14時、睡魔との闘い

私、3年C組。今、すごくつらい。

時間は14時。6時間目。本日我々C組は5時間目が移動教室だったので、今頃が激しく眠くなってくる時間。たぶん教室の3分の2くらいは夢の中に半分くらい顔突っ込んでる気がする。しかも低音イケボの先生による古文。完全に子守唄だ。

でも、私がつらいのは眠いからじゃない。隣の席が藤真だからだ。

彼は翔陽で一番人気があると言っても過言じゃない美しい顔と、バスケ部のエースで主将で監督という華々しい看板と、なおかつ根は真面目で頑張りやさんという、知れば知るほど若干イラッとくるスペックの持ち主なんだけど、こういう強烈な睡魔に襲われてつい頭が机に落ちる午後には、顔が、歪む。

ほっぺたが潰れてひしゃげ、上唇が曲がり、鼻も若干曲がり、しかも半目の白目。

長くバスケ部で相棒状態の隣のクラスの花形によると、なぜかこうした「居眠り」の時は半白目になっていることが多いらしい。夜寝る時は普段と変わりないきれいな顔をしているらしいんだけど、そういうわけで、私は今とてもつらい。

いや別に見なきゃいいんだけど、このイケボの古文の先生、黒板をフルで使うタイプの先生で、だもんで先生が左の方にチョークを走らせていくと、どうしても左隣の藤真の薄茶色の頭が目に入るし、そうするとつい怖いもの見たさでちらっと……

やばい!!! 腹筋が!!!

これが私のSNSなら今頃TL大草原だよ。地味に拷問。校内イチのイケメンが白目剥いてたまに「スピッ」とか鼻鳴らしてるのを、笑わずに粛々と古文の授業……なんて受けられるわけないじゃん!!! 笑ってはいけない古文14時。

でね、その藤真ってのはさっき言ったようにバスケットの強豪校翔陽のエースなものだから、そりゃあもう毎日のように部活漬け、授業が終わったらそのまま部室、っていう人なのね。だからこの6時間目にぐっすり寝ておくと、部活が始まる頃には頭スッキリ、体調万全、今日も部長の左手が唸る! っていう状態らしい。

その上、現在、藤真がコテッと寝てしまう6時間目は週に3回もある。古文、現代文、世界史。

そういうわけで、私は週に3回、14時になると笑うのを必死で堪えている。

見なきゃいいじゃんで済む話なんだけど、でもさ、怖いもの見たさみたいなのって、ない?

半白目はいつものことなんだけど、顔のひしゃげ具合はいつも微妙に違うし、たまにどうしてか閉じた瞼のカーブが左右逆に見えたり、歯が1本だけ唇の隙間からはみ出てたり、普段は可愛くてきれいでかっこいいっていう、まさにモテモテイケメンて感じなのに、だからこそ余計に悲惨。

というか私は、それを大声あげて笑ってみたいんだと思う。だけどいつも時間は14時、6時間目。

あっはっは、って笑いたいのに、笑えない。いつもいつも藤真に襲いかかる睡魔と私との果てしなき戦い。そしてなんとなく、「今日は面白くない顔してるんじゃないか……?」みたいな妙な好奇心もあって、それを確かめたくなっちゃう。ま、いつも面白い顔してるから結局つらいんだけどね。

と、そういう風に、藤真に襲いかかる睡魔と私が戦う日々は、実に1ヶ月以上も続いたのです。

なので、とある土曜の昼頃、自分の部活で登校してきてたところで藤真に声をかけられた時は、あっやべこれはとうとう寝顔で笑い堪えてるのがバレて、怒られるのかもしれないと思ってちょっと怖くなった。聞くところによると藤真は部活中は妥協を許さないとても厳しい監督なんだって話だったし。

ごめんね藤真、悪気はないんだ。ただ君の寝顔が凄まじく面白くて、それはもう隣の席の私にはどうしようもないんだ。

でも、普段の藤真はほんとにかっこいいと思ってるよ! 世の中にこんなかっこいい人いるんだなあって思うよ!

だけど! 白目は! 無理! 席替えまで耐えてください! もしくは寝ないでください!

「あのさ、急にこんなこと言って申し訳ないんだけど……
「なっ、何かな」
「ええと、ちょっと小耳に挟んだんだけど、がオレのこと好きって、ほんと?」

開いた口が塞がらないっていうのは、こういうことを言うのか……

「なんか、授業中ずっとオレのこと見てるとかって聞いて……オレもたまに気付いてちらっと見ると、なんか赤い顔して涙目になってるから、あれ、もしかしてそうなのかなって、ちょっと前から思ってて」

で、なんで君までちょっと赤い顔して照れてるんだよ。

「オレ別にそんなこと思ってないんだけど、藤真はモデルみたいな女じゃなきゃ付き合わないとか、ヤれる女だけいればいいらしいとか、色々言われてるみたいだけど全然そんなことなくて、だからその、がそうなんだったら、って思って……

1ヶ月以上我慢してきたものが限界を超え、私の笑いたいという欲求のダムが決壊したと思ってください。

「ファーーー!!!!!!」
「え!?」

そこから私は軽く1分くらいは笑い続け、笑いが止まらないまま悲壮な顔をしている藤真を必死に引き止め、違うんだ、頼むから弁解させてくれと笑いながら言い続け、ようやく全ての事情を説明し終わる頃には疲れ果ててげっそりしてた。

「だからごめん、ほんとにごめん、笑ってほんとにごめん」
「じゃあ別に好きで見てたわけじゃないのか……
「授業中は、うん、そう。白目だったから」

だけど、この勘違いをみすみす逃がすほどバカじゃない。居眠りしていなければほんとに素敵な人なのだ。

「でも今は白目じゃないし、藤真のこといいなあって思ってるよ」
「え」
「やっぱり白目は笑っちゃうかもしれないけど、それでもよかったら、こちらこそお願いします」

私が差し出した両手はすぐに藤真の大きな手の中に包まれて、それで、ふたりで照れ笑い。

私が藤真の白目を見て思う存分笑うことが出来たのは、それから一週間後、ふたりで藤真の部屋でテスト勉強してる時。やっぱり家でも居眠りすると白目になる藤真をモロに見てしまい、だけど私は我慢することなく大声を上げて笑った。

そしてそのバカ笑いで目が覚めた藤真に延々くすぐり攻撃をされてさらに笑い続け、逃げても逃げてもくすぐられまくった挙げ句に押し倒されてチューされるという制裁を食らったのでした。

END