グラッシーズ!

sequel. 部活対抗レース反省会会場

「本当はさ、マジでクエスト内で3大メガネ頂上決戦やりたかったわけよ」

と木暮が帰った後の生徒会室である。会長はそう言いながらパイプ椅子に座って足を組んでいる。

「まあそうだろうね。だけどスタバが入って来ちゃったから」
「その上やってみたら平良も皆本もてんでダメ」

うんうんと頷いて腕を組んでいるのはキャップとロミオ。

「てか会長、クエストの難易度操作があった疑惑があるんだけど」
「マジか。そんなこったろうと思ったよ」

テーブルに肘をついたヒヨコに言われた会長はつい目を逸らし、それを見た編集長がニヤつく。

「まあそりゃバレるよな……赤ルートと青ルートに数学問題出したら全滅だろうからな」

青田がそう言うと、女子3人がブハッと吹き出す。青田はまだ鼻メガネをつけている。気に入ったらしい。

「魔王さまいい加減それ外してくんない?」
「いやあ、たかが鼻メガネでみんな笑ってくれるもんだから楽しくなって来ちゃって」
「あれじゃないの、魔王さまやってみたら想像以上に楽しかったんでしょ」
「キャップ正解」

鼻メガネで指をパチンと鳴らしてキャップを指すそのポーズだけでも可笑しい。

「木暮もそうだけど、オレも小学生の頃からずっと柔道だから、こういうの経験がないんだよ」
「まあなあ~まさに文化部ノリだったよな、今回のは」

編集長は髪をクシャクシャとかき回しながら顔をしかめた。多少は自覚があったらしい。

……てかさ、マジで文化祭って運動部何してんの?」

文化祭は早朝から終了まで公演にかかりきりのロミオが首をひねる。青田以外全員文化部で、それぞれ当日は自分の部に張り付いているので、運動部が何をしているか、まったくわからない。

「部としては何も。クラス展示の方手伝ってるのと、去年は警備やってた」
「あー、そっかあ! 魔王さま適役じゃん……
「それでもどこかしらで揉めてるけどな。外でやれってんだよな」

未だにヤンキーの多い湘北、文化祭になるとわざわざ他校のヤンキーが遠征してきておイタをして帰る。暇なので警備につかされた青田だが、かといって見つけ次第鉄拳制裁とはいかない。ただ押さえるにしても人数が足りないことも多くて、結局あまり抑止力にはならなかった。

「そんなら今年は映像部手伝わね? 上映終わったら魔王さま本当に出てくんの」
「えー、だったらウチが借りたい。皆本より魔王さまの方が使えそう」
「魔王さま超人気じゃん」

編集長とロミオにオファーを受けた青田は照れて、鼻メガネの下の顔が歪んでいる。

「魔王さまもな~ちゃんと3大メガネ頂上決戦になってたら違う使い方ができたんだけど」
「どうせ姫が欲しくば奪ってみよとかやりたかったんでしょ」
「ヒヨコ正解」

青田の真似をして会長も指を鳴らす。というかそんなの誰でもわかる。

「こう、を片手に抱いてですね、魔王の杖かなんかふりかざしてね」
「だけど木暮が魔王さま倒すにはちょっと体格差が……
「いやいや、そんなのあのオモチャの剣振り回してりゃいいの」
……会長がやりたかったのはその勢いで告白とかそういうのでしょ」
「キャップ正解」

会長と編集長以外は、そんな事態にならなくてよかったと胸を撫で下ろす。

「そんで優勝者に冠とキスを! とかやりたかったわけですよ私は」
「こりゃあスタバが入ってくれてよかったのかもしれんな」
「あいつでも役に立つことがあるんだね」

人数が多いので口は挟まないが、部屋の隅で固まる密偵は会長の行く先が不安でならない。この人この調子のままで自分たちがいなくなったら、いつか大惨事を引き起こすんじゃないだろうか。学生と社会人で生活環境が変わってしまうけれど、連絡を絶やさないようにしないと。

「ていうか会長そうやって人のこと突っついてばっかりで、自分はどうなのさ」
「どういう意味?」
に聞いたよ、別の高校に彼氏いるんだって?」

ふと思いついて顔を上げたロミオの言葉に、男子たちはちょっと意外そうな顔をしている。ああ、と声を上げて会長はニヤリ。から聞いたのであれば、それはただの方便である。

「あれ嘘」
「はあ?」
「3大メガネ頂上決戦を思いついた頃にと一緒に帰ってさ。話聞きたいけどどうやって聞き出そうかなんて全然考えてなくて、ついでまかせを。てかここにいる全員ひとりじゃんか」

男子3人女子6人もいるが、誰も彼氏も彼女もいない。密偵も含め、全員なんとなく目を逸らす。

「まあそりゃ、スタバみたいなタイプじゃないからしょうがないけどね」
「しかも、うちの演劇部、放送部、映像部、柔道部、どこも女だけ男だけ」
「柔道部は去年までいたんだぞ、女子マネ。超怖かったけど」
「どうすんのみんな。高校生終わっちゃうけど」
「どうすんのったって、どうにもならないだろ。どうにかできるタイプならここにいないよ」

ロミオのいうことはもっともで、また全員目を逸らした。

「確か魔王さまは好きな人いるんじゃなかった?」
「え!? いやまあその、いるにはいるけど、ちょっと面倒というか」
「他は? いないの片思ってる最中とか」

大きな体を縮こませてもじもじしている青田をそのままにロミオが話を振るが、誰ひとりとして手が上がらない。もちろんそう言ったロミオ本人も特にいない。

「これだもんなあ」
「別にいなくたっていいだろよ」
「いやそうなんだけどさ、なんか納得しちゃって」
「何を?」

趣味の世界が確保できていればそれでいい編集長の言葉にロミオが深く頷く。

「うん。今会長が言ったみたいに、相手いないよ高校終わるよ、彼氏欲しい彼女欲しいってみんな言うんだけどさ、それって今回の木暮たちみたいに好きな人がいてその人と付き合いたいっていうんじゃなくてさ、カレカノ持ちっていう人種になりたいとか、ひとりが寂しいから相方欲しいだけなんだよなーって思って」

皆本との話もヒントになって、ロミオはそんな結論に辿り着いた。

「編集長みたいに必要としてないのも別に悪いわけじゃないし、だからどうってことじゃないんだけど、みんながカレカノいないのは出来る出来ないとかの問題じゃなくてさ、そもそも好きで付き合いたいと思える相手がいないんだなと思ってさ。まあ、魔王さまはちょっと別としても」

特に今ここにいるのは密偵を除けば部長が4人、副部長がひとり、そして生徒会長である。部活とか興味ない、帰宅部でバイトで放課後カラオケいえーい! なんていうのからは最も遠い場所にいるタイプばかりだ。だから余計に人を好きになるチャンスがないとも言える。

「編集長は心配ないけど……みんな頑張れよ……
「ロミオ、自分で言っててつらくない?」
「うん、割と刺さるな、これ」

その中でひとりへらへらしているのは編集長である。

「頑張れったって、まあ会長と青田は大学だから付き合いも広がるだろうけど、専門と就職は難しくなるぜ」
「専門て狭いの?」
「ウチは姉貴が専門だったんだけど、専門は忙しい。ちゃんと職に就きたかったら遊んでる暇ねーよ」

ここにいる9人で言うと、大学進学予定2名、専門3名、就職4名である。

「しかもロミオ、お前実家に就職だろ。気を付けないと友達もいなくなるぞ」
「それはもう覚悟してる。既に従兄弟がそうだし」

ロミオの家は古くから食品加工工場を一族で営んでいる。その上ロミオ自身は直系の娘なので、倒産でもしない限り、いずれは役員の椅子が待っている。友達が減る危険は孕んでいるが、ロミオは安定した収入を選んだ。

「でも……なんかそれって、ずいぶん寂しいね」
「どうした会長、そんなこと言い出すなんて。昼に何食ったんだよ」
「親の金で進学する私が言うのもアレなんだけど、ロミオ、時間あったらあそぼーね」
「会長、たぶん時間取れなくなるのは会長の方だよ。土日空けといてね」
「やっぱ浪人したい……

不届きなことを言い出しているが、一応恙無く会長職を務め上げてしまったし、きっと彼女の推薦入学は決まってしまうだろう。先生たちの方も浪人か、オッケー、と言い出すわけがない。

「お前らネガティブだなあ。そんなの今だけだって」
「編集長が薄情で躁状態なだけでしょ」
「粘着で鬱状態よりゃいいじゃんか」

会長は簡単に丸め込まれたが、それに関してはどっちもどっちだ。というか前者は皆本、後者は平良だ。

「だけどそーだね、好きな人もいない、好きになれる人もいないって話になると、なんだか人間として不完全過ぎる気がしちゃうね。機能不全て言うか。たまたま出会いがないだけということであればいいんだけどね」

丸め込まれたが、会長はそう言って背もたれに体を預け、ゆるりと微笑んで息を吐く。

「成否はともかく、みんな自分のためにも、好きな人、見つかるといいね」

会長、こんなこと言う人だったっけ。みんなそう思いつつ、言わないでおいた。と3大メガネ、そしてスタバの件などが色々ひっくるめて会長を少しだけ変えたのかもしれないから。

それはつまり、会長が密偵3人の手を必要としなくなるということでもあるが、彼女たちは、その寂しさ辛さは甘んじて受け入れる覚悟ができている。大事な人なので、良い方向へ変化していくことは全て歓迎するし、それで自分たちが会長と離れることになっても、後悔はしない。

……ところで、なんかいいネタない? 後夜祭、何かやりたいんだけど」

じわり切なくほんのり暖かくなっていたというのに、全員仰け反った。会長はちっとも懲りていない。

「もう退任でしょうが!」
「文化祭のあとの選挙、就任までだもーん」
「まだなんか悪ふざけするつもりなの!?」
「悪ふざけだなんて失礼な。真剣に全力でふざけてんだよ」
「開き直るな!」

湘北高校はまだまだ会長に振り回されそうだ。

END