グラッシーズ!

09 - 部活対抗レースpart2 囚われの姫君

アトラクション競技が終わると、そのままクエストに突入である。生徒会が一生懸命片付けを始める中、各部の副部長が昇降口に集められる。その間に映像部と放送部演劇部総出で生中継のセッティング、ロミオたち中継班は選手たち同様昇降口でスタンバイしている。

プロジェクターが設置され始めると、場内は一気にざわつきはじめる。特に3年と2年は昨年までがオーソドックスな借り物競争だったことを知っているので、期待が高まる。ストリーミング視聴用のPCと映像部がスタンバイ、スタートに先駆けてゴールの定点カメラの映像が映しだされる。とりあえず何も映っていない。

急ごしらえのテントに設置されたプロジェクターの前に続々と生徒たちが集まり、昭和初期の街頭テレビのような状態になってきた。そんな中、ひとりパソコン室で全てを監視している編集長から、同時通話が入る。実況班、中継班にも聞こえている。

「いいか、以降オレの指示には逆らうな。文句は後で言え。映像部、間違えてもいいから落ち着いて操作しろ。演劇部、とにかく全部口に出して言え、騒いで構わん。ロミオ、全力でふざけろ! 放送部、手が空いてたら映像部を手伝え。ヒヨコ、練習通りやれよ、全員イジり倒せ!」

これが平時なら演劇部の女子たちが怒り狂って怒鳴り散らすところだが、今回に限れば編集長は総監督状態、彼女たちも乗りかかった船なので、今は逆らう気はない。采配をしくじれば責任は編集長にあるのだし、本人が言うように、ヘマをしたら後で覚えとけ、というところだ。

「会長、お前が言い出したんだからな、ちゃんとやれよ」
「わかったっつーの、しつこいな、そろそろ始めるよ」
「っし、ヒヨコ、キュー!」

要所要所で音楽や効果音を使いたいと言い出したのはロミオだった。だが、中継現場で鳴らすと音が割れてしまった上に、音声が聞き取りづらくなってしまったので、基本的には音楽や効果音はナシという方向になった。が、クエスト開始の際のみ、放送席から某ゲームのテーマソングを流す。

馴染みのある音楽に合わせて、中継映像に会長が現れる。どう見てもパーティグッズのマントに、角のついたカチューシャを頭にくっつけた会長が画面中央に仁王立ちになる。後に録画を編集していたキャップは、会長の膝が震えているのを見つけてお茶を吹いた。

《ふははは! 諸君、私はデビルクイーンである。我々生徒会、いや、悪魔の一族は、去年の借り物競争で先生たちにこってり絞られたせいで、腹の虫が収まらん。そんなわけで、腹いせにその辺にいた可愛い女子をさらってみた。あっ、魔王さま、いいところに!》

会長が脇にずれると、手芸部に協力してもらって作った魔王セットに身を包んだ青田がぬっと出てくる。こちらも角つきカチューシャに、マント、そして襟元にモジャモジャと茶色の胸毛をくっつけている。彼を知る3年生は大爆笑、部活対抗レース参加者用プロジェクターで成り行きを見守っていた赤木は呼吸困難になりかけた。

《インターハイで超活躍したっていうのに、バスケ部バスケ部、あれっ、柔道部って大会とか出ないの? って出てるわ! 青田ってその顔で柔道とか胸焼けするんだけど、とかうっせえわ!!! なので腹いせにその辺にいた女子をさらってきた。ふははは、こいつも我ら悪魔一族に加えてやろう》

青田に手を引かれてが転がり出てきた時、副部長たちが待機していた昇降口はちょっとおもしろいことになった。思わず驚愕の声を上げた3大メガネ、スタバくんの元カノであることを知っているのもいて、映像部がスマホで見せてくれるストリーミング映像に全員かじりついていた。

《だ、誰か助けてください~胸焼けします~》
《ふははは、副部長諸君、姫君を返して欲しくばここまで辿り着き、我々を倒して見せよ!》

緊張している割には楽しそうな魔王一派との映像にヒヨコの実況が重なる。

《大変なことになりました。罪のない女子が胃もたれ系魔王に囚われてしまったようです。このままでは姫君にも胸毛が生えてしまいます。それでは選ばれし副部ちょ、いえ戦士たちよ、数々の苦難を乗り越えて姫を救出してください! ルートは3つ、クエストを3つクリアしないと最終ゲートは開きません!》

編集長の指示で中継は昇降口に切り替わる。もちろん観衆の中にもスタバくんの件を知るものはいるので、特に3年生は面白くなってきた。小道具のマイクを持ったロミオがひょっこり顔を出す。

《こちら現場です! 魔王たちの蛮行に勇者たちは奮起しています。皆さん靴は履き替え終わりましたか、ルートは3つ、色で分かれていますが難易度は同じ、どこをどう通ってもクエストを3つクリアした時点で魔王の部屋へ続くゲートの鍵を手にすることが出来ます。まずはクエストをこなし、屋上を目指しましょう!》

校舎内を使うので、出場者たちは室内履きに履き替える。昇降口から伸びる3色の矢印がルートである。

《おっと、これは本年度湘北名物の運動部3大メガネが揃いましたね。全員副部長、メガネ、果たしてトップ・オブ・メガネの称号を得るのは誰なのでしょうか!》

わざとらしいが、一応会長がこんなことを思いつくきっかけになったネタだ。ロミオはスタート前に必ず挟めと言われていたので、何の脈絡もなく3大メガネネタをぶっこんだ。言われて思い出したメガネたちはそろりそろりと距離を取り、会長の予想通りに違うルートを行くつもりらしい。

そんな中、木暮のとなりにすっとスタバくんが並んだ。これも会長の予想通り。

……木暮、を助けるのはオレだからな」
「は!? 何言ってんだ、今そんなこと――
「オレが優勝して、もう一回と付き合う」
「ハァ!?」

面白いがこれは中継できない。キャップの判断で編集長に見えないようにカメラをずらし、距離を取って音声を拾わないようにした。スタートである。今日は喧嘩している場合じゃない映像部と演劇部の中継班もそれぞれスタンバイOK。ロミオからゴーサインが出たので、ヒヨコが声を張り上げる。

《湘北クエスト・バトルロイヤル 副部長ネバー・ダイ、約一名部長が混じっていますが、スタートです!》

放送部が入れてくれた銅鑼の音で選手たちと中継班が一斉に走りだした。魔王一派が想定した通り、3大メガネは全員別ルートを、木暮とスタバくんは同じルートを選んだ。編集長の指示なので、ロミオは木暮スタバルートを追う。このふたりがいるルートは不利と判断されたか、他の選手がいない。

「キャップ、ロミオ、出来るだけふたりの会話拾えよ」
「拾えればね~!」
「編集長、追いつくのでやっとだよ」

編集長はそう言うが、キャップとロミオはそれを守る気はない。もゴールでこの中継を見ているのだし、音声自体は実況席から校内放送で出されてるのだから、気をつけないとと木暮とスタバくんという変な三角関係を学校中にバラすことになってしまう。

というか本当にキャップの言うように、木暮とスタバくんの速度が早いので、ふたりは喋る余裕もない。

《各ルートそろそろ第一のクエストルームに到着します。おっと、こちらは青ルート、卓球部皆本選手でしょうか、青ルート第一クエストは――出ました、手品同好会の元部長です!》
《こちら現場です! 手品同好会によるカップシャッフル当てのようです!》

会長考案なので、クエスト自体はどれも下らないものが多い。が、基本的に体育祭などあまり乗り気でない文化部で、しかも引退して暇なのをたくさん引っ張りだしている。カップシャッフルは意外にスピードが早くて、3回で当てなければいけないチャレンジだが、皆本は動体視力が必要とされる卓球部なのにこれを落とした。

「早えーよちくしょう!」
《皆本選手ファーストチャレンジを落としました! チャレンジ失敗の場合は列の最後に並んでやり直しです!》
《実況実況、こちら赤ルート、第一クエスト到着しました! どうやら難読漢字のようです!》

難読漢字出題監修は文芸部。カードを1枚引いて読めたら正解、読めなかったらやり直し、3つ読めた時点でクリアーである。しかし悲しいかな体育会系、しかも湘北、正解者が出ない。この赤ルートには平良がいるが、もう2度失敗している。

「おっかしーな、そんなに難しいの入れてないはずなんだけど」
「今のって、烏賊、だよね?」
「お前らな、学年20位以内の感覚でもの言うなよな。オレは読めねえ」
「魔王さま確か柔道で大学行くんだよね? 大丈夫?」

魔王ルームは和気あいあい、中継を見ながら楽しくお喋りである。

《実況席、こちら黒ルート、第一クエストに到着しました! 大変です、数学です!!!》
「うえーやっぱ来たー。これ、三井さんが副部長だったら絶望的っしたね」
「宮城てめぇ……
「赤木さん、これは木暮さん有利なんじゃないですか?」
「それが――

プロジェクター前のバスケット部は身長が高いのがいるので、全員座らされている。部長副部長揃って文武両道なので木暮も問題はないはずなのだが、これがまた運の悪いことにスタバくんもバカではない。というか成績は木暮とそれほど変わらない。中継のロミオが薄っぺらい悲鳴を上げている。

《すみません私バカなので何が起こってるのかよくわかりませんが、なんかふたりとも解いてます》
《リポーター、こちらの資料によりますと、昨年のセンター試験の問題だそうです》
……会長、このルートにふたりが来るって読んでたのか?」
「んっふー」
「逆か! あのふたりが黒ルートについた時点でクエスト差し替えたな!?」

と青田に白い目で見られた会長は、にんまりと目を細めてそっぽを向いた。もしこれが他のルートだったら全員通過できない可能性がある。運動部3大メガネではどう見ても木暮が優勢になってしまうのが面白くなかった会長は、こっそり木暮vsスタバ展開も仕込んでいたというわけだ。

《おおっと、木暮選手早くも解き終わったようです、どうでしょうかリポーター》
《ただいま生徒会による確認が行われ……正解です! バスケ部クエストクリアーです!》
《クエストクリアごとにゴムブレスが渡されます。このゴムブレスがゲートキーと交換になります!》
《実況! ゴムブレスではありません、クリスタルの腕輪です!!!》

要するに少々スケルトンな素材のヘアゴムである。20本入って150円。

ヘアゴムを手首に嵌めた木暮はスタバくんを振り返りもせずに走り去る。青ルートと赤ルートがもたついているので、編集長の指示で中継4班が向かっているという。ロミオはキャップとそのまま木暮を追いかける。

「木暮すごいねー、ずいぶん早かったけど」
「だって去年のセンター過去問だろ。解いたことあるから」
「あ、そうか! 会長バカだなやっぱり」
……そうなのかな」

ロミオは笑っているが、木暮とキャップはわざとなんじゃないかと疑っていた。木暮が湘北では数少ない受験組だということは一部では知られた話だが、それはスタバくんも同様なので、それがわかっていなければ、湘北でこんなクエストは絶対に用意されないはずだ。

《こちら青ルート、やっとカップシャッフル抜けが出ました! テニス部副部長、クリアーです!》
《赤ルートです! 難読漢字、弓道部と体操部がクリアしました!》
《今年は弓道部が地味に稼ぎますね。おっと、3大メガネのふたりはまだクリア出来ていない模様です》

平良が難読漢字で突っかかっているのを野球部はため息とともに観戦中だ。なんであいつメガネのくせにバカなんだとかゴチャゴチャ言われている。皆本の方は卓球部自体がさほど熱心に参加していないので、期待もされていないし、の件も知らないので応援しようという気がない。

《黒ルート、第二クエストに到着しました! あれっ、これは――
《センター過去問とは打って変わってこれは地味!!! 豆運びです!!!》
「ふん、甘いな。箸はプラスチック子供用、皿はメラミン、豆は小豆、超滑るぞ」
「会長の考えるネタって小じんまりしてるけど、凶悪だよね」
《これはつらい! 木暮、苦戦しています!》

会長の策通り、短い箸に滑りやすい皿で豆は掴みづらいわすぐに飛んで行くわで、せっかくスタバくんにリードしていた木暮だが、ちっとも豆運びが進まない。

《黒ルート第一クエストです、サッカー部クリアーです!》
《青ルートです、全員通過しました!》
《赤ルート、野球部を除いてクリアーです! 平良は置いていきます!》

平良はそもそも3ページ以上本が読めないほどの文系嫌いである。難読漢字などクリアできるわけがなかった。中継に置いて行かれた平良は実質ここで脱落ということだ。本人も途端にやる気をなくして腐り始めた。点数がもらえるのは3位までなので、全員ゴールするまでゲームを続けたりはしない。

「平良くん、どーする。まだやる?」
……帰りたい」
「続けないならここ片付けるよ。適当に引き上げてね。お疲れ様」

難読漢字担当の文芸部元副部長は、問題を書いたカードをまとめ、机を近くの教室に戻して片付けると、壁にへばりついて腐っている平良の肩をポンと叩いた。これが慰めてくれるキャップもおらずに腐る一方の平良の心にグサリと刺さった。振り返れば、色白で小柄な丸顔の女子である。平良、色んな意味で脱落。

《青ルート、第二クエストは太陽系天体並べ替えです! カードを正しく並べられればクリアです!》
《協力は天文部の部ちょ――おっと早くもクリアが出ました、なんとラグビー部!》

太陽から冥王星まで10枚のカードを正しく並べられればクリアだが、ラグビー部の副部長はカードを受け取ったその場で並べて正解を出した。そのすぐ横で、太陽の次が既にわからない皆本は泣きそうな顔をしていた。

「お前らこれもわかるのか」
「えっ、魔王さまこれもわからないの……
、そういう人もいるんだよ」

ラグビー部の副部長はたまたま子供の頃から父親と天体観測をする習慣があった。なので、例えば木暮程度の成績保持者でなければ一瞬では出てこない、それが湘北である。

「やっべ、オレもわかんねえ。太陽と地球の間って月じゃねーのか」
「安心しろ宮城、オレもわからん」
「タイヨーケイって何だ?」
「赤木さん……
「安田、気にするな、あいつらの方がちょっとおかしいだけだから」

平良が脱落した赤ルートは第二クエストの軽音楽部協力によるイントロクイズが始まっていた。が、これもなかなか正解が出ずにもたついていた。そんな中、全ルート中トップだった木暮は豆運びに苦戦して、青ルートのラグビー部に抜かれてしまった。ヒヨコの実況が聞こえるので、余計に焦る。

しかも、また天体並べ替えからクリアが出てしまった。今度はテニス部。スタバくんも横で同じように苦戦しているけれど、の件以前にこれは部活対抗レースなのである。それがなんであれ、勝負なのだから負けたくない。木暮は深呼吸を繰り返しながら慎重に豆を移していく。

《赤ルート、イントロドン、クリア出ました! 体操部です!》
《これで第二クエスト突破が4名となりました。全員赤青で、黒ルート、苦戦が続いております》
《黒ルートです、豆が凶悪なまでに滑ります! しかも箸が子供用です!》
《これはひどい、デビルクイーンの意地の悪さがモロに出ています!》
「会長、中継に出すぞ! 例のやつやれ! 中継班、1番を見せろ!」

忙しく3ルートの中継を切り替えていた編集長は、ヒヨコの実況をきっかけにして、スタート前以来一切映さなかった魔王ルームを呼び出す。選手たちにもリポーターのスマホで魔王ルームの中継を見せろという指示だ。

画面が切り替わると、会長のドアップだった。それでも多少ウケているが、「例のやつ」はこれじゃない。

《あー、諸君、時間がかかっているようだね。退屈であくびが出てしまうよ。あんまりモタモタしていると、姫君が胃もたれ起こした上に魔王さまの虜になってしまうぞ。ほーら、もう既に――

会長がすっと移動すると、後ろには椅子に座った魔王さま。魔王さまは、膝にを座らせていた。

黒ルートが全員叫んだのは言うまでもない。ロミオもキャップも知らされていなかった。青田が無理に笑っているのは見ればわかるのだが、同じように苦笑いのが魔王さまの膝にちょこんと座り、背中を抱きかかえられている様は、なんだか本当に危機感を感じさせる甘ったるさがあった。

「おい、ロミオ、なんなんだよこれ!」
「いや私こんなの聞いてないって! てか知ってたとしてもあんたに怒られる筋合いはないわ!」
「ロミオ、落ち着いて。お前もロミオに突っかかるなよ、は納得してやってるはずだ」

今でもは自分のものという意識が強いらしいスタバくんは、ただでさえ木暮に負け気味で焦っていたところに、よりにもよって青田の膝に抱かれるなど見てしまったので、頭に血が上ってしまった。豆運びを放り出してロミオに突っかかったところを、キャップに押し戻された。

「だいたい、お前がレースに出ようが出まいがは姫役やることになってたんだ。文句言う相手を間違えてるよ」
「なんなんお前ら……こんなレース、ふざけてんのかよ、わけわかんねえ」
「だったら出なきゃよかっただろ。会長の企画なんだから、まともなレースなわけないのに」
「会長、青田、編集長、ロミオ、ヒヨコ、お前らマジおかしいんじゃねーの」

また怒鳴りそうになったロミオだったが、その目の前で木暮がスッと立ち上がり、パチンと箸を置いた。

「そうやってにも当たり散らしたんだな」
「な、なんだよお前――
「よくわかったよ。だけじゃない、誰の気持ちも考えてやれない、そういうやつなんだな、お前は」
「あ……お、終わってる! マズい、中継戻るよ、黙って!」

木暮の豆運びは終わっていた。慌ててふたりを止めようとしたキャップだったが、遅かった。編集長の指示で中継2番に一斉に切り替わる。慌てたキャップがカメラを遠ざけようとしたが、これも慌てたロミオにぶつかって手が止まってしまった。全校生徒が見守る映像の中、相対する木暮とスタバくん。

そして木暮は叫んだ。

「お前みたいなやつには渡さない!」