星屑の軌跡

15

ユニコの足跡

8月の半ば、尊は世間一般の「お盆休み」に加え、週末との隙間を補強する形で有給をねじ込み、都合10日間ほどまとまった休暇を得た。以前コスモたちが突然現れた際に半休を申請した後、尊がポリであることを知っている上司に事情を話し、休みの間に問題を片付けておきたいと正直に話したので、都合をつけてもらえることになった。

また、この頃にはコスモ、宇宙と彼方の3人とは一切の血縁関係がないとする鑑定結果が出ていた。だが、エンジュの話が引っかかって検査を受けてみたところ、年齢平均には充分な生殖能力があることが判明、今回は絶対にありえない根拠があったけれど、今後は気を付けなければと少し反省した。

「早ければ明日にでも戻れると思うけど、その間お願いします」
「それはいいけど、ひとりで大丈夫?」
「ひとりじゃないよ、その友達だったっていう元カノが一緒に行ってくれることになったから」

お盆休みに入ってすぐ、尊は旅支度をしながらに頭を下げていた。児相からも連絡はないし、ユニコに関しては児相が調べてくれるわけはないので、ひとまず元カノとユニコが住んでいたと思われる町まで行ってみることになった。

「そうじゃなくて、メンタル的に、ひとりで平気かなって」
「えっ、メンタル的にキツかったら一緒に来てくれるの?」

ニヤニヤと笑いながらそう返してみたが、は真顔だ。

「私じゃなくて、ぶーちんたちとか、セイラちゃんとか」
「ちょっと待ってセイラちゃんは逆にストレスたまるから」
……キツくなったら、電話してよ。みんな、いるから」

親、親友、彼女たち。それぞれに尊を案じる気持ちはあろう。だが、その中でもこの義妹は少々特別だ。家族として案じる気持ちと、得体の知れない男への不安を未だ両方抱えている。少なくとも尊はそう感じていた。

実際のところ、弟の嫁であるに隠していることなど、ベッドの下のAV程度のプライバシーくらいしかないのだが、だからといって、彼女に全て自分をさらけ出しているかと言えば、それも違う。

とは、長く家族でいたいのだ。兄として、甥姪たちの伯父として、ずっと親しくしていきたい。なので、ある程度の線引きはあって然るべしと考えている。ただ元々それほど表裏がないのと、頼朝ほど堅固に自分の中身を守るたちではないというだけ。

そういう意味では、かわいい義妹なのだ。弟のことが大好きで、何事にも全力投球だし、むしろ弟よりもこんな妹が欲しかった、と思ってしまう。尊は開いたドアの向こうの廊下に人の気配がないことを確かめると、の頭をポンポンと撫でた。

「心配しなくても大丈夫だよ。オレ、ユニコに対しては本当に特別な感情、ないから」
……だからでしょ」
「どういうこと?」
「特別な感情もない人の、強い感情を探しに行くんだよ」

なぜ、子供たちに尊が父親だなどと嘘を吹き込んだのか――

「私は正直、あの子たちの今後については流れのままでいいと思ってて、お義父さんの『うちの子を最優先に考えるべきだ』っていうのもわかるし、だけど宇宙と彼方なんかたまに可哀想でつらくなることもあるし、でも結局、みこっさんが傷つくことなら、やめた方がいいと思うから」

尊はに向き合うと、少し屈んで顔を覗き込んだ。

「オレ、今まで数え切れないくらいの女の子と付き合ってきたけど、ユニコみたいな子は絶対無理だから、その他の点でどれだけいいなと思えても関わらないようにしてた。だから、ああいう子がどんな風に考えてオレを父親だなんて言ったのか、皆目検討がつかないんだよ。それを、知りたいの」

は納得できていないようだが、待ち合わせの時間も迫る。尊はバッグを閉じてエアコンをオフにすると、努めて気楽な笑顔を作った。

「それに、ユニコのことを調べれば、宇宙と彼方の親戚とか、見つかるかもしれないじゃん」

はやっぱり不安げな目をしていたけれど、「ご飯ちゃんと食べてね」と送り出してくれた。ちょうど清田工務店もお盆休み、頼朝に駅までの送りを頼んで出発である。

「弁護士が必要ならすぐに連絡しろよ」
「了解。大丈夫だと思うけどね」
「あと、普通に人手不足だから早めに帰ってきてくれ」

お盆休みの頼朝は朝から晩までウサコに代わり終わりなき子守りと家事に突入、ちょっと疲れた顔をしている。尊はそれを笑いつつ、最寄り駅から旅立った。

元カノとはターミナル駅で待ち合わせている。事情を話して、知っていることがあれば全部教えて欲しいというと、自分も一緒に行きたいと言い出した。

「久しぶりー! なんか変わんないねえ、ずるいよそういうの」
「あはは、よく言われるー。でも望もあんまり変わんないよ」
「あんたは滅多にお世辞言わないという記憶を信じておくわ」

元カノは寺地望さんと言い、尊が30歳の時に付き合っていた女性だ。お世辞ではなく、それほど変化は見えないが、ショートボブにワンピース、足元はスニーカーという出で立ちだけは初めて見る。付き合っていた頃は巻き髪にヒールを欠かさない人だった。

望によると、ユニコの出身地は特急を乗り継ぐ距離。しかし夏休みで宿が取れないような観光地ではないので、ふたりはゆうゆうとビジネスホテルを予約している。一応部屋は別。

特急に乗り込んだふたりは近況報告もそこそこに、スマホとメモを取り出して情報交換を始めた。

「えっ、同じ大学に通ってた子じゃないの?」
「私そんなこと言ったかな」
「学生時代の友人、て」
「だから、学生時代のバイト先の知り合いってだけだけど」
「紛らわしい……

望は不思議そうに首を傾げているが、だとしたら情報が少ないのも頷ける。

「それに友人てほどでもないよ。バイト辞めてからもひっついてたっていうほど仲良くなかった。尊と会ったのは、飲み会のときだよね? その前に当時のバイト仲間が結婚したから久しぶりに会って、それでちょっと距離が近かっただけの話なんだよね。だってうちらが別れたのだって、それから1年も経たない頃じゃなかった? その時にはもう年賀状パクって音信不通になってたよ」

望によれば、学生時代にバイト仲間であったユニコとは2年ほど一緒に働いたが、望の就職を機に一旦疎遠になっている。バイト仲間の結婚で再会した時は、本人の弁によれば「小さい会社」で働いていたという。その後、雑多な飲み会で望に連れてこられた尊と出会う。

それから1年も経たないうちに尊と望は別れ、望は海外へ留学、尊の年賀状を持ち去ったユニコとは以来一切連絡を取っていなかったが、この春、バイト仲間からの情報で、彼女が年の始めに亡くなってしまい、身寄りのない子供が施設にいるらしいと耳にした。ただそれだけだった。

「そのバイト仲間の人はどうやってユニコが亡くなったこと知ったの?」
「そこは単にSNSで繋がりがあったの」

ユニコは生前、そのバイト仲間に紹介してもらった会社で働いていたらしく、その縁でSNSでやり取りのない繋がりだけが残っていて、職場の上司だとかいう人物が連絡を寄越してきたのだという。

「でもそれも、双子が残されてるんだけど父親がわからない、心当たりないかって連絡で」

宇宙と彼方の父親はわからない――尊は望の話を聞きながら少し背中が重くなった。少なくともユニコは宇宙と彼方の父親が誰なのか知っているはずだが、それを誰にも明かしていなかったのだろうか。そして、子供たちに「清田尊という人がお父さんだよ」と教えていたというのだろうか。

なんでオレだったんだ?

今もしユニコが目の前に現れたら、聞いてみたいことはただそれだけだった。

本当の父親ではなく、ほとんど喋ったこともないオレを父親だと思い込ませて、何がしたかったんだろう。もし病気になんかならないでひとりで双子を育て続けていたとしても、それでもオレを父親だと言い聞かせていたんだろうか。

大きくなった双子に「どうしてお父さんはいないの」と聞かれたら、どうするつもりだったんだろう。

「でも変な話だね。もう2週間近くになるでしょ。養護施設から子供がふたりも消えてて、騒ぎにならないなんて。なんだかその双子ちゃん、誰もその子たちに興味がないみたい」

一応最寄りの児相は「子供が行方不明になってるなんていう話がどこにもない」と連絡をくれて、しかしそれを警察に届けたところで、情報としては「どこかの養護施設にいたらしい、母親は故人」だけしかなく、身元が判るまでは結局最寄りの児相ということになる。コスモも同じだ。

警察は捜索願をさらってみてくれたが、該当するような情報には行き当たらず、疲れた声の児相の担当者はショートステイに空きがないと繰り返し、「清田さんのお宅なら絶対安心だと念を押しておきました」と言うし、結局3人の一時保護を継続するしかない状態だ。

「じゃあ私たちがユニコの親戚のひとりでも見つけられれば問題解決だし、施設が分かればコスモって子も戻れるわけだね。てか何なのよその名前。キラキラネーム通り越して中2のアカウント名みたいじゃない。しかも全部宇宙関係」

だが、が言うには、セイラちゃんは「コスモ」という名は偽名だと考えているとのこと。宇宙と彼方に関しては、持ち物に大人の字で記名があったので、コスモの創作ではなく本名だと思われる。

「それにしても、あんたんちがそんな大家族だったとはね」
「そんな風に見えなかった?」
「一応付き合っててそれも知らなかった私も私だけど、もっと典型的な独身主義かと思ってた」
「まあ、個人の付き合いの中に実家のことは持ち込まない主義ではある」

望はペットボトルの口をぺろりと舐めて、ニヤリと笑うと流し目を寄越した。

「プライベート大事イズムに聞こえるけど、あんたそれ、逆でしょう」

尊は返事をせず、ちょっとだけ肩をすくめてみせた。だが、正解である。彼女たちとの付き合いの中に実家を持ち込まないのは、彼女たちとの付き合いを大事にしたいからではなくて、実家の方に入ってきてほしくないからである。望はいい勘をしている。

……ますますユニコとは相性悪そうだな。あの子は人に深入りするタイプだった」

そんなの、ひと目見てわかった。あ、この子は無理だな~って思った。

だから、関わらなかったのに。

情報交換や意見交換、ユニコの足跡捜索計画の相談は途中横道に逸れっぱなしで、元々は仕事上で関わりのあった相手なので、最終的にはユニコそっちのけで業界の誰それさんが……なんていう話に夢中になっていた。何しに来たんだよ。

「じゃあまずは、職場か」
「住所しかないんだけど、これ」

望はユニコが勤めていたと思しき会社の住所だけしか入手できなかった。だが、地図で確認するとそう遠くないようなので、駅に到着したふたりは歩いて移動していったのだが、

……えっ、これって」
「どう見ても風俗だね」
「ちょっと待っておかしいでしょ、バイト仲間の話では事務職って」
「そのバイト仲間大丈夫?」
……てかなんでこんな遠くの風俗店紹介されてんの」

突撃しようにも真っ昼間のことで、手がかりとなる住所の建物にはけばけばしい看板がびっしりかかっていて、完全に営業時間外だ。人の気配もしない。頭に来た望はその場でバイト仲間に電話をかけ、どうなってんのと怒鳴り散らした。

「話が変だ。紹介したのは確かに学生時代の友人が勤めてる会社で、人手不足だって話を聞いてたから紹介しただけで、詳しいことはわからないって。これ、その友人。いいのかしらね、個人情報」

面倒くさいのだろう。望のバイト仲間はその友人の電話番号を投げて寄越した。

「この住所はどうしたの?」
「ユニコが亡くなった時に連絡きたって言ったでしょ。その時に先方から」
「だとしたらやっぱり最終的にはここにいたのでは」
「そう考えるのが自然だけど」

そして望は携帯を手にしたまま腕を組み、しかめっ面でため息を付いた。

「私、フーゾク業界とか詳しくないんだけど、少なくとも亡くなった時のユニコは30過ぎてた」
……オレも詳しくないから、わかんないよ」
……そうだね。あんたフーゾクなんか、一生必要なさそうだもんね」

果たしてこの極端に若い女性しか重宝されなさそうな商売でユニコは働けていたんだろうか。そう言いたげな顔をした望だったが、尊はそれを途中で遮った。

生まれつきフェミニストである新九郎という父親に育てられた清田家三兄弟、それぞれその影響の出方は異なるが、尊は一番その影響が少ないと思われている。ポリだから、というのがその理由だ。だが、彼は満遍なく女性というものを愛すという形になって影響が出ただけの話だ。

ゆえに、この性を売りにした風俗営業というものが、大嫌いだった。

昨今は自分から望んで性風俗産業に飛び込み、そこにやりがいを見つける女性も多いと聞く。女性にも性の解放を! という声も聞こえる。だけどそれとこれとは別だと思っていた。信長はもちろん、頼朝でさえも需要と供給が噛み合ってる以上はなくならないのでは、と言うが、尊は違う。

こんなもの、今すぐ全部この世から消えればいいのに。

「そんな怖い顔してないで、これ、電話かけてみる?」
「ああ、うん、そうだね」
「こんなところで働いてるユニコに、同情してきた?」
……そういうことじゃないよ。ただ、こういうの、好きじゃないだけ」

望ははいはいと軽くあしらうような笑い方をして、しかしひょいと肩をすくめた。

「そりゃ、穴に困らないんだから、なんとでも言えるよね」
「下品な言い方」
「もっと直接的に言った方がいい?」
「いいよもう、電話、かけてみよ」

望がその場でかけてみたのだが、事情を説明している途中で遮られたらしく、望は尊を促してメモを取り始めた。電話番号らしい。だが、通話を切った望はしょんぼりした顔をしている。

「誰の番号もらったの?」
「そこの店の店長さん。やっぱり亡くなった時に連絡来たとかで」
「今かけた人はええと、ユニコに仕事を紹介した人の友達?」
「そう。でも、なんか関わりたくないみたい。すんごい早口で言われて切られた」

ルートとしては、望とユニコのバイト仲間、そのバイト仲間の友人、その友人からふたりが見上げている風俗店の店長さんと繋がってきた。

……ユニコ、出身はこの辺りだったみたい。だから紹介されて就職して、ほんとに小さい会社だったっぽい。だけどそこで借金作って、辞めて、それでここにいた、みたい」

そんな風に簡単にまとめてしまうと、なんだかよくある話に聞こえる。

「じゃあ、今度はここの店長さんに電話」
……あの子たちを育てるために、借金したのかな」
「フーゾク店てお盆休みなんかあるの?」
「借金あったら尚更会社勤め辞めない方がよかったんじゃないの?」
「ちょっとうるさいな! そんなこと今言ってもしょうがないでしょ!」

風俗店の看板がびっしりかかったビル、深夜営業の飲食店ばかりの通りに望の声が響く。尊は首をすくめて電話を促し、望が喋っているのを背に通りをぐるりと眺め回した。

ある程度都市部の鉄道の駅だったら、どこにでもありそうな通りだ。数件の「飲み屋」と風俗店、隙間に不動産屋や民家らしき建物が挟まったりしている。子供の頃、あそこには近寄るんじゃないと大人に言い聞かせられたような、そんな場所。

夜に訪れればきらめくネオンや落ち着いた明かりが魅力的に映るのだろうが、この午前中の白っぽい色の中ではただ滑稽にしか映らなかった。下らない町。尊にはそんな風にしか思えなかった。

「尊、店長さん会ってくれるって」
「えっ?」
「ユニコが亡くなった時、面倒見たのがこの店長さんだったみたい。双子も知ってるって」

遠くに蝉の声が聞こえる。ずっと遠くに揺らめいていたユニコの影が、少しだけ近付いてきていた。