称ロミオは会長の説明に頷きはしたが、首を傾げた。部活対抗レースで羽目を外すのはいいけれど、例年よりかなり大掛かりになっている。文化部はレースには出場できないので、面白そうではあるが、なんとなく不安だ。

「結局、何人必要なの?」
「ヒヨコんとこはふたりくらいでいいよ、放送席で実況してもらうだけだから」
「うちは?」
「予定では5人」
「女子しかいないんだけど」
「それは別に構わないよ」

会長の元へ映像部のふたりがやってきたのはお盆休み明けのことだった。もうチャンスがなさそうだから体育祭で何かやらせろというので、会長は一計を案じた。障害物レース改め校内クエストレースである。それを映像部が追いかけ、生中継するという。

生中継と言っても、撮影はスマホ。それをライブストリーミング配信し、映像部所有のPCにて視聴、それを授業で使うプロジェクターに出力、という形だ。これなら何も買わずに一応生中継が出来て、ある程度は大きなスクリーンで見ることが出来る。

「でもさ、5台で追いかけるんでしょ。それぞれの映像ってどう切り替えるの?」
「編集長が映像部の部室で指示出すみたい。今年映像部20人いるから、スマホで足りるらしい」

編集長がパソコン室で全ての映像を見ながら同時通話で指示を出し、PC担当がそれを受けてストリーミング画面を切り替える、というわけだ。忙しいが、一応不可能ではない。それに合わせて校内放送での実況を頼まれたのが放送部。撮影に同行してリポートを頼まれたのが演劇部である。

「うまくいくのか、そんなの。しかも他の部が勝っちゃったらどーすんの」
「それを今悩み中。せっかく面白いネタがあるんだから、そこは空気読んでくれないかなーと」
「だってそしたら嫌でも3人はに片思いしてることが学校中にバレるわけでしょ」
「その上ヘタすると全員振られるわけだ」
「それは別に……
「お前鬼か!」

メガネ3人がどうなろうと知ったこっちゃない。会長は自分の生徒会長職の総仕上げに面白いことをやりたいだけだ。ヒヨコとロミオは呆れて仰け反る。会長の計画、それは「部活対抗・さらわれたお姫様を制限時間内に救い出せ!レース」なのである。お姫様役にはを予定している。

「ていうかそのクエストレースにメガネ3人が出るとは限らないでしょうが」
「それは大丈夫。レースのサブタイが『ナンバー2の逆襲 副部長たちのバトル・ロイヤル』だから!」

「いくら湘北程度だって言っても、あいつ頭いいのになんであんなにバカなんだ」
「だから会長やらされてるんだろうね。去年も確かあんな人だった気がする」

生徒会室を出たヒヨコとロミオはイマイチ釈然としないまま廊下を歩いていた。ふたりとも本来ならとっくに引退している3年生だが、ヒヨコは専門ロミオは家業に就職となっていて、若干の余裕がある。

「会長のやりたいことはわかるんだけど、がちょっと可哀想」
「てか本人はどう思ってんだろね、そこんとこ」
「聞いてないんだろうなあ、会長」

ふたりはため息をついて肩を落とした。さて、ヒヨコと別れたロミオは演劇部の部室へ向かった。校舎の外れにある視聴覚教室が彼女たちの活動場所だが、映像部同様、エアコンはない。真下の図書室を使う文芸部から苦情が来るので窓を閉めるように指導されているが、夏場に閉めきって筋トレとダンスと発声練習をしたら、死ぬ。

ロミオ的には苦情が来ようが知ったこっちゃないので、今日も窓を全て開け放ち、EDMをガンガン鳴らしながらダンス練習である。演劇部は筋トレや体力作りが練習の半分を占める隠れ運動部だが、活動場所が狭いのでダンスを運動代わりにしている。今日も視聴覚教室の床は女子高生の汗で滑りやすくなっております。

だが、ロミオは視聴覚教室に入るとまたため息をついた。問題の運動部3大メガネがひとり、皆本が来ていたからだ。というか皆本は一応元演劇部所属なのである。卓球部と掛け持ちだったため、滅多に顔は出さないが、貴重な男子部員なので大事に扱われるのが嬉しいらしい。

しかしそんな皆本の邪なところが嫌いなロミオは、会長の企みを教えてやるつもりはない。むしろこっちのバカに振り回されるが可哀想という気がしてならない。ロミオの基準で言えば皆本は論外なので、体育祭を待たずに木暮か平良と付き合いだせばいいのにと思う。

「なんであいつ来てんの」
「どうも、今狙ってる子を取られたみたいで」
「取られた?」
「一緒に帰ろうと思ってたのに出遅れたって言ってたけど」

またため息。そんな理由で逃げ場にするなよと思うが、基本的に皆本は明るくて人懐っこく、一緒にいて楽しいタイプなので部員たちは邪険にしない。皆本が気に入らないのはロミオだけだ。彼女のそんな気持ちを知る、こちらもメガネの副部長は一緒に苦笑いをしたが、会長の計画を知らされると目をひん剥いた。

「バカだとは思ってたけど……うまくいくの、そんなの。てかだったのか、皆本の」
「少なくとも私とヒヨコは不安があるけど、会長と映像部は乗り気」
「それこそにちゃんと話をしなかったらダメじゃないの?」
「姫役の件は近々話すと思うよ。本当にさらうわけにいかないんだし」

あくまでも表向きはを姫役に据えた「運動部3大メガネ頂上決戦」であって、の取り合いは言わば裏テーマなのである。知ってる人だけが楽しければそれでいいという域だ。人はこれを内輪受けと言うけれど、部活対抗レースは点数競技もリレーもあるのだから構わないというのが会長の言い分だ。

「企画倒れになるならそれでいいという感じかな。さて5人、どうしよう」
「リポートったって、映像部とチーム組んで走り回るんでしょ」
…………嫌がるよなあ~」

臆せずリポーターを務められそうな部員はみんな元気で強気で、男に負けたくないという意識が強い。対して映像部は内向きのコミュ障気味ばかりが集まってる上に、まともに相手にされないことが転じて女性蔑視気味の典型的なナードタイプである。相性は最悪。

なのにそのトップにいる編集長だけはナードというよりギークなのである。要するに明るく元気な喋れるオタクだ。メンタルが強いので口を開けば「キモい」しか言わない女子に対しても嫌悪感はない。自分の好きなことを思う様やっていられれば、そんなことはどうでもいいのだ。

「ヒヨコたちに実況してもらうのに、リポーターなんかいるの」
「現場の○○です! たった今こちらで動きがありました! をやりたいんだそうだ」
「編集長も好きそうなネタだな~」

というわけで会長と編集長は利害も一致、求める方向性も一致したのである。

「ただ、その映像部とチーム組まなきゃいけないことさえ我慢できたら悪い話じゃない。ちょっと期間が短いけど編集長はその映像を編集して文化祭上映作品にするつもりらしいから、作品の中に登場人物として残る」

いくら頑張っていてもこちらは毎年地区予選敗退の予算も乏しい弱小演劇部である。予選や文化祭の上演は録画されて残るけれど、それは演劇部にではなく、それぞれの家庭の中だけなのである。彼女たちの活動は一切校内に残らない。

だが、映像部の文化祭上映作品であれば話は別だ。作品として映像部のハードディスクにも残るし、一応DVDに焼かれて保管もされる。どちらにせよそれを鑑賞するのは次世代の映像部員だが、この夏に活躍したバスケット部や柔道部のように、母校に足跡を残せない演劇部には、ちょっとだけ惹かれる案件ではある。

「どうしても足りなかったら私やってもいいよ」
「ありがと。足りなければ私もやるよ。も心配だし」

皆本と楽しそうに喋りながら筋トレしている部員を眺めつつ、ロミオと副部長はまたため息をついた。

その数日後、美術部にも協力を取り付けた会長は満を持してを呼び出した。

「姫!?」
「別にドレス着て悲鳴上げろとは言わないよ。座っててくれるだけでいいの」

の動揺は当然だ。特に目立つこともない一介の女子である自分が何故。だが、そこはにも多少の自覚があるわけだから、会長は正直に言う。

「この間の3人がいるもんだからさ。全員副部長だし」
「えっ、そうだっけ? 木暮くんは知ってるけど」
「野球部も卓球部も地味だからねえ。一応平良も皆本も副部長。面白いよね、この3人共通点だらけ!」

インターハイの件でバスケット部員は有名だが、野球部と卓球部は活動も地味なので、誰が所属しているのかなんて友人でもなければわからない。きょとんとしているに向かって会長はにんまりと笑って見せる。

「別に見世物にしようってわけでもなくて、だってこの3人の中の誰かが勝つと決まってるわけじゃないし、どっちみち部活対抗レースの中の一種目なんだし」

だが、もはややりたい放題の会長はこの計画の総仕上げにひとりの人物を引きずり込んでいた。

「ちなみに姫をさらうのは私と――
「オレだ!」

生徒会準備室のドアが勢いよく開けられて、中から大きいのが飛び出してきた。は思わず短い悲鳴を上げて飛び上がった。その人物は会長の背後に立つと腕組みをしてにやりと笑う。

「青田くん!?」
「ふはは、魔王だ」
「私とともにをさらう悪の魔王こと日本で3番目に強い短足、いや、元部長だ」
「誰が短足だ!」

部活対抗レースは引退した3年生でも出られるし、むしろ3年生が中心だけれど、青田は出場しないというので会長に目をつけられた。しかも魔王役として申し分ないルックスをしている。インターハイの成績だけで言えば柔道部の方が上なのにバスケット部だけがちやほやされるのが面白くないので、本人も乗り気だ。

「悪役でフハハとか言うのは私や青田だし、は黙っててくれるだけでいいんだけど。どう?」
「ど、どうって……恥ずかしいんだけど……
「だけど基本的に生中継されるのはレース参加者で、じゃねえからな」

そう、が考えているほど姫役は目立たない。おそらく最初と最後にちらりと映る程度で、名前も紹介されない。だから3大メガネの片思いの件は本当に「内輪受け」なのだ。がちらりと映ることで知っている人だけがハラハラドキドキして笑いたいのを堪えるという主旨だ。

「何かやったりとかそういうのは……
「ないない。ジャージのまんまでいいし、強いて言えば頭にティアラ載っけたいくらいで」

会長としては魔王青田の膝に座らせたいと考えているが、それは言わないでおく。

「わ、わかった。私でよかったら」
「ほんとー!? ありがとう、よろしくね!」

会長、してやったり。