君を想う16時

昇降口にかかる時計を見上げると、16時。

6月の末の夏至の日が一番日が長くて、そこからはどんどん日没が早まる――なんて言われても8月の間なんかそんなこととても信じられない。9月でも、末になってようやく「ああ日が暮れるのが早くなったんだな」って気付くくらい。10月の今、16時の昇降口は夏の間に斜めから差していた日が消えて、少し薄暗い。

私はバッグのストラップを肩にかけ直して、下駄箱の扉を開ける。それと同時にキュッというスニーカーが廊下を歩く音を耳にして、靴を取り出す。いつも同じ、時間通り。

「あ、お疲れー」
「お疲れー。国体もお疲れ!」
「おお、ありがとう。また優勝できなかったけどね」
「おかしいねえ、神が出てるのに」
はオレのこと甘やかし過ぎだと思う」

あはは、なんて笑い合ってるけど、私も神も、なんとなく作り笑いだ。

神とは去年も今年もクラスが違うし、部活も一緒じゃないし、共通の友人もいないんだけど、1学期の委員会で一緒で知り合った。神は部活が忙しすぎてのんびり委員会やってる暇はないんだけど、一応委員会は全員参加っていう校則があって、なので全国大会の常連という事情を受けて1学期だけの参加でいいことになってる。

だけど実行委員系や、部活並みに活動が多い図書委員なんかの常駐系は出来ない。だから、どうしてもバスケ部員は美化委員になだれ込んでくる。活動が2週に1回で、放課後の1時間くらいで済むからだ。正直1学期はバスケ部員だらけだった。その中で神と相棒組まされたのが私。ふたりで掃除してた。

神とは妙に話が合って、意見が食い違うこともなくて、だけど苦手なこととかは補い合えるところもあって、これは私の一方的な思い込みなんかじゃなくて、すごく相性がいいという感じがしてた。神は優しいし、真面目だし、だけどほどよく頑固で、ほどよく茶目っ気もあって、素敵な人だ。それは、お互い感じてたと、思う。

だけど、とにかくバスケ部ってのは、忙しくて。気軽に今度遊ばない? なんて言えるような相手じゃなくて、実際そんな暇もなくて、1学期だけで委員会を免除された神はこれ幸いと帰っちゃうんじゃなくて、夜遅くまで個人練習してるって話だし。

もっと仲良くなれそうな気がするのに、もう一歩が踏み込めない。そんな状態のまま夏休みに入っちゃって、2学期に入ってもそれは変わらなくて。だから、自分でも未練がましいと思うんだけど、毎日16時になると昇降口を通って体育館に向かう神を待ってしまう。彼が通り過ぎる時の、ほんの20秒とか、そのくらいの時間でしかないんだけど、諦められなくて。

どうしても、ふたりの間にあった「感触」が、錯覚だとは思えなくて。

「甘やかし? 神が自分に厳しすぎるだけじゃないの。もう少し自惚れてもいいと思う」
「年末になったら主将なんだよねオレ。それはマズくない?」

また乾いた笑いが私たちの間を通り過ぎていく。ほぼ毎日、こうして私が話題を振っては少し話す。

「もう帰る頃は真っ暗なんじゃない? 気を付けてね」
「ありがと。も帰り気を付けろよ」
「うん。またねー」
「またなー」

そうして別れていく。時間はまだ、16時。私たちの時間は、ずっと16時に止まったままだ。

この針が進むことなんか、あるんだろうか。

も帰り気を付けろよ」
「うん。またねー」
「またなー」

そう言って、何度そのまま別れたんだろう。

1学期に委員会で一緒だったは、なんだか不思議な子で、どれだけ一緒にいても絶対に喧嘩しないんじゃないかって思うほど気が合って、最初はが無理矢理合わせてくれてるんじゃないかって思ってたけど、どうも違うらしくて。特に趣味とか、生活環境とかがピッタリ同じってわけでもないのに、には何でも言えるような気がしてきて、それがすごく不思議だった。

これは、もしかしてこのあまりにも気が合うことを、「相性がいい」ってことだと思ってもいいなら、とオレはすごくうまくいくんじゃないかって思い始めたけど、ちょうどそんな頃に全国大会を理由に2学期以後を免除されてる委員会活動は終わり。とはクラスも違うし、委員会を離れたら接点が何もなくなっちゃった。

そうだ、委員会終わったら何も接点がないんだ! ということに気付いたのは、委員会最終日で、連絡先も一切交換してなくて、SNSでも繋がらないまま、だけどこれで接点なくなるから教えてよ、なんて言い出せなかった。だってオレはそこから期末に突入したら、あとは9月末からの国体が終わるまで、遊んでる暇はなかった。

と連絡がつくようになっても、何も出来ない。

それを「本当にこれでいいんだろうか」って思い始めたのは、本当に最近になってからだ。部活に行くのに通りかかる昇降口でとよく会うようになって、毎日のように下校しようとしてると少し喋ってるほんの数十秒が頭を離れなくなって、それをこのままにしておいていいんだろうかって、もう最近はずっとそればっかりを考えてる。

忙しいことを理由に、いや、言い訳にして、をこのままにしておいていいんだろうか。もし明日、いつものように16時、昇降口を通りかかって、が誰かと手を繋いでいたら、ものすごく後悔するんじゃないかって、それはわかってるのに。

どうしても、ふたりの間にあった「感触」が、錯覚だとは思えなくて。

時間はまだ、16時。オレたちの時間は、ずっと16時に止まったままだ。

この針を進めないと、絶対に後悔することになる。

その前に、後悔する前に、に言わなきゃ。

のこと、大好きだって。

END