グラッシーズ!

04 - 密偵の憂鬱

ロミオとヒヨコがに接触出来たのは、打ち合わせから2日後のことだった。メールでやり取りをしていても埒が明かないので、キャップを呼び出して食堂で一緒にお昼を食べていた時のことだ。購買にがひとりで現れたので、ロミオがダッシュして捕まえてきた。とりあえず今回の件の関係者は見当たらない。

……なんかすごい組み合わせだね」
「会長に引っ張り込まれて已む無く」
「編集長が乗り気になっちゃって已む無く」

ヒヨコとキャップが真面目くさって言うのではつい吹き出した。普段は弁当だが母親が不在なのでパンを買いに来たと言って、はにこにこしている。手にしたクリームパンを突き出して嬉しそうだ。ロミオもまた会長のようにを抱き締めたい衝動に駆られた。

はもう姫役の話、聞いてるの?」
「あー、うん。引き受けちゃった」
「大変だったね」
「やっぱり大変なの?」
「いや、あの会長に捕まったという意味で」

女子3人に囲まれているキャップだが、コンパクト男子なので違和感がない。そして心から同情申し上げる風だ。

「てか関係者いないよな、よし。、大丈夫か?」
「うんまあ、何かするわけじゃないし、全部会長の思惑通りに行くとも思えないし」

食堂中をきょろきょろと見渡したロミオに問われたは眉を下げて微笑んだ。

「確かには会長とゴールにいるだけだけど、怒らないでね、例のメガネ3人の件、知ってるんだ私たち」
「え!?」
「そこは会長を恨んでね。うちは一応皆本が元部員だけどあいつは喋らなかったし」
「あ、そこはオレ平良と普通に友達だから知ってた。ごめん」

映像部と演劇部と放送部と美術部が駆り出されていることは聞いていたが、まさかその件がこれほど広がっていたとは思わなくて、は泡を食った。見る間に顔が真っ赤になっていく。となりにいたヒヨコがよしよしと頭を撫でている。

「ご、ごめん……
「いやは何も悪くないでしょ」
「むしろが困ってんじゃないかと思っててさ。一度話を聞いておきたかったんだ」
「困ってはいないんだけど、その、ちょっと私もどうしたらいいか――

3人は改めて本人の口から下校ルートにいつもガラの悪いのがいること、それを最初に心配して送りを買って出てくれたのは木暮だったこと、彼が忙しい間になぜか平良と皆本がそれを請け負ってくれるようになったことを聞かされた。木暮はともかく、女子ふたりに酷評されている平良と皆本もにはとても優しいようだ。

「困ってるのは事実で、だけど自分ひとりじゃどうにもならないし、こんな風にみんなに迷惑かけて申し訳ないと思うんだけど、他に方法もなくて、なんだかいいように使って甘えてるみたいで――
「それは別にいいじゃん。たぶん3人とも楽しんでやってるから気にしなくていいよ」

キャップの言葉があまりに淡々としているので、隣にいたロミオは顔を背けて吹き出した。確かににはそういう事情もあるだろうが、3人にとってはむしろ都合がいい。正当な、しかも親切心からという大義名分でを送って帰れる。ほんの1時間程度とはいえ、ふたりきりだ。

「てか念の為に聞くけど、なんかあいつらで困ってることとかないよね?」
「うん、だけどなんかみんなよくしてくれるから申し訳なくて」
「逆に親切の押し売り状態になってんのか」
「てこともないよ。普通に喋って帰るだけだし、そうすると幼馴染の子も声かけてこないから」

まあロミオが言いたいのは「ほんとに平良と喋って帰ってんの?」というところだが、そこはの方がうまく平良の相手をしてやっている状態だろうと推察する。

「そういう状態になってだいぶ経つと思うんだけど、的にはどうなの?」
「どうって?」
「いや、3人の中からひとり選ぶ気になったりしないのかなって」
「そ、そんなことは!」

また真っ赤になって両手をパタパタと振った。そこにまた淡々とキャップが口を挟む。

、別にそれ悪いことでもなんでもないんじゃない? もしかして優しくしてくれるのの中からひとり選んで付き合うなんて偉そうなこと、って思うかもだけど、むしろオレははっきりしてやった方が親切だと思う。もう3年なんだし、確かと木暮は受験でしょ。もしひとりに決められるならその方がいいと思う」

キャップの言うことはもっともで、ロミオとヒヨコも勢い頷いた。

「もちろんが恋愛対象としては誰もいいと思わないっていうなら、それはそれでいいんだよ。本人たちが送ってってくれるって言うんだから、好きにさせとけばいいんだし、告って来たって、ごめんなさいって言えばいいだけ。それは自由。それで例えば逆恨みするようなら、そういうやつだったってことだし」

確か映像部は文化祭用に体育祭の映像が欲しいという前提だったはずだが、キャップは会長の企画が飛びかねないことを言っている。映像部の事情もあるのに、会長の暴走での気持ちが無視されないよう気遣ってくれているわけだ。ロミオとヒヨコはついキャップの身長がもう10センチ高ければ、と思わずにはいられなかった。

「せっかく良くしてくれてるのに、断ったら悪いと思うのもわかるけどね」
「平良なんか断ったら登校拒否起こしそうだもんな」
「その時はオレが毎日担いでくるから気にしなくていいよ」

キャップは真顔だ。ロミオとヒヨコはうっかり心が動きそうになっては、立って並ぶとキャップとほぼ同じ身長であることを恨んだ。その上ロミオは演劇部で日々鍛えていて、しかも巨乳で、ヒョロヒョロのキャップよりだいぶ大きく見える。彼女たちも悲しいかな、背が高い方が好みである。

「でもアレかな、あの3人けっこう共通点多いし、選ぼうにも、て感じ?」
「そう? 見た目はそうかもしれないけど、中身はかなり違くない?」
「そうなんだけど、にはみんな徹底して親切だろうし」

はあーとかうーとか返事をしつつ、考え込んでいる。キャップたちの言うことに多少心当たりがあるようだ。

「悪評吹き込むつもりはないけど、誰にしてもマイナス面はあるわけでしょ。だけどそれは絶対にの前じゃ出さないだろうし、そうするとあいつらなんか見た目と成績くらいでしか区別がつかねえし。その見た目だって基本的にはメガネで髪型もそう大差なくて、違うのは木暮だけちょっと背が高いくらいで」

またロミオの言うことも現状その通りで、これにはも大きく頷いた。

「あ、でも、別にさっさと決めろよとか思ってるわけじゃないからね」
「オレも言い方が悪かったね、ごめん」
「そそそ、そんな、いいの、私もなあなあにして来ちゃったから」

しかしそれにしてもの気持ちというものが見えてこなくて、ロミオは首を傾げた。体育祭の件も含め、はどうしたいんだろう。

「だけどもう一度確認させて。正直言って私はあんまり乗り気じゃないのね。だけど会長や編集長の気持ちも少しはわかるし、メガネ3人もそれぞれ意欲があるみたいだからそれはいいんだけど、はこの状況、ほんとにいいの、これで。もし3人のうちひとりが勝ったら、イコール付き合えるとか思っちゃうかもしれないよ」

はパックジュースを両手で包みながら俯き、また赤くなる。

「実は、その、本当に最近、ひとり、いいなあって思えるようになってきて」

のか細い声に、ロミオたちは固まる。マジか!

「だけどみんなの言うように、ここまでずっと送ってもらったりして来ちゃったから、今更もういいですとか言い出せなくて、どんな風に言ったらいいのかわからなくて、もしレースがそんな風に考えられてるんだったら、その人が勝ってくれれば助かるなあ、とは、思ってて――

恥ずかしさのピークに達したらしく、は食堂のテーブルに突っ伏してしまった。ちらちらと顔を見合わせた3人は、ぐっとに顔を寄せる。

「そういうことなら協力するけど、誰?」
「まあ、オレらに言ってもよければ、だけど」

ヒヨコに背中を擦ってもらっているは、のろのろと顔を上げると、本当に小さな声でぽつりとひとりの名を挙げた。それを聞いたキャップは大きく頷き、ロミオとヒヨコを交互に見て、また頷いた。の気持ちが固まっているなら助けてやれる。

「わかった。、大丈夫だよ、変な展開にならないようにオレたちちゃんと見張ってるからね」

いっそ泣き出しそうな顔をしているに、3人はにっこり笑って頷いた。

「ハァー!? それで肝心の名前は聞こえなかったっての!? マジか!」

こちらは生徒会室。密偵に食堂での会話を全て聞かれていた。が、この密偵その2は最後にが呟いた名だけは聞こえなかったと報告してきた。会長は仰け反ってぐねぐね蠢いている。

「しかもあいつら、計画を妨害しかねないつもりだったとは」
「まあそこはしょうがないよ、こんなしょーもない企画」
「しょーもないとか言うな!」

3人いる密偵はそれぞれ会長とは完全に対等な関係であり、密偵とは言うものの、何も会長の手下というわけではない。食堂で関係者が一塊になっているのを見つけた彼女はロミオの真後ろに座って、全ての話を聞いていた。そして放課後、生徒会室で報告に及んだというわけだ。

「うーん、誰なんだろうな。ロミオとヒヨコは木暮推しみたいだけど、じゃ何とも言えないしなあ」
「私も木暮推しだなー」
「まあそうだろうけども」

腕組みでかくりと頭を落とした会長は吹き出したのちにニヤニヤと笑い出した。3人とも同じメガネの副部長だというのに、なんなんだこの落差は。

「しかしキャップには困ったな。あいつ編集長の味方じゃないのか」
「私同中なんだけど、あいつ昔からああなんだよねー」
「でもまあ、3大メガネ頂上決戦には変わりないわけだし、こっちは勝手に進めよう」

会長はパンと膝を叩いて立ち上がる。最近手芸部も巻き込んだので、のティアラつきヴェールと、青田の魔王セットを作ってもらっているとのこと。それの確認に行くと言う。

「もしそれが誰なのかわかったら教えてよね」
「おっけー。またなんか情報入ったら報告に来るね」

会長はバッグを肩にかけると、慌ただしく生徒会室を出て行った。会長の足音が遠ざかると、生徒会準備室のドアが静かに開いて、女子がふたり出てきた。密偵その1とその3だ。ふたりはその2の向かいに座って頬杖をつき、テーブルの上のお菓子を取り上げて手の中で弄んだ。

「名前、聞こえてたんじゃないの」
「バレてたか」
「まあ、言わないでよかったよ」
「だよね。そこだけは余計な情報だなと思ったからさ」

生徒会室に沈黙が流れる。密偵たちはそれぞれ別の方向を向きながらぼんやりしている。

「この計画、倒れればいいと思ってる?」
「いや、そこまでは。3大メガネ頂上決戦だけだったら何も害はないわけだし」
「そこはロミオたちと同じだね。がちょっと可哀想かなと」
「だけど心が決まってきてるなら、キャップたちに助けてもらってなんとか収まればいいかなと」

3人は手にしたお菓子をやっと口に入れてうんうんと頷き合う。

「たまに、こんな風にチクり屋みたいなことしてていのかなとか思うこともあるんだけどさ、それももう少しで終わると思うとちょっと寂しいんだよね。卒業までは時間あるけど、会長の任期は本当にあと少しだし」

そもそもこの密偵の正体は、あまり社交的でなく、ともすればいじめられっ子になりかねない、こちらもナードタイプである。だが、この3人はたまたま1年2年の時に会長と席が近いという不運と幸運が一気にやって来た。会長の場合スクールカーストに当てはめようがない勉強得意なバカというキャラクターなので、すぐに仲良くなった。

以来この3人は会長のために密偵をしているわけだが、ナードだろうが何だろうが会長は区別しないし、常に対等に接してきた。だから会長が羽目を外しても彼女たちは決して見捨てたりしない。

会長が勉強得意なバカだというのにある程度は大目に見られているのもこれによる。邪で突飛でずる賢いし雑だけれど、会長のこの何者をも区別しない特別扱いしない所は、ある意味では尊敬を持って認められているところである。加えて嫌味も通じない図太いメンタルの持ち主ゆえ、男女の別なく恨みを買いづらい。

色んな所に目を瞑れば、つまり会長はとても器が大きい人物である。だから目をつけられたという側面もある。

「ほんと、離れちゃうの、寂しいね」
「だけど私たちも会長離れ、しないとね」
「不安だなー」

会長はこのままうまく行けば県内の私大に進学だが、密偵3人は全員地元で就職となっている。

「てか私キャップと少し話してみようかと思う」
「おお、密偵の造反か?」
「うーん、造反て言うより、二重スパイだな」

密偵その2は首を傾げて苦笑いをする。会長に逆らうつもりはない。会長の計画を阻止したいわけじゃない。

「ただ、このまま会長の計画が暴走して、もしトラブルがあったらと思うとね」

その時悪者になるのはもちろん会長だ。それは断固として阻止しなければならない。つまり彼女たちは会長と、そして少しだけのために全てを報告しなかったし、キャップと話して問題が起こらないように手を回しておきたいと考えた。会長を守れるのは自分たちしかいない。

会長や編集長や運動部たちには体育祭や文化祭で面白いことをたくさんやってもらって構わない。だけど自分たちはそんなところに顔を突っ込んで騒げるタイプではないから、密偵でも何でも、自分たちのできることでそれらを全うしたい。

「でもこの寂しさはどうにかならないかな、ほんとに」
「引きずりそうでやだねー」
「会長いなくても遊ぼうぜ、金入るんだし」

いずれにしても憂鬱な密偵3人は、ぼそぼそ言いながら生徒会室を出ていった。