20時のテレビに勝てない

木暮とは付き合ってそろそろ半年になる。

きっかけはほんの些細なことで、どちらかに熱烈な片思い期間があったとか、友達以上恋人未満で揉めた挙げ句にくっついたとか、そんなエピソードのないカップルだった。そのせいかどうか、深刻な喧嘩などはしたことがなかった代わりに、少々淡白な付き合いをしてきてしまった。

少なくとも、付き合って半年を迎えたことに気付いた木暮は少し先に進めたら、と思っていた。

だが、木暮がそう考え始めてから1ヶ月、交際7ヶ月目を迎えても進展ナシ。キスだけは付き合って2週間くらいでスムーズに出来たのだが、それ以降はまったく何もなし。木暮の方が部活で忙しい都合もあって、先に進むも進まないも、ふたりきりでいちゃつく時間がそもそもない。

なのでお互い部活の帰りが一緒になる日曜、の家は親が飲食店を営んでいるのでがひとり、それを木暮は狙っているのだが、なかなかが「うちに来てもいいよ」と言ってくれない。平日は母親が早上がりしてくることもあるらしいが、日曜は忙しいので23時頃までひとりだと言っていたのに。

そういうわけで、木暮が日曜の夜にとふたりきりになりたいと思い始めて1ヶ月、とうとう彼ははっきり口に出して言ってみた。テストが近いことだし、一緒に勉強とか、どうかな?

「おお、いいね。どこでしていこうか。まだ18時だしファストフードだとうるさいかな」
……の家はダメ?」

やっぱり外を提案されてしまった。あまり家に人を招きたくないのだろうか。しかもちょっと目が泳いでいる。汚部屋だとか、兄弟や姉妹がいるとか、そんな話は聞いてなかったけど、何がダメなんだろうか。

「えっ、えーと、あはは、ほんとにテスト勉強が目的?」
……まあ、少しは」
「あはは、だよね~……って、え!?」
……たまには、誰もいないところで、ふたりになりたいなって」

ドギマギしているの小指に人差し指を引っ掛けた木暮は一歩足を進める。こんなこと隠してもしょうがないし、本当に勉強が目的です! という顔をして襲いかかるのは卑怯な気がした。は少し俯いたままピクリと肩を震わせる。

……もう、半年以上、経つしさ」
「そ、そうだよね……
「そういうの、嫌か?」
「う、ううん、まさか、そんなことないよ。それは、嬉しいよ」
「ほんと……?」

ポジティブな反応が返ってきたので、木暮はついを引き寄せてそっと肩を抱いた。もっと触れたい。

「でも別に、今日いきなりあれこれしたいってわけじゃ、なくて」
「うん、うん、わかってる。公延がゆっくり時間かけてくれてるの、わかってたから」
「時間、まだ足りないかな」
「ううん、そんなこと、ない」

これは……いけるんじゃなかろうか。木暮は期待に胸が膨らむと同時にぎゅっと締め付けられるような疼きを感じていた。そう、何も今日いきなりの家に押しかけて彼女を裸に剥きたいというつもりはない。そういう流れになればそれでも構わないけれど、まずはふたりになりたい。誰も見ていないところで好きなだけキスしたい。

だが、嫌がってる様子も見えないというのに、は歯切れが悪い。

……?」
「えっ、あ、ごめん。うち、来るんだっけ?」
「日曜日は親いないって言ってたから」
「そ、そうなんだけど、ええと、19時半くらいまでなら……
んち到着して30分くらいじゃないか」
「そそそ、そうなんだけど……!」

はやけに狼狽えている。木暮はしかし、今日は気持ちを隠さないことに決めていた。

がまだ気持ちが着いていかなければ、待つよ。だけど……
「あわわ、違うの、違くて、あああどうしよう、そうじゃないの」
?」

腕の中のがどうも変だ。木暮が彼女を解放すると、なんだか困ったような苦笑いだ。

「どうかした?」
「あの、その……
「怒ったりしないから、何かあるなら話してよ」
…………あーもう、これで振られても悔いはない! ごめん! 20時からは大河ドラマ見るので無理です!!!」
「え!?」

もうヤケクソ、という顔では上を向いて声を張り上げた。た、たいがどらま……

「ごめん、マジでごめん、そんなの録画でいいだろとか彼氏よりドラマかよとか、言いたいことは重々承知してます。だけど私子供の頃から日曜の夜は親がいなくてずっとおじいちゃんの家で、その頃から日曜の夜20時は大河ドラマって決まってて欠かしたことなくて、ていうかほんとにマジで18年間日曜の夜に大河見るの欠かしたことないのごめんなさい!!!」

は色々まくし立てているが、木暮に言いたいことはとりあえずなかった。ないというか、呆気にとられて開いた口が塞がらなかった。木暮にとって大河ドラマは祖父母が見ているもので、親ですらその時間帯はバラエティを見ていたりしているもの……というイメージがあった。

「へ、へえ……
……はあ、泣きそう」
「えっ、なんで」
「だって、こんなの無理でしょ。オレより大河とかナメんなクソ女って思ったよね……
「いや、そこまで思ってないけど……
「えっ」

ただカルチャーショックなだけである。しかしということは……

「あれ? でもって歴史好きだったっけ?」
「まあその、大河の範囲くらいだけど、修学旅行の時にひとりで行方不明になるくらいには好きです」
「そうだったっけ!?」

まあその頃はまだ付き合っていなかった。しかし半年以上も付き合ってきて知らなかったとは。

……別れなくていいの?」
「なんでそんなことで別れるんだよ。歴史好きだなんて知らなかった。今度色々教えてよ」
「公延~」

本当に涙目で抱きついてきたを、木暮はぎゅっと抱き締めてやる。ちょっとびっくりしたけどそのくらい。てか大河ドラマって確か1時間くらいだったよな? それくらいなら待つよ。てかでも楽しめるならオレも見られるかな?

……なあ、が見てる間、待ってる、というか、一緒に見たらダメ?」
「えっ、興味ある?」
「あ、ああ、まあ、うん、今何やってるの?」
「井伊直虎!!!!!!!!!」
「えっ誰」

は目がギラギラしている。しかも誰だそれ。聞いたことない。

「桜田門外の変の井伊直弼は知ってるでしょ、幕末の大老、安政の大獄、あのひこにゃんで有名な彦根藩の藩主で日米修好通商条約に調印したあの井伊直弼の、その井伊家35万石の礎を築いた上に女性であったとされる井伊直虎の一代記で、当時吹けば飛ぶような家に過ぎなかった井伊家をのちの徳川四天王、赤鬼の井伊直政に繋げるべくその生涯を捧げた人の話!!!」

木暮は思わず身を引いてしまった。いやそこまで聞いてない。というか情報量すげえな。

「そ、そんなに面白いの」
「やばいの。今年まじでやばいの。スイーツ大河かと心配されてたのに全然そんなことなくて」
「すいーつ?」
「だけどイケメン大河ってことも別に間違ってなくて、だけど中世日本戦国の政治までよく理解できて」
「へ、へえ……

情報量が多すぎて面白いのか面白くないのかよくわからない。

「あああごめん! ごめん、ついテンションあがって……興味ない人に押し付けちゃいけないっていつも」

今度は頭を抱えてぐねぐねしている。

だがむしろ、普段の様子では特に変わったところもない雰囲気だったがこれだけ豹変するということに木暮は興味が湧いた。子供の頃から見ているとは言え、がこれだけ騒ぐからには相当面白いんだろうか。あんまり突然なので驚いたけれど、木暮は「大河ファンの」というものに対して好奇心が疼いてきた。初めて知るの姿だ。

「でも、夢中になってるには興味ある。やっぱりんち行きたいな」
「こ、後悔しない……?」
「しないと思うけどなあ。大河見てるを見たいな」
「公延……

殺し文句だっただろうか。とろりとした目で見上げてくるが死ぬほどかわいい。木暮は勢いそのままそっとキスして、の頬に触れた。大好きな君のことを、もっと知りたいんです。

……うち、来て」

だが、木暮がとちょっとばかりイチャコラ出来たのはほんの30分程度。20時が近くなるとはテレビを前に携帯を構えてクッションを抱き、「はああ」とか「無理い」とか言いながら忙しなく携帯を操作し、45分が経過してドラマが終わるとそのままぺしゃりと潰れて、また「無理」とか「尊い」と言いながら携帯を高速で操作しては足をバタバタさせていた。

一緒に見てみたけれど、既にドラマが開始して久しく、話は全くわからない。馴染みのある顔の出演者たちが何か物語を進めていることは分かるのだが、がちょいちょい反応するポイントもよくわからない。

のジタバタが収まるまでにはゆうに40分ほどかかり、なおかつドラマを見ていて疑問に思ったことをちょっと聞いてみたら、それについて延々説明をされ、チューどころかイチャコラすら出来ない雰囲気。

「大河ドラマって、いつからいつまでやってるの?」
「んーと、だいたい年明けの2週目くらいに始まって、12月の半ばくらいまでかな?」
「そんなに長いんだ……
「基本50回! で、だいたい12月末に総集編! 4時間から5時間ブチ抜き!」

キラキラした目で語るは可愛い。実に可愛い。それを見ているといくらでも話を聞いてやりたくなる。しかし、木暮の目的はあくまでもふたりきりでゆったりぴったり過ごすことだった。

「まさか公延が大河に興味持ってくれるなんて思ってなかったな。来週から一緒に見ようね!」

毎週日曜にお招きされることになったのはいいが、ドラマより優先してもらえる日は来るのだろうか? 正直、木暮はちょっとだけ後悔していた。が、にこにこ顔で見上げてくるにはどうにも勝てないのである。

……嬉しいな。日曜の夜はずっと一緒だね」

ちくしょう、いつかドラマに勝ってやるからな。木暮は心の中でそっと闘志を燃やした。

END