天使と悪魔

02

かつては不毛の大地だったらしいこの街も、今では高くそびえる塔を中心に放射状に広がる巨大な都市になっている。街の名はアンブローシア。そもそもの興りは小さな集落だったと言うが、それを今に留めるものは何もない。中心部にある白亜の塔は青白い光を放ち、夜でもぼんやりと輝いている。

その塔を中心とした街だけでも相当な広さがあるけれど、さらにその外側に広大な街が広がっており、それを外縁地区という。青白く輝く白亜の塔を取り巻く外縁地区は基本的に暗く、いずこも橙色の明かりが灯っている。

要は富裕層の住処である中心部と、それに群がる貧民層の街が外縁地区である。

さらに厳密には、外縁地区はアンブローシアではない。アンブローシアの議会が渋々その存在を認めるために、またはアンブローシアとは根本的に関わりがないのだと示すために、便宜上「外縁部特別行政自治認可地区」と名付けた。略して外縁地区。

そういうわけで、アンブローシアの住民からは外縁地区と呼ばれることは少ない。大抵が「ゴミ溜め」とか「外」とか、そういう言葉で呼ばれている。外縁地区の方もアンブローシアという名が長いので、「上」とか「中」とか、そんな風に呼ぶことが多い。

そんな高慢ちきなアンブローシアにぴったりひっついて暮らすことはないのに、というところだが、これには微妙な相互関係があり、例えアンブローシア住民が外縁地区を嫌っていても一掃することが出来ないのだ。

中央の都市が長い年月をかけて発展していくに従い、すべての人が均等な幸福を享受できる社会であるべきだという理想が高まり、それは住民たちの総意であり、やがて完全なる実現まであと一歩、という所まで来た。

だが、それと同時にこの街が何より重んじたのは「安全」と「清潔」であり、それを保つには「危険」と「不衛生」に向き合わなければならないという事実から目を背けられなくなってきた。しかしスローガンは「すべての人が均等な幸福を」である。誰も危険や不衛生とは向き合いたくない。理想の実現のためには向き合ってもならない。

それをどこから嗅ぎつけたか、そんならあたしらがやってあげますよ、その代わり街の外に住まわせてくんな、とやって来たのが外縁地区の最初の住民たちだ。彼らに言わせればそういうおこぼれ仕事というものはなくならないので、すぐ横に居れさえすれば、おまんまに困ることはない、のだそうだ。

彼らがアンブローシアの住民たちから「寄生虫」と呼ばれたのは言うまでもない。

そういうきっかけで街の外にわらわらと寄生虫がはびこったわけだが、おかげでアンブローシアは当初の目的を完全に達成、部分的な利害の一致を見た内と外の街はギスギスした関係ながらも共存してきた。以来数百年、まさかここまでと思うほどに外縁地区は巨大化してしまった。

ゴミ溜めが嫌でも安全と清潔には代えられない。アンブローシアの住民たちは危険で汚い仕事を積極的に外縁地区に投げ出すようになり、おかげで外縁地区は優秀な技術者が多く育つことになり、中心部に引きこもって街をどんどん高層化させるアンブローシアとは対象的に、外へ外へ、もしくは下へとどんどん広がっていった。

となると外縁地区の中でも中央に近いほど衛生的で裕福、外縁に出れば出るほど貧しく汚くなっていった。中央に近い場所の住民がアンブローシアから仕事を貰い受け、主に東西南北でざっくり分けられている自分の地域の住民たちに斡旋していく。

そういう構造だから、手数料が幾重にも重なって、最終的に技術者たちの手に渡る金は微々たるものだ。しかし今のところこの奇妙な街はそれで成り立っている。こっちはこっち、向こうは向こう、利害の一致がある以上は、気に入らなくても見ないふりで行きましょう。

さて、と健司が住む翔陽町は、外縁地区の南、通称海町の中にある。

地図で見ればほぼ最外縁部にあたり、外縁地区の中でもだいぶ貧乏な地域である。海町はただ方角として海が近いというだけで、実際の海までは徒歩なら2日以上かかる。周囲の地形の関係上風がよく吹く地域なのだが、それも「海風」と言っているくらいには海推しである。

その町の一角で暮らすふたりだが、健司は整備工、は一応プログラマーである。どちらも外縁地区ではありふれた職業であり、技術者は大量にいる。ただしそれぞれに細分化された得意分野を持つので、分業で仕事を請け負うことも多く、あれこれと何でも出来るという技術者も少なくない。

健司の場合は乗り物が得意で、翔陽町では重宝されているし、中央からの仕事もそれなりに多い。だが、の方は年々仕事が減少してきていて、中央からの依頼は現在ほぼゼロ、外縁地区内からくる仕事だけになってしまっている。なので彼女は翔陽町内で他にも仕事を掛け持ちして食い扶持を稼いでいる。

その掛け持ちのうちのひとつ、翔陽町内の孤児院から戻ったは目を真っ赤にしてダイニングにとぼとぼと入ってきた。元々休みを取っていたという花形と、自主的に寝坊した健司がダイニングでフォンタナの料理を突っついている。

「どうしたよ、何があった」
「これを見てふたりも私と同じ目に合えばいい」
「はあ?」

泣きはらした目に驚いて丸めていた背を伸ばした健司は、がテーブルの上に投げ出した紙の束を見てウッと喉を詰まらせた。何事かと手を伸ばして1枚つまみ上げた花形もそのまま仰け反った。

ふじませんしゅ かっこいいから だいすき
おおきくなったら う゛ぇるで・びあんこの せんしゅになりたい
くろいひとより ふじませんしゅのほうが すき
ぼくもめがねだけど はながたせんしゅとおなじだから うれしい

孤児院の子どもたちからの手紙だった。

「これは……つらい……
「ごめんなあ……勝てなくてごめんなあ……

呻くふたりを置いてはキッチンに入り、コーヒーを淹れて戻ってきた。

「朝の支度手伝おうと思って行ったらワーッと全員寄ってきてさ……口々にふじませんしゅだいじょうぶ、って言われたその時の私の気持ちを考えてくれるかな。去年入った4歳の子なんか朝食のリンゴひとかけ持ってきてふじませんしゅにあげる、って言いだしてさあ……じゃあみんなでお手紙書こうってさ……

健司と花形はまだそのお手紙をつまんだまま呻いている。昨夜充分町の人々からの気まずい労いに耐えたと思っていたが、朝からとんでもない攻撃を食らってしまった。こんなに精神的に来る温かいお手紙があるだろうか。

「そういうわけだから健司、近いうちに顔出してね」
「はい……出します……
「ママ、買い出し用のオートモービル調子悪いって言ってた」
……はい、それもやります」
「それから花形、私今日夕方からトラットリアだから、何かあればそれまでにね」

仰け反って呻いていた花形は体を起こすと、頷いて手紙を丁寧に折りたたんだ。

「トラットリアもしばらく行ってないな、おじさん変わりないか」
「あれ、そうだっけ? 何も変わりないよ」
「藤真が連れてってくれないからな」
「まあそうね、孤児院もトラットリアも最近行きたがらなくて。何をかっこつけてるのか知らないけど」
「別にかっこつけてなんか」

手紙をひとつひとつ読んではグサグサと心に深い傷を付けている健司は、にそう言われるとそっぽを向いた。堂々と胸を張って反論できるほどではなかったらしい。このふたり、日常的にこうしてそっぽを向き合っているが、健司の方が負けがち。

「ふあ~昨日遅かったから朝つらかったんだよね~。トラットリア行くまで少し休むね」
「お疲れ。こいつ帰る時はオレが行くから」
「おやすみ~」

昨夜ふたりと遅くまで飲み、早朝から起き出して孤児院に行っていたは大あくびをして立ち上がり、自分の部屋にのろのろと入っていく。夕方から行く予定の「トラットリア」は正しくは「トラットリア・ドノ」といい、と健司が以前住んでいた店であり、いわゆる食堂だ。は仕事がないのでここも手伝っている。

「トラットリアか、いいな。久しぶりにおじさんの料理食べたい」
「帰らなくていいのかよ。ゲート間に合わないだろ」
「まあ別に明日の午後くらいに戻れば事は足りるから」
「なんでそんなに暇なんだよ。だったら仕事手伝え」

テーブルの上に転がっていたナッツの殻をひょいと花形に投げると、健司はサッと立ち上がって壁際の階段を降りていく。彼の工房はこの部屋の真下になっていて、来客がある時は外のドアを開けるけれど、普段は閉めっぱなし。この内階段で行き来している。

が寝るから静かにしてやろうと思ったんだな。花形はそう解釈して吹き出しそうになるのを堪えつつ、自分のコーヒーのカップを手に健司について行った。

と健司は、どちらも「迷子」である。十数年前のある夜、この翔陽町の噴水のへりにちょこんと腰掛けていた幼い子供がと健司だ。たまたま通りかかった男性が見つけて顔役に報せたのだが、誰の子でもなく、突然どこからともなく現れたとしか言いようがなくて、そのまま孤児院に預けられた。

海町には中央から外側に向かってほぼ等間隔の距離を置いて3つの孤児院がある。親を亡くした子や、稀に発生するたちのような迷子、または親が行方不明になってしまった子などを預かり、地域で支援しながら育てている。翔陽町の孤児院は海町の1番外側にある施設だ。

噴水に腰掛けていた時点で小さな手をぎゅっと繋いでいたと健司は、通報されても孤児院に保護されてもその手を解こうとしなかった。あまりきれいな身なりをしていなかったので、お着替えしようね、と言っても手を解こうとせず、やむなく孤児院のママは3日ほど汚れた服のまま過ごさせた。

以来、ふたりはずっと一緒に暮らしている。孤児院で暮らした子供は、やがてどこかの技術者に弟子入りをするとか、里親に引き取られるなどして、だいたい7歳前後くらいで院を出ていくのが普通だ。しかしと健司の場合はふたりワンセットなので、なかなか引き取り手が見つからなかった。

と健司は8歳くらいまでふたりで手を繋いでいなければ眠れない、という状態で、それを無理に引き剥がすのは可哀想だ、と結局事情をよく知る第一発見者の男性がふたりまとめて引き取った。それがトラットリアの主人。彼は海町の自治会の補助を受けつつ職業訓練にも出させて面倒を見てきた。

そうして健司は整備工に、はプログラマーとなったのだが、元々トラットリアは小じんまりとした店で、その2階にある部屋ではと健司とご主人の3人ではきつくなってきた。ふたりとも成長して子供から大人へと変わっていく時期だったし、そういう意味でもベッド並べておやすみなさい、とはいかなくなってきた。

そんな日々がしばらく続いたのち、と健司は当時の通い仕事で溜めた金を元手にトラットリアを出て独立した。噴水広場からは少し距離があるが、1階にガレージ、2階に生活スペース、3・4階は空き部屋、というボロいビルを見つけると、ふたりでそこに移り住んだ。

のちのち3・4階の空き部屋に関してはトラットリアの倉庫としても使われ始め、現在4階は町内の皆さんが使うヴェルデ・ビアンコの応援グッズなども置いてある。

そのビルの1階のガレージが健司の作業場。ゴチャゴチャとパーツが積み上がり、壁は工具でびっしり、机には仕事用の端末がひとつ置いてあるだけの雑然とした工房だ。孤児院のママが食品などの運搬に使っているオートモービルの調子が悪いことはわかっていたので、後ろめたい健司は修理に必要な道具を集めている。

「顔出すの、気まずいのか」
「そういうわけじゃないんだけど……
「別にママもおじさんもお前たちのことなんか干渉しないだろ」

は掛け持ちでお手伝いしている都合上毎日のように顔を合わせているけれど、健司はかれこれひと月くらいどちらとも会っていない。予選があるから、という言い訳は立つけれど、そういう風に孤児院とトラットリアから足が遠のき始めてかれこれ1年が経つ。

「干渉はしないけど、どっちも親みたいなもんだからな。色々面倒くさいんだよ」
「思春期の子供かよ。もうそんな年でもないだろ」
「だからだよ」
「はあ?」

道具を集めては改めている健司を、花形は端末の前の椅子に座ってのんびり眺めている。

「ママもおじさんもオレたちのことは大人だと思ってるから、余計に心配なんだろ」
……お前が正直に言わないから言ってやるけど、要するにのことだな?」

健司は返事をせずに音を立ててため息をついた。

「オレたちのことはオレたちでやるから、ほっといてほしいんだよ」
「別に焦るような年でもないのにな」
「焦る年じゃないけど……上と違って外縁地区では普通になってくる年だからな」
「ま、ちょっとでも離すと泣いて嫌がったっていう動かし難い過去もあるし」

ニヤニヤと口元を歪めている花形の方をちらりと見た健司もまた唇をヘの字に曲げてふん、と鼻を鳴らした。成長するに従って離れても大丈夫になったとはいえ、花形の言うようにかつてのと健司はお互いが手の届くところにいないとすぐに泣き出すほどだった。

やがてひとりでも寝られるようになったけれど、それでもも健司も、離れ離れになる気はさらさらない。自分たちは一緒でなければならない、というところだけはふたりとも譲らないのだ。そんなだから、それはやがて恋に変わっていった……というのが妥当なところだよな? というのが町の人々の公式見解だ。

それについては触らないでください、で通してるのが健司。そんな大袈裟な話じゃないよ、と濁しているのがだ。なのに、子供から大人になる過程にあって、そろそろベッドくっつけて寝るような年でもないしな、とトラットリアのご主人が腕組みを始めたあたりでふたりは家を出ることを決めた。

それってそのまま未熟な若いふたりが大人の目のない場所で脇目もふらずに衝動のまま――ってやつじゃないの、と誰もが勘繰った。しかし予想に反してふたり暮らしを始めたと健司は実にドライな関係性になってしまい、ふたりで身を寄せ合って暮らしているけれど、いっこうに仲良しラブラブになる気配がない。

そうすると逆に心配になってくるというめんどくさい状態にあるのがふたりを幼い頃からよく知る人々だ。

どちらもすっかり成長して、特にこの外縁地区であればもう結婚してもおかしくない年齢だ。花形は焦るような年ではないと言うが、焦る必要はなくても結婚や出産が増え始める年代。アンブローシアでは晩婚晩産が主流だそうだが、外縁地区はその逆を行く。多産も多い。

なので、ちゃんと健司くんそろそろかしら……? と周囲の人々が思い始めるのも無理はない。何しろふたりの家族に関する情報はないに等しく、今となっては噴水広場にぽつんと置き去りにされていた記憶もなく、ドライな関係でも絶対に離れ離れにはならないので、お互いに執着があると思われるのは自然なところだ。

……指輪、まだ持ってるのか」
「持ってるよ。いつも身につけてる。ママが嫌がるから見えないようにしてるけど」
「あのママ、愛情が強いのはわかるんだけど、心配症だよな」

と健司は保護された時、どちらも指輪をひとつずつ持っていた。その他に所持していたものはむき出しの焼き菓子がポケットにいくつかと、健司の口の中に飴玉がひとつ入っていただけ。その指輪がアンブローシア製だったので、まさか何か事件に巻き込まれているのではと心配した孤児院のママはそれを処分したがった。

しかしお互いを引き離す時同様、指輪を取り上げようとすると泣いて嫌がったので、ママもやがて諦めた。

「心配症というか、怖がりなんだよな。あそこはクロウゾン鉱山の遺児が多いし」
「一応二次的な中毒は認められてないんだけどな」
「ママも古い人だから。そういう子が来るとしつこく洗うから最近はがやってるくらいだし」

この翔陽町の孤児院に限らず、外縁地区の孤児にはアンブローシアで主流の燃料であるクロウゾン32の採掘現場で働いていた親を持つ子が多い。クロウゾン32は周辺地帯の岩盤に含まれる物質で、省コストでクリーンなエネルギーの元となるが、地中から発掘したばかりの段階では人体に有毒であることが認められている。

しかし直接クロウゾン32の近くにいる時間を制限し、それを守りさえすれば健康被害なく使用することも可能なので、そういった危険があるとわかっていてもクロウゾン鉱山は人気の職場だ。賃金も高い。

「みんな守らないんだよな、作業時間。上が黙認してるせいではあるんだけど」
「両親ともに鉱山で働いててそのまま中毒死したり、滑落で死んだり、多いんだよな」

言いながら健司は外縁地区で使われている燃料であるラドニウムガスのタンクを引きずってくる。こちらはそのままでは毒性なし。今のところ安定供給されているので安価だし、エネルギー効率も悪くないのだが、何しろ排気がちょっと有害。クロウゾン32に比べるとクリーンさで劣るので、アンブローシアでは使われない。

ちなみに外縁地区の家庭用燃料はこちらも天然ガスが主流。電気は上のおこぼれを頂戴している程度。そのアンブローシアではクロウゾン32を使用して発電した電気が主流。というかクロウゾン32自体がアンブローシアの領内に入ることはまずない。発電所ははるか西の、外縁地区からでも見えないほど遠くにある。

……なのに鉱山や精製所で働くって言って出ていくやつも、いなくならない」
「遅い時間の酒場なんかだとスカウトもあるしな。お前も声かけられただろ」
「かけられたけど、あんなリスクの高い仕事するわけねえだろ」
「ふふん、をひとりにするわけにいかねえもんな」

ママのオートモービル修理に必要なものをすっかり揃えた健司は、背中に投げかけられた花形の楽しそうな声に手を止め、ほんの少しだけ振り返った。試合の時のような厳しい顔をしている。

……当たり前だ」
「オレもそろそろ素直になればいいと思うけどな」
「そんな簡単な話じゃねえんだよ。急かすな」
「いつまでも一緒にいられるからいつでもいいなんて思ってると、あとで後悔するぞ」

それには返事をせず、健司は端末の周りに散乱している伝票やら発注書やらを雑にまとめて片付け、花形を置いて階段に足をかける。が寝てるから静かにしたくても、ここでふたりになっているといつまでも突っつかれるばかりだ。

……それで? お前いつまでここにいるんだ」
「お前がトラットリア行くならもう一晩泊まる」
「それはいいけど、管理局に連絡するのだけは忘れるなよ。関わりたくない」
「わかってるって。忘れたことないだろ」

それを聞くと健司はスタスタと階段を上がっていった。

ママの心配とは別の意味で、健司はアンブローシアと関わるのを嫌がる。幼い自分たちが唯一所持していたというアンブローシア製の指輪、それは少なくともアンブローシアとは無関係ではないことの証明でもある。かの街との関係が明らかになり、と引き離されるようなことがあるのではと思うと、どうしても過敏になる。

もう手を繋がなくても眠れるけれど、とは絶対に離れたくない。何があっても一緒にいたい。

ただそれを気楽な恋に出来ない程度には子供だし、かといってひとりで独立して一般的な外縁地区の青年として関係を築き直すことが出来ない程度には一緒にいる時間が長すぎる。今はちょうど、過渡期なのだ。照れもある。きょうだい家族と同じだった相手を急に愛するパートナーにするのは難しい。

だから健司は花形が管理局への連絡を怠らないかとしつこいのである。連絡を怠れば定時の一斉スキャニングで確実に引っかかり、当局の監視員が押しかけてくるからだ。何がきっかけとなってと引き離されるかわからない以上、アンブローシアとは絶対に関わりたくない。

何食わぬ顔をして居座っている花形透、彼はアンブローシア市民なのである。