星屑の軌跡

9

未知との遭遇

8月の清田家は日中も子供がいるぶん騒がしく、しかし大人たちは普段どおり仕事もあるし、ウサコはいよいよ臨月間近で重い腹を抱えて四苦八苦しているしで、この年は特に忙しかったと言っていい。

当然ながら引退宣言をした由香里も休む暇はなし、オピニオンリーダーが交代したというだけの話で、やっぱり朝から晩までとふたり家事と子供で駆けずり回っていた。

そんな8月に入ってすぐのことである。

特に真夏真冬は工務店の従業員たちの負担が大きいため、新九郎と頼朝は週に一度の割合で彼らを近所の居酒屋に集めて酒を振る舞っていた。その時は当然新九郎は同席せねばならないし、場合によっては由香里も顔を出しては彼らを労ったりしていた。

その予定がある日の昼頃のことだった。昼食の準備のためはキッチンに、由香里はリビングでカズサの宿題を見ていて、ウサコはセイラちゃんの指導でマタニティヨガをしていた。そこにチャイムの音が聞こえてきた。犬たちが一斉に吠える。

最近では、小さい子供が多い手前、清田家に訪れる来客は事前に由香里や新九郎に電話連絡を入れるのが当たり前になりつつあったので、何の予定もないのにチャイムが鳴るというのは珍しい。キッチンのも荷物の予定はないよと声を上げた。

訝しげに由香里がドアモニタを覗き込むと、狐につままれたような顔をして振り返った。

「どしたの?」
「何かしら、子供が立ってる」
「カズサの友達? 遊ぶ約束してた?」
「オレ知らないよ」
「ううん、ちょっと変なの」
「どういうこと?」

キッチンから出てきたが一緒にモニタを覗くと、そこにはアマナと寿里より小さい子供がふたり、そして、カズサより大きな子供がひとり、3人並んでいた。

「誰?」
「それがわかんないから聞いてるんじゃない」
「一応出てみようか。子供なら危ないこともなさそうだし」

この時頼朝は見積もりに出かけていて留守だったし、そのせいで四郎さんの出勤が午後からだったし、平日休みの多い信長も出勤日だったので、この時清田家には大人の男性がひとりもいなかった。ウサコと子供たちをリビングに残して、と由香里とセイラちゃんは揃って玄関ドアを開けた。

「はい、何かご用――
「こんにちわ! きよたみことさんはいますか!」
「はい!?」

恐る恐るドアの隙間から顔を出したは、そんな甲高い声に迎えられて飛び上がった。驚いてドアを開くと、カズサより大きな方は女の子、そしてアマナと寿里より小さな方は双子だった。由香里とセイラちゃんも顔を出し、揃って少し屈んで目を丸くしていた。

由香里とセイラちゃんが黙っているので、が声をかけてみる。

「あ、あの、みことさんて……あなたたちは」

すると、女の子はにっこりと笑って気をつけをし、頭をペコリと下げた。

「私たち、みことさんの、子供です!」

清田家の玄関に3人の悲鳴がこだましたのは、言うまでもない。

由香里はショックで頭痛がする、目が回って立っていられないと言って部屋に引っ込み、まずはセイラちゃんが3人の来訪者をダイニングに座らせて麦茶を飲ませていた。はその間に自分たちの部屋に駆け上がっていき、慌てて尊に電話をかけた。仕事中? 知るか!

「やっぱりどこかで失敗してたんじゃない! しかも3人も!」
「ちょ、ちょっと待って、そんな話聞いたことないよ」
「みこっさんが知らなくてもどこかで生まれてたかもしれないでしょ!」
ちょっと落ち着いて、それ絶対オレの子じゃない」
「なんでそう言い切れるのよ!」

鼻息の荒いに対して、尊はゆったりと落ち着いている。

「自慢じゃないけど、オレ、喧嘩別れってしたことないんだよ。軽い付き合いの子も多いし、元からオレがポリだって知ってて付き合ってた子しかいないわけだから、何か揉めてこじれて別れて、っていうケース、ほんとにないんだよ」

ふむ、なるほど。はそれについては納得したが、元カノが妊娠してたかもしれないなんていうこととは別問題じゃないのか。

「だから、そういう前提があるから、元カノの現況とか、知ってることの方が多いんだよ」
……ああ、そっか」
「オレと別れた後に結婚して子供産んだって子は何人も知ってるけど」
「別れて以来音信不通な人っていないの」
「10代の頃まで遡らないと滅多にいない。元カノ同士繋がってることも多いから」
「そういえば……

尊の理屈は正しいような気がした。実際に尊の彼女や元カノを知っているには、実はどこかで子供が生まれていたという話より、本人の説明の方が理にかなっているように聞こえた。しかもこのSNS時代、疎遠になっていても近況だけは把握しているという付き合いはごく一般的になりつつある。

いくら音信不通になっていても、現在30代である尊の中高生の頃の元カノに子供は不可能だ。

、とにかく半休申請してくるよ。たぶん通ると思う。で、少し心当たりに連絡してみるから、少しその子たち引き止めておいて。もし手に余るようならぶーを呼んでもらって、それから、その子たちには気付かれないように、児相、頼む」

そうだった。は自分の頭をポコッと叩いた。寿里の時も児相への報告が遅れて、最初は職員の方に渋い顔をされてしまったのだった。

「なんであの子たちにバレたらマズいの?」
「その、大きい方の子、ちょっと気になるから。児相に通報されたのわかったら、逃げそうな気がする」
……一気に胡散臭い話になってきたけど、ほんとに大丈夫なの」
「大丈夫でしょ。どちらにせよオレの子じゃないよ。鑑定すればすぐにわかる」

多少値は張るが、急ぎの依頼とすれば、DNA鑑定による親子関係の有無は1週間ほどですぐにわかる。は寿里の時に世話になった鑑定サービスの控えを引っ張り出し、ついでにその時世話になった頼朝の後輩だという弁護士の連絡先も用意し、児相の連絡先だけ掴んでリビングに戻った。

すると、ダイニングでセイラちゃんが3人を並べて尋問をしていた。

「オッケー、じゃあ次は電車に乗ったことはあるかな?」
「私はあります! ふたりは今日初めて乗ったよね? ねっ、お返事して?」

尊の言うように、大きい方の子はなんだかやけに口が立つ様子だ。初めて訪れる家で、女だけとは言え大人が4人もいるのにこの堂々とした態度は好印象より不審感の方が先に立つ。

「あ、。来て来て」
「みこっさん半休取って帰ってくるって」
「OK、まず先に、こっちの女の子、これがコスモ」
「こすも?」
「で、こっちの双子が男の子で、宇宙と彼方」
「まひろ、かなた……

セイラちゃんの尋問メモを見たはつい眉間にシワを寄せた。「コスモ」はセイラちゃんのような棒体型で髪はザクザクと素人が切り落としたようなショートヘア、ヨレヨレした半袖のシャツにストーンウォッシュのような白っぽいジーンズを履いている。

一方宇宙と彼方の方はいわゆるマッシュルームカットで、女の子のような顔立ちをしている。ふたりともTシャツにハーフパンツ、お揃いのデニム生地のリュックを背負っている。宇宙と彼方の違いと言うと、どちらか片方の方が少しだけくせ毛であるくらいだろうか。

「住んでたところは今ちょうど聞き出そうとしてたところ」
……名字は?」
……尊くんの子供だから清田だとしか言わない。双子の方はほとんど喋らない」
「みこっさんは絶対に違うって。言われてみると、確かに無理がある」
「だろうね。少なくとも女の子の方はわかっててやってる。あの子頭いいよ」
……みこっさんもそんなようなこと、言ってた」
「で、どうするの」
「ええと、みこっさんが帰るまで引き止めることと、隠れて児相に通報」
「了解、じゃみんなで昼にしますか。ぶーちん呼ぶの?」

話が早くて機動力があるセイラちゃんがいてくれたおかげで尊が帰るまでは何とかなりそうだ。はホッとしてウサコと由香里にも報告、ぶーちんに連絡をし、頼朝にはデスクにメモを残しておいた。

そして尊の子供ではない可能性の方が圧倒的に高いと説明されて気が楽になった由香里にキッチンを任せると、はまた自分の部屋に取って返して児童相談所に連絡を入れた。事情を話すと、人手不足なのと、虐待などの緊急事態ではないため、お宅へ伺うのは明日になるけど構わないかと言うので、尊の判断にもよるが、あの3人を泊めることになりそうだ。

忙しく働いているであろうことは分かっているけれど、は信長にも連絡を入れた。お仕事ご苦労さまです。お疲れのところ可哀想なんですが、家に帰ってきたらまたトラブルが待ってます。人手が欲しいのでエンジュを連れて早めに帰ってきてね! ハァト!

がリビングに戻ると、警戒心むき出しのカズサにはウサコがついていて、目の離せないツグミも一緒。由香里とセイラちゃんが残りの子供たち全員をダイニングにつかせていた。0歳児のツグミもカウントすれば、子供だけで7人である。託児所かここは。

もドッと疲れているが、それは由香里もウサコも同じで、セイラちゃんだけが元気だ。

大人たちもなんとか昼食を詰め込んでいると、慌てた様子の頼朝が事務所から飛び込んできた。

……まあ、尊の理屈の方が現実的だな」
「セイラちゃんがちょこちょこ話した感じだと、どうもあの女の子がちょっと怪しいみたいで」
「怪しいって……まだ小学生かそこらの女の子だろ。ちゃんと喋れるみたいだし」
「それがおかしいでしょ。普通あのくらいの年代で見ず知らずの家に明るく突撃できる?」
「信長は出来たと思う」
「そういう揚げ足取りみたいなこと言わないでくれる?」

しかし謎の宇宙人3人は引き止めておかねばならないので、頼朝は昼食を取りがてらウサコを手伝って甥っ子たちを預かり、四郎さんが来たので事務所に戻ってもしょっちゅう顔を出していた。

3人の尋問を引き受けたセイラちゃんは根気よく対話を続け、午後のおやつタイムくらいになると少しずつ情報を引き出せるようになってきた。だが、双子の方が船を漕ぎだしたので、急遽由香里たちの部屋に布団を敷いて、そこで昼寝をさせることにした。

カズサの警戒が取れないので、こちらはこちらでウサコと一緒に2階へ上がってもらい、やっとぶーちんも到着したのでそちらは全て任せてしまった。そういうわけで、とセイラちゃんは正体不明の「コスモ」と向かい合っていた。地球外生命体vs地球外生命体。

……みんな宇宙に関する名前なんだね」
「そうなんです! お母さんは星が大好きだったから」
「あなたと双子ちゃんたちはかなり年が離れてるみたいだけど」
「はい! あの子たちが生まれた時は私もたくさんお手伝いしました」
「お母さんのお名前は、なんていうの?」
「はい、ユニコです!」

コスモの話し方は聞けば聞くほど白々しくて胡散臭いし、出てくる情報が全て突拍子もないので、も少し目眩がしてきた。不審感を抱いているのを悟られないようセイラちゃんがビシバシ切り返してくれなかったら、とてもじゃないがひとりでは扱いきれない。

そうしてセイラちゃんがじっくり話を引き出したところによると、コスモいわく、彼女らの母親である「ユニコ」は尊と結婚を約束した仲だったけれど、色んな事情でそれが叶わず、やがてユニコは宇宙と彼方を産み落とした後に病に倒れ、今年の年明けに亡くなってしまったという。

「会ったことないけど、あなたたちのお父さんは清田尊っていうんだよって」
「ここに住んでることも、お母さんが教えてくれたの?」
「はい! お母さんのバッグの中に、メモが入ってたんです」

自信満々で喋っているコスモだが、だとしたら今年の初めにユニコが亡くなってからこの8月までどこで何をしていたと言うんだ。は気持ちが焦るばかりで落ち着かなかったが、セイラちゃんは一気に話を引き出そうとしないで、根気よく会話を続けている。

……、しんどかったら2階、行っといで」
「でも……
「その代わりぶーちん呼んできて。私は平気だから。任せて」

言われてみればセイラちゃんにぶーちんでは自分の出る幕ではなさそうだ。由香里は疲れて双子と寝てしまっているし、はひとまず2階に逃げてぶーちんに代わってもらった。子供たちも疲れたのか、ウサコと一緒によく寝ている。

「もしあれが本当にみこっちゃんの子なら、私は嬉しいんだけど」
……ぶーちんにはどう見える?」
「ま、100パーみこっちゃんの子じゃないよね。何ひとつ似てないし、何もかも不自然すぎる」
「だよねえ……

正直な願望は否定しないが、ぶーちんにもただの不審な子供に見えているようだ。

「でも、一番怖いのは……
「じいじだよねえ……

とぶーちんは揃って肩を落とした。

エンジュと寿里という前科がある新九郎なので、また「うちの子にならんか」と言い出すのは目に見えている。だが、エンジュと寿里のように親子揃っているならともかく、尊の主張が事実なら、まったくの無関係である子供を3人も誰が親として引き取るというのだ。その養育費は。

「でも、幸い今日はじいじ、お疲れ会だからいないの」
「あっ、そっか! じゃあ私もしばらくいられるよ」
「えっ、家は大丈夫なの」
「うん。上の子は合宿行ってるし、下の子は連絡して実家に行っててもらうー」
「ごめんねえ……
「へーきへーき。それでだぁと一緒に帰ればいいから」

そしたらご飯作らなくて済むしぃ、とぶーちんはちょっと嬉しそうだ。なのでコスモの相手は任せることにして、はツグミの隣に倒れ込むようにして横になった。まだ1歳にもならないツグミだがウサコが好きでよく懐いているので、こういう時は本当に助かる。

はツグミの額に張り付いた髪を払いつつ、重い瞼でウトウトしながらぼんやりと考えていた。

コスモが言っていることの何が真実で何が嘘かはまだわからない。けれど、コスモの話しぶりでは自分たちは尊の子供だからこの家にお世話になりますと言いたいようにも聞こえた。ということは、あの3人は本当に親御さんを亡くしているのかもしれない。

そう思うと、みぞおちの辺りがキュッとつめたく冷えたような感覚がする。

あの双子なんか、まだ3歳くらいに見えるというのに……

そして結局その憤りは尊へ向かった。

どちらにせよ、あの子供たちが「清田尊」という名と、そしてこの家に彼が暮らしていることを知っていたのは事実だ。どこかで尊の友人知人、あるいは今カノ元カノと繋がることになるはずである。

そして謎の女性ユニコ、彼女は一体――

そんなことを考えているうちに、も深い眠りの中に吸い込まれていった。