グラッシーズ!

08 - 部活対抗レースpart1 ポイントゲッター

体育祭の当日、一部の3年生は朝からピリピリしていた。部活対抗レースに因縁があるバスケット部、サッカー部、野球部、そしてその裏方である生徒会と映像部と演劇部と放送部。3年生だけなら1クラス分にも満たない人数だが、今年は複雑な事情が絡まり合って、色んな意味で大変盛り上がっている。

その上、朝のHR以降はクラス単位で行動の上、自由に校内をウロウロ出来ないようになっている。そのため事前に済ませておきたいことがあれば、朝のHRより前にやっておかねばならず、特に裏方勢は早朝から登校して来ていて、開会式の段階で既に疲れていた。

午前中の競技は学年ごとに行われるものが中心で、しかも1年生から始まるので、競技以外にすることのない3年生は大変暇である。その一方で、ヒヨコ率いる放送部は部員全員フル回転でも手が足りないほど忙しかった。

それは記録映像を撮っている映像部も、体育祭実行委員会とともに進行を管理している生徒会も同様で、ヒヨコも会長もぐったりし始めていた。元気なのは編集長だけで、今日も冷静なキャップに助けられながら嬉々としてカメラを回していた。

そうして午前中のプログラムが無事に終了し、昼休みを挟むと、いよいよ部活対抗レースである。

昼休みと言っても、普段通り1時間半しかないので、あまりたくさん食べてしまうと午後イチのレースに響く。部活対抗レースの直後は運動部女子有志によるダンス披露となっているので、部活対抗レースの出場者はその間に食べる、という者もいるくらいだ。

しかも今年は会長の企みが肥大化して話が大きくなっている。映像部と演劇部と放送部は、それこそ昼休みどころではない。映像部など、自分の出場する種目が終わった者から姿を消していき、活動場所であるパソコン室で準備を進めていた。

ヒヨコの可愛らしい声と共に、昼休みが終わる。即ち、部活対抗レースの幕開けである。

《部活対抗レース出場者の方は、所定の位置に集まってください》

校内に響き渡るヒヨコのアニメ声に、基本的には3年生で構成された運動部の男子が集まる。リレーはトラック、アトラクション競技はトラックの中、そしてクエストは校舎の中である。出場者たちは、一旦リレーのスタート位置である放送席前に集められた。

進行役の会長は既に疲労が顔に出ているが、楽しそうなニヤニヤ顔で現れた。

「それではこれより部活対抗レースを開始します。アトラクション、クエスト、そして最後にリレーです。リレーまで時間があるので、席に戻っていても構いませんが、わざわざ呼び出してやったりはしないので、自主的に来なかったらその時点でリタイアになります。気をつけて」

目の前にいたバスケット部の1年生が大あくびをしていたので、会長は手にしたメガホンで首を叩きながら、そう付け加えた。確かに生徒会は部活対抗レースを悪ふざけにしているかもしれないが、負けて悔しいのは生徒会の責任ではない。もちろんそれが部としての意志なら不参加でもいいのだから。

「あと、場外乱闘は即退場、強制最下位の上、以後の参加は認めません。フェアに行きましょう」

湘北ではありがちな事態なので、これも一応釘を刺す。そこへ実況が入る。

《今年の部活対抗レースの優勝賞品は、運動部顧問の先生方提供による駅前の映画館の鑑賞券となっています。優勝した部の全員に配布されます。そのため、出場クラブ中部員数最多のテニス部は優勝しないでくれという先生方の呪いがかかっております。テニス部、頑張ってください》

編集長からとにかく出場者をイジれと指示されたヒヨコは、元々大人しくて争いを好まない人物である。人をイジるなんていうスキルはないに等しかった。そのため、ロミオとキャップに泣きついて事前にたくさんネタを考え、さらにそのイジりの言い方やら間の取り方など、ロミオと散々練習した。

それでもだいぶ堅いけれど、テニス部はブーイングをしたし、他の部や観戦している生徒は笑ってくれたので、ヒヨコは放送席でカラカラの喉に水を流しこんでは息を吐いていた。こうして強制的に息を吐かないと、震えが来てしまう。用意された原稿を読んでいればよかったこれまでとは勝手が違うので、緊張通り越して恐慌状態だ。

《それでは部活対抗レース、開始します。アトラクション競技出場者はトラック内に入ってください》

今年のアトラクション競技は恒例のストラックアウト、吹き矢、そして早食い。トラック内だけでそれら全てを賄うので、またも生徒会は大わらわ。会長がひとりで仕切っているが、全体的にだらだらしていてまとまりがない。

《各競技の加点、ルール説明を致します。ストラックアウトは的を落とした分がそのまま加点されます。最高で9点です。吹き矢は5回挑戦できます。これもそのまま、成功させた分を加点、最高5点。最後に早食いは上位5名に5点から1点加点されます。つまり、最高は19点となります》

だが、これでは同点優勝が出てしまう可能性があるので、サービスポイントが付く。

《ですが、ストラックアウトと吹き矢はパーフェクトに10点、早食いは優勝者に5点がおまけされます。さらに、全種目全て1位の場合はさらに10点。そのため、最高点は54点になります》

クエストとリレーは単に1位抜けが優勝である。3種全てで優勝すれば話は早いが、これも上位入賞がバラバラになる可能性が高いので、このアトラクション競技の点数をベースに、クエストとリレーそれぞれ1位から3位に30点から10点が加算され、その合計で最終的な順位が決まる。なので、遊びみたいな競技でも手は抜けない。

《それでは最初の競技に入ります。吹き矢です》
「おい、なんだよこれ!」
《早速選手たちに動揺が走っております。吹き矢ですが、的が動かないとは誰も言ってません》

どよめく選手たちの目の前を、吹き矢の的がぞろぞろと入場してきた。吹き矢の的は、選手たちの親しい人物、いれば彼女、友達、そして家族。生徒会が用意しているのはてっぺんに風船がくっついたフルフェイスヘルメット。吹き矢というよりロビン・フッドのような感じだ。

一応安全に考慮して的になっている生徒は首から下を防護しているが、それでも的の下が親しい人間だと思うとコントロールが利かなくなるのが人間であろう。というかそれが晒し首に見えて選手たちのダメージは思った以上に大きい。

《さあここで珍しい組み合わせです。選手が兄、的が妹、湘北七不思議との呼び声も高い赤木兄妹です》
「お兄ちゃん、パーフェクト! パーフェクト出して!」
「いいから動くな! じっとして目を瞑ってろ!」

外見的な理由で湘北七不思議にされている赤木兄は、妹がぐらぐら揺れているので狙いが定まらない。が、体は防護されているのだし、相手が彼女や友人よりは妹の方が遠慮がない。その上信頼は強い。妹は兄の指示通りじっとして目を閉じた。

《健気な妹は兄の指示通り動きません! さあ兄の一投目です!》
「吹き矢でも一投目っていうのか」
「言わねえし黙ってろ! 一本目だ!」

ぼそりと突っ込む部員を一蹴した赤木は、妹の頭上の風船を割り落とした。結局赤木は風船を3つ割ることができたが、それ以上となる4つを成功させたのは弓道部のみ。パーフェクトが出ないので、弓道部が1点リードで部活対抗レースは始まった。

《現在弓道部が4点、続いてバスケ部、陸上部、サッカー部、バレー部、卓球部が3点、以下、ごく一部を除いて2点となっています。ごく一部の体操部は頑張ってください》

ごく一部、0点に終わった体操部は、的になった女子が悲鳴を上げて暴れたので一本も成功させることが出来なかった。的は選手の彼女であった。現在トラックの隅っこで大喧嘩中。

《続いて早食い競争……のはずでしたが、準備が遅れているのでストラックアウトに参ります》

吹き矢と早食いはともかく、この競技のメインはストラックアウトである。競技に合わせて作られた的を使うので、特に球技が盛り上がる。ボールを使わない部は普通にボールを投げるだけだが、その分ハンデとして的までの距離が近くなる。なので意外と高得点を叩き出す。

ヒヨコの実況の中進むストラックアウト、半分ほど終わったところで首位に立ったのはなんと柔道部。10球で9つの的のうち5つを落とした。

だが、その後、吹き矢に続いて的を射る競技である弓道部や、皆本の卓球部、本職の野球部なども6つ落として、トップ争いは同点がずらりと並ぶことになった。ちなみにスタバくんのサッカー部は4つと振るわず、しかも前キャプテンだったので、一気にどんよりしている。

《さて最後は、専用の的の中で一番予算がかかっているバスケ部です。シュート用の的を作るのに時間と費用が相当かかりました。その上挑戦するのは本年度の湘北3年生イイハナシダナ部門ぶっちぎりの1位、蘇った中学MVP三井くんです。頑張ってください》

内容を考えたのは基本的にキャップである。密偵その2にも協力してもらい、出場者のプロフィールなどからネタを絞り出している。三井は強気な割にプレッシャーに弱いという情報があったので、遠慮せずにネタを突っ込んでみたら、案の定ボールを抱えたまましゃがみ込んで唸っている。

「おいミッチー大丈夫かよ」
「う、うるせえな! 外さなきゃいいんだろうがよ!」
「実況に踊られされるなよ。あんなの適当に言ってるだけなんだからな」
「わかったっつってんだろ! あんまりゴチャゴチャ言うんじゃねえ!」

時間と費用がかかったというバスケット部専用的だが、見た目は斜めに倒しただけの的である。だが、バスケットのシュートを模すために高さと強度を出さねばならず、シュートするのにちょうどいい状態に調節するのが大変で、美術部と生徒会はこれを5回も作りなおした。そのせいで材料費が5倍だったというわけだ。

三井は自分で適当な距離を測り、ボールを構える。が、そこに黄色い歓声が飛んでくる。同じクラスの女子だ。悪気はないのだが、とにかく緊張している上に女の子の応援に不慣れな三井はまたがっくりとしゃがみ込んだ。

《どうしたんでしょうか三井選手、メンタルの弱さが露呈しています。女子の皆さん、キュンキュン来ているかもしれませんが、ここは彼のためを思って黙ってあげてください》
「るっせーなヒヨコ!!!」
《おおっと、三井選手、とうとう実況に反抗的な態度を取りました。言い忘れておりましたが、進行役や実況に楯突くとペナルティとして、レース中は変な名前で呼ばれます。頑張ってください、差し歯選手!》
「ふざけんな!!!」

実際に前歯が差し歯である三井は真っ赤になって怒鳴り散らしたが、仲間であるバスケット部員からも差し歯コールが出る始末。だが、メンタルは弱くても根性はある。距離を取り直してボールを掲げる三井は、差し歯コールと手拍子の中でボールを放り投げた。

《差し歯選手一投目――――ストライーーク!!!》
「ふん、差し歯でも何でも好きなだけ言えってんだ。次行くぞ次!」
《差し歯選手、シュートだけは全国トップレベルだそうです頑張ってください》
「だけじゃねえ! くっそヒヨコあとで覚えてろ」

ヒヨコと三井は現在同じクラスである。三井はヒヨコのイジりにも慣れてきたらしく、2投目も成功。端から順番に落としていく。的当てを成功させる度に歓声が大きくなり、ヒヨコのイジリも増すが、それがかえって三井を集中させた。一本も落とさないまま三井は投げ続け、現在の最高得点に並ぶ7投目も成功させた。

「わかっちゃいたけど、お前ホントにすごいな」
「ボケっとしてる場合か、木暮お前このあとレースだろ。気合入れろ」
《ここで8投目が成功しますと、弓道部を抜いてバスケ部がトップになります》

弓道部は吹き矢4点ストラックアウト6点で現在10点、トップである。対してバスケット部は吹き矢が3点なので、8投目をさせれば弓道部を抜くことが出来る。

《運命の8投目――決めたァァァー!》
「っしゃ――!!!」
《バスケ部、トップに躍り出ました! そして差し歯選手にはパーフェクトが見えてきましたァァ!》

場内は大歓声に包まれた。残る的はひとつ、チャンスは2回。これで三井がパーフェクトを取れば、バスケット部には10点が加点される。そうすれば、もし早食いで負けても点差は少なくて済む。

《それでは栄光のパーフェクトに向かって、差し歯選手、9投目、行っ……あー!》
「外したァー!」
「ミッチーどうした!?」
「うるせえな、黙ってろっつったろ」

とうとうプレッシャーが三井の精神力を侵食し始めた。残る一つの的へ向けて放たれたボールは枠に当たって跳ね返り、既に開いている的に落ちた。だが、まだボールは残っている。三井は何も言わずに構え、ヒヨコが実況を挟む間もなく打った。

《ラストショット、パーフェクトなるか、ああああ――! 三井、外したァー!》

非情にも三井の打ったボールは隣の的に落ちた。もう差し歯選手と呼ぶのも忘れたヒヨコの声だけが響き渡る。これでバスケット部は11点でトップには立ったが、2位につける弓道部とは1点差。その下もだいたいが1点差2点差。トップであってそうでないのも同然だ。

トップに立ったとはいえ暗い表情のバスケット部の背後で、早食いの準備が整った。

会長はネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権のイメージが強かったらしく、ホットドッグでやりたがったが、予算的にNGが出てしまい、しかし手で掴んで食べられるものでなくてはならないので、結局ただのロールパンになった。が、これが喉通りのいい食べ物ではないので、意外と速度が出ないのである。

《ロールパン5つ完食、全部飲み込んだ時点で勝ち抜けです。口の中にパンが無くなってから手元の赤いフラッグを上げてください。目の前の審判員が口の中に残っていないことを確認できたら白いフラッグが上がります。水はどれだけ飲んでもOKですが、パンを水につけるのはアウトです》

パンを水に浸して飲み込みやすくするのは常套手段だが、それでは面白くないので禁止された。ロールパンが5つずつ並んだテーブルに選手がずらりと並ぶが、ここでもバスケット部だけ少しおかしなことになっていた。だいたいが大柄な生徒であるのに対して、バスケット部だけ小柄で細身。

《おっと、現在トップのバスケ部だけかなり小柄な選手になってますね。両側を大きな選手に挟まれていて、肩身が狭そうです。こちらの資料によりますと、2年生の安田くん、大変燃費が悪く、よく食べるということですが……今、会長がスターターピストルを手にしました。いよいよ開始です》
「喉が詰まったら大人しく離脱してください。それでは……レディ、ゴー!!!」

乾いたピストルの破裂音と共に、選手たちは一斉にロールパンにかじりつく。が、一口でひとつ詰め込んだとしても、咀嚼して飲み込むのには時間がかかる。詰め込めば詰め込むだけ噛み砕しにくくもなり、慌てれば舌や口内を噛む。全員一生懸命もぐもぐやっているが、両手に掴んだパンはなかなか減らない。ところが――

《ちょ、え!? 何これ、いや、失礼しました、大変です、バスケ部安田選手、既に3つ完食です! 信じられません、あのパッサパサのパンがどんどん消えていきます、どうなってるんですかこれ!?》

ロールパンは近所のディスカウントショップで調達してきた特売品(業務用)なので、ヒヨコが言うようにパッサパサである。というか準備中に審判員の練習だと言ってこれを食べされられたヒヨコはそのパッサパサ具合を知っているので、素で驚いている。

「おいおい、なんだよ安田すげえな」
「あいつ、淡々と食うんすよ。口もデカくないでしょ。でもたぶん、喉が広いんだと思うんすよね」
「嘘だろ、もう4つめ終わるぜ」

ミスショットでストラックアウトを終えた三井と木暮は目を剥いている。その横で現部長の宮城が冷静に解説しているが、確かに安田は口に詰め込みはしないけれど、かじっては水とともに飲み込みを繰り返していて、ほとんど噛まない。パッサパサがするすると喉に落ちていく感じだ。

実は安田だけ豆腐でも食べてるんじゃないかという程のスピードでパンが消えていき、他の選手がやっと3つ目を終えるというくらいで小さな安田から赤のフラッグが上がった。場内大歓声……というか驚愕の悲鳴である。即座に白のフラッグも上がり、なんと早食い競争は出場選手中最小の安田が優勝してしまった。

《信じられない結果になりました、安田選手、あのパッサパサのパンを5つ、なんと2分17秒で完食してしまいました。しかも他の選手のみなさん、驚きの余りスピードがガタ落ちです。皆さん大丈夫ですよ、安田選手がちょっと特殊なんです!》

あまりのスピードに戦意喪失していた選手たちだが、ヒヨコの声に励まされたか、最終的にはラグビー部と野球部と空手部のデッドヒートとなり、僅差で空手部が2位抜けし、ラグビー部野球部と続き、加点がもらえる最後の5位には今大会地味に活躍している弓道部がまた入った。

《途中経過を発表します。現在トップはバスケ部、早食い優勝加点がついて現在21点。続いて今大会地味に点数を稼いでいる弓道部が2位11点、野球部が3位10点、卓球部が4位9点、5位は同8点で空手部とバレー部になっています。が、クエストとリレーは1位に30点が加算されますので、逆転の可能性はどの部にも残っています。頑張ってください》

やはりストラックアウトで高得点を取れると有利だ。1位から4位までをストラックアウト上位部が独占する形になった。ここでバスケット部が大差をつけて勝っているのは何しろ早食いが異例の結果に終わったためだ。だいたい毎年重量級を有する部が勝つので、ストラックアウトで稼ぐ部が早食いで加点を取るのは難しいのだ。

《今年大活躍だったバスケ部がここでも結果を残しておりますが、この後の2種目でもトップを維持できるのでしょうか。いやまだわかりません、どこの部にも安田選手のようなポイントゲッターが隠れているかもしれません。クエストとリレーの両方で1位を取ると、それだけで60点取れます。みなさん、頑張ってください!》