ラッシュ&ライオット

6

合宿3日目の夜、ラウンジに響き渡ったの悲鳴の件は、幸いまだ近くにいた花形がすっ飛んできてフォローを入れてくれたので騒ぎにはならなかった。花形には頼りになる先輩フィルターがかかっていたので、も落ち着いて対処できた。

だが、当然と言おうか、翌4日目からはあからさまに神を避けだし、夜のラウンジにも現れず、神は再び地獄のどん底に転落した。今まで地獄と思ってきたことが天国に思えるくらい地獄だ。

その上リーダー会議状態でミーティングに参加し始めた藤真は神に構っている暇がなくなり、余計なことを言ってしまった花形は謝罪をしたものの、これ以上余計なことを言うとマズいだろうから、と彼も寄り付かなくなり、神はひとりで膝を抱える羽目になった。誰もお前を愛さない。

「それでも練習に影響が出ないっていうのはある意味ではこの中の誰よりすごい能力だな」
「わぁい褒められた」
「だから悪かったって言ってるだろ」

事態を重く見た牧がからジャージを取り返し、その帰りに神の部屋に顔を出した――ら本人はベッドにうつ伏せになって目が死んでいた。しかし既に合宿5日目、明日には帰る。そして翌週にはもう国体本番である。

「その、オレには何も出来ないけど、でも、神、ひとつ」

牧はベッドに腰掛けると、言いづらそうに咳払いを挟んだ。

、何かのきっかけで来年の話になるとな、『神がいるから大丈夫です』ってよく言うぞ。だから自分も絶対辞めないし、神のサポートをちゃんとしなきゃって思ってる、って」

しかし神と藤真が堂々巡りしたように、それは単なる信頼関係の強さであって、恋愛に発展するかどうかはまた別の話だ。神は生返事。牧は苦笑いをしつつ、言いたかないけど言うしかないという顔で続ける。

「武藤がな、そんなことしてたら本当に3年間彼氏なしで終わるぞ、ってからかったんだよな。最終的に神のサポートで終わっちゃって後悔しないかって。何の迷いもなく後悔しないって言ってたよ。神だったら絶対嫌な思いをすることないからって。3年間彼氏なしでも、お前のサポートすることの方を、選んでるんだぞ」

だからと言ってそれが恋愛に直結はしないのだが、神はのろのろと顔を上げた。一応、まだ見ぬ恋人より自分の方がいいと思われているのか。それは今までにない自信らしきものに似ていた。

「オレも偉そうにアドバイスできた立場じゃないけど、まさかお前がって思ってたところはあると思うぞ。ジャージの件も怒ってない。ただちょっと気まずいだけだって言ってたし。国体終わったらちゃんと話してみたらどうだ」

いきなり掴みかかってジャージ脱がせようとしたのに怒ってないのか――神は冷え切っていた体にじわりと温みが戻るのを感じていた。あくまでも国体が終わってから、という前提の牧の言葉に少し笑ってしまいそうになりつつ、神はひとつの可能性を思いついた。

もし今急に告白したとして、ジャージ脱がせようとしたのに怒ってないというは、付き合えないと断っても部内の空気が悪くなるほどには引きずらないのでは? 振られてしまったら、それは玉砕ではなくて、ただ神がを好きだと思っている、という、いわば報告という形にできるのでは。

かといって、振られてすぐに好きでいることをやめられるわけがないことくらいはもちろんもわかろう。今もしその気がなくて付き合えません、となったとして、だけど神がを好きだということが誠実な形で伝われば、元々絶対的な信頼関係はあるわけで、未来に繋がる可能性はゼロではなくないか!?

まあもちろん、今他に好きな人がいなければ、という但しは付くが、それでも神は目の前に光が差したような気がしていた。今すぐ付き合えなくても、自分が真摯な気持ちでを思っていることがきちんと伝わればあるいは、時間をかけての心にも変化が訪れるかもしれない。いつまでも誠実でありさえすれば。

……そういうのって、いいんですか、部内で」
「いやダメな理由がないだろ……お前も普通に練習の鬼だし……

今さら何言ってんだと呆れた顔をした牧はしかし、神の肩をポンと叩くと、部屋を出ていった。

選手たちもそれなりに意欲はあったのだが、それを遥かに上回る興奮状態の監督ふたりの異様な熱量に引っ張られるようにして国体は快勝を続けた。神もこの時ばかりはのことを忘れてゲームに集中していた。

神奈川が選抜チームになることは十数年ぶりとはいえ、夏で引退が出て体制が変わる地域も少なくないので、来たる冬の大会への前哨戦的意味合いもある。冬はIHと違って1枠なので海南は出場を疑っていないし、そういう意味で神や牧は代表の中でも特に冷静だった。

むしろ監督たちのようにやけに張り切っていたのは藤真や三井だ。片やIHを逃して冬まで全国大会出場のチャンスがないと思っていた藤真、片や気付いたら進路が危ない三井、どちらも人より気合が入った状態だった。

なのでどんどん勝ち進んだわけだが、ベスト4にあたる試合にて、かつての海南のような「IHで好成績残した1校」スタイルの出場と当たった。手練の監督率いる大変仲のいいチームで、3年と2年はバランス良く配置され、お前ら青春ドラマかよというほど清く正しく美しくな対戦相手に神奈川は負けた。

試合終了後、監督がぼそりと「うちにあれは無理だ」と言った言葉がしばし流行った。

そういうわけで、お疲れ会、祝勝会改め残念会である。とはいえベスト4には入っていたのだし、選手監督たちを除けば関係者は手放しで健闘を讃えてくれた。ついでに頑張って目立った選手数人に方々の大学からコンタクトがあったとかなかったとかで、まあ結果は上々であろう。

時は土曜の夜、県の教育委員会がわざわざ横浜のホテルに会場を儲けた席はラグジュアリーが過ぎて、この春までクソヤンキーやってましたみたいなのを抱える代表は少々目がチカチカしてとてもじゃないが楽しめなかった。なので、気を利かせた監督が早めに地元に戻って焼肉屋を手配してくれた。

ホテルのキラッキラした照明の下では退屈していた選手たちは焼肉食べ放題で大変満足し、しかし全員18歳未満、22時が迫ってきたところでいきなり解散となった。翔陽だけ少し遠方にあたるので、彼らは早々に帰っていったが、割と近所同士の海南陵南湘北はダラダラしながら帰っていった。

その中でぐったりと疲れていたのはだ。横浜のホテルでも移動途中でも焼肉屋でもあれこれ使いっ走りをやっていて、まだお祭り気分が取れない監督たちに代わり、携帯片手に忙しくしていた。ホテルでの食事もほとんど取らず、焼肉屋でも落ち着けず、憔悴している。

自宅の方向が同じで近いという絶対的な理由はもちろん、おそらくは国体が終わったからと気を利かせてくれたのか、牧に「を送って行け」と申し付けられた神は何でもないという顔をしつつ、しっかりと覚悟を決めていた。がすごく疲れているので、無理がなさそうだと判断できたら、好きだと言ってみよう。

だから合宿ではあんなことをしてしまったけど、かくかくしかじかこういう理由だったのでごめんなさい、と改めて謝りたかったし、迫る新体制に向けて部長とマネージャーになる前に真実を知っておいて欲しい、それだけです。いやもちろん本心では特別な関係になりたいと思ってますけども!

ではまず、地元に戻ったところで気まずくなってしまったこの空気感を緩ませて――

「あのさ神、合宿のときのことなんだけど」

いきなり来ちゃったー! さん、長きに渡る県内最強の強豪校マネジメントで色々タフになっちゃったんだね……。神はふたりきりの帰り道でゆっくり本題に持っていくつもりだったのだが、強制的にイベントに突入した。は神の方も見ずに厳しい顔をしている。

「ああ、それはオレもずっと謝ろうと思ってて、それで――
「あのね、私はマネージャーだから、後方支援が本分だってことは肝に銘じてるし」
「はい?」
「それでなくても神は年末には主将だし、これからの海南の顔になるわけだけど」

事前に用意していた謝罪とちょっとした言い訳を喋らせてもらおうと思っていた神は、の厳しい横顔に首を傾げた。何の話?

「でもサポートしていくってことは、それなりにきちんと意思の疎通ってのが出来てた方がいいと思うのね」
「それは……うん」
「だからさ、不満とかそういうことじゃないし、誓って他に下心みたいなものはないし、図々しく聞こえるかもしれないんだけど、ええと、本当のこと、話してくれないかな?」
……え?」

の言わんとしていることがよくわからなくて、神は間の抜けた声を上げた。

「見当違いだったらごめん、だけど、合宿のときのことも含めて、私、神の考えてること全然わからなくて」

ごめんなさい。

「理解できないとかいうことじゃなくて、神はいつもなんとなく思ってることとか考えてること、隠してる感じがして、私にはその中から見せてもいいものだけ厳選してたまに見せてくれてるんじゃないかなっていう感じもしてて、その他のことは、当り障りのないように作ったもの、みたいな、感じがして――

は大変言いづらそうだがそれは間違いではない。ただそれがはどうやら敬遠に似たものと捉えているようだが、実際は溺愛するあまり表に出せなかった、頑張って背中に隠していたものである。神はちょっと冷や汗が出てきた。これは想定外だ。どうやって説明したらいいんだろう。

「プライベートに踏み込むつもりはないし、次のキャプテンとしてはほんとに信頼してるし、この間合宿のときに藤真さんに言ったことも嘘じゃないし、だけど、神が部長になってからのこと考えたら、少し心配になってきちゃって、ええとその、ジャージの件も、なんだったのかなって……

すみませんほんとすみません、君が好きなあまり藤真さんとはしゃいで不審な行動を取った挙句、花形さんの言葉を真に受けてちょっとトランス状態になってたところに帝王ジャージが現れたので裸の心が飛び出したんです――ということをどうやって説明したらいいんだ。

「ちょっといつもと様子が違ったし、神て普段そういうこと少ないから、大丈夫かなって」
「嘘をついてるとか、そういうのは、ないよ」
「あ、違、嘘つき! って言ってるわけじゃないよ」

それはわかってる、というように片手を上げて、神は続ける。

「結果的に、だけど、の言うように人に見せられるものだけ選んで見せてたっていうのは、間違ってない。昔からそうなんだけど、考えてることが顔に出ないタイプだし、それが便利なこともあるから意識はしてなかったけど、にもそういう態度だったっていうのは認める。ごめん」

が謝ってほしいわけじゃないと言いたげに顔を上げたので、また神は手を上げて制した。

に見せたくないと思ってたっていうより、見せたら恥ずかしいなって思ってたから」
「恥ずかしいなんて、そんな」
が信頼してくれてるのわかってたから、かっこつけてたってのもある」

それもひとつの理由だ。にとっての神が優秀な仲間で安心安全な男あればあるほど、その胸のうちに巣食う燃え盛る炎のような恋心は隠しておいた方がいいんじゃないだろうかと思ったのも事実。

「だけどちゃんと話さないといけないんじゃないかって、それはオレも思ってた。それが合宿始まった頃でさ、たまたま藤真さんとそんな話をして、その場のノリっていうか、流れで色々話を聞いてもらったりして、花形さんにもなんか色々言ってもらったりして、それで、ぐるぐるしちゃってた」

かなり端折って肝心なことは濁してますが嘘はついてません。ぐるぐるしちゃってたのが真実です!

「ぐるぐる……それはもう平気なの?」
「一応。あのときほどはぐるぐるしてない」

だから、言わないと。ちゃんと、大好きな人に本当のことを、言わないと。

「ジャージの件はほんとにごめん。のこと好きだから、つい」
「そっかー…………え!?」

仲間同士真面目に語り合っていたと思ったらいきなり告白が飛び出してきたので、は驚いて足を止めた。国体をやっている間に衣替えが過ぎたので、海南にもブレザーが戻ってきている。神は久々に見るのネクタイ姿に目を落とし、距離を詰めないようにして向き合う。

「急に変なこと言ってごめん。だからその、が牧さんのジャージずっと着てたから、嫉妬してただけ。付き合ってないんだからそんなことオレがどうこう言う権利なんかないのに、頭に血が上っちゃって。今もこんな中途半端な時期に余計なこと言って本当にごめん。だけど普段通りにしてもらえたら――

ある程度シミュレーションしていた内容を神は淡々と言ったつもりだった。はそれを黙って聞いている。それがどうしようもなくつらくなってきた。好きな人に誠心誠意好きですと伝えるときに、どうしてごめんとか余計なこととか言わなきゃいけないんだろう。

だって、はこんなの嫌かもしれないじゃないか。まだ自分たちの高校バスケットは1年以上残ってるのに、これからもいい関係で部活を続けていかなきゃいけないのに、オレが黙ってさえいればずっと安定した関係が続いていくはずだったのに、それをかき回すようなことだから。

あれ? だけどそれって……さっきが言ってたやつじゃないか? 見せていいものだけ厳選して、他は当たり障りのないことばかりで、それって本当に誠心誠意?

ふと思考のポケットに落ち込んだ神は言葉を切り、意を決して一歩踏み出した。

……ごめん、今の嘘」
「えっ、どういう……
「オレ、去年の夏からずっとのこと好きで、黙ってられなくなった」

驚くあまり目が真ん丸になっているをしっかりと見つめながら、神は息を吸い込む。君が大好きです!

「急にこんなこと言い出して驚かせたことは悪いと思ってるけど、だけどに嫌われないように、少しでも好かれようって、そういう風にしてきたせいでさっきが言ってたような、隠し事してるみたいな態度になってたわけだし、ある意味では嘘ついてるのと同じだと思うし、本音ではと付き合いたいって思ってるし、に好きになってもらえないかなって思ってるし、それが高じて牧さんのジャージとか我慢できなくなった、っていうのがほんとの話。そういうグズグズした話を、藤真さんとかに聞いてもらってたんだ」

やっと本当のことが言えたので、神は急に気力が萎えてきて肩を落とした。これでいい。もしこれで振られても、を好きだという気持ちについては嘘偽りなく伝えることが出来たはずだ。間違ってない。

「あの……さ」
「うん」
「今日すごく疲れててさ」
「うん」
「今たぶん、落ち着いて考えられる状態じゃないと思うんだ」

神は頷いて相槌を打ちながら一呼吸ごとに気持ちを宥める。即答でOKはやっぱり、ないよな。

「返事、今じゃないとダメかな」
「そんなことないよ。てか、ダメならダメでいいんだけど……
「それはダメ。ちゃんと考えさせて。いい加減にしたくない」

いやいやそれ振られるかもと思いながら何日待たなきゃいけないんだよ。神は気が重くなりつつ、親に迎えを頼むからもうここでいいというと別れてひとりで歩き出した。

そしてスタスタと早足で家まで帰り、シャワーを浴びて部屋に戻り、ばったりとベッドに倒れ込んだところで携帯を取り出して電話をかけた。

「藤真さんんんんん!!!」
「なんだよ疲れてんだよ」
に、言いました」
「ああ、告白したのか」

実にかったるそうな声の藤真だったが、神は構わず事の次第を喋り倒した。

「どう思いますか」
「死刑執行を待つってこういう気分なんだろうなって」

忌憚のない藤真の一言に神は寝返りを打ってジタバタと暴れた。

「言っちゃったもんはしょうがないだろ。てかその場で『マジ無理』とか言われなかったってことは、一応可能性らしきものはあるってことじゃないか。疲れてるから万全な状態でちゃんと考えたいっていうのも、そういうことだと思うけど。てかオレも疲れてんだよ。お前のことは応援してるよ、OKの返事が来るよう祈ってる」

とどめに大あくびまでされたので、神は礼を言って通話を切った。そう、即答でNOが来なかったということは、OKの可能性もしっかりあるということだ。ただ、NOの可能性が消えたわけじゃないから、死刑執行を待つ気分には変わりないと言うだけ。

なんだかんだ言っても「応援してる」とか、藤真さんもいい先輩だな。携帯に充電ケーブルを差し込むと途端に眠気が襲ってきた。ごろりと仰向けになった神は、ぼんやりと天井を見上げて祈る。どうかがこの気持ちを受け入れてくれますように――

翌朝、神はいつものように早朝からひとりで練習をしていた。本日は午後からの練習なのだが、毎日やってるものを変える方が疲れる。それでも30分ばかり寝坊をしたが、体育館にやってくると誰もいなかった。普段なら神が個人練習を終える頃になってがやってくる。

毎日だいたい神しかいないとは言え、朝練の後始末に抜けがあってはまずいので、一応それを見に来る。毎日毎朝、もはや起きてこない親ではなく、に「おはよう」と言い続けてきた。朝イチの静かでクリアーな空気の中、一番最初に言葉を交わす人がであることが本当に幸せだった。

それも、なくなってしまうのかもしれないな――

まさか神が告白したせいでが退部したりとか、そんなことにはもちろんならないだろう。しかしもう信頼関係だけで繋がっていた頃のふたりには戻れない。付き合っても付き合わなくても、神はにとって「自分を想う人」でしかなくなる。今まで通り、「おはよう」って、言えるだろうか――

そんなことを頭で考えつつ、体は機械のように正確にシュート練習をしていた神は、物音に気付いて手を止めた。音のした方を振り返ると、が佇んでいた。いつものように同じ場所、同じ制服で。

……おはよう」
……おはよ」

神が思っていたよりもすんなりと「おはよう」は出てきた。鏡を見られないから長く付き合ってきた自分の体の感覚でしかないけれど、表情も特に変わらなかった気がする。……これだからに勘違いさせるんだよな。ポーカーフェイスも淡々とした喋り方も、バスケットでは便利だけど、こういう時はちょっと面倒だな。

「どうした? いつもより早いね」
「昨日、帰ってからすぐ寝て、今日いつもよりかなり早起きして、考えてきた」

死刑執行キタ。やっぱり無理って言われても、ちゃんと笑顔になれるように、しないとな……

「あのね、正直に言うね、今この状態で誰かと付き合うってことに、すごく不安ある。うまくやれる自信、ない。秋は忙しいし、冬の予選もあるし、せめて時間が出来るのって年末とかお正月とか、そのくらいになるでしょ。そういう中でこれまで続けてきた関係の形を変えるのって、不安定になっちゃうんじゃないかって、怖い気がする」

それはよくわかる。そもそもを好きになってしまったのは去年の夏。恋心はすぐに募ったけれど、すぐに言い出せなかったのは秋から初冬にかけては本当に忙しいからだ。そんなことしてる暇はないはずだから。

もう気持ちは伝えたのだ。の負担になるくらいなら――

……
「だけど、神なら大丈夫なんじゃないかって、どうしてもそんな気がして」

何?

……ごめん今の嘘」
「へ?」
「ごめん今の言い訳。嘘じゃないけど、それはそうなんだけどそうじゃなくて」

は一転、視線を逸して腹のあたりで手を組んで深呼吸をしている。

「そういう不安とかまだあるんだけど、実際部活とちゃんと両立できるかなんて自信ないけど、でも、どう考えても、嬉しかった。ちょっと信じられない気持ちもあるんだけど、それでもすごく嬉しかった。だから、その、難しいかもしれないんだけど、挑戦してみたいって、そう思って……

言葉を切ったは、二の句が継げなくなって、思わず両手を伸ばした。その手を神はすぐに取る。

「神、ありがと、嬉しいです。よろしくお願いします」
「い、いいの……?」
「うん。これからも一緒に頑張ろ」

照れくさそうなを直視できなくて、神はぼんやりして真っ白な頭でそのまま引き寄せて抱き締めた。だいぶ身長差があるので体を屈めねばならなかったけれど、少し震えているような気がした。自分も、も。

……年末になったら、今度は神がジャージ、貸してね」

毎年ひとりだけ、神奈川のさらに選ばれし者のみが集う海南の、その頂点に手をかけた者だけが許される王者の証、ジャージに燦然と輝くエンブレム。それが牧の胸にあるのは、あとほんの少し。年末には神へと受け継がれていくものだから。

神は「うん」と返事をして、さらにぎゅっと強く抱き締める。今度はオレが、オレのジャージが君を温めるから。

あれとかこれとかそれとか、他の誰でもなく、オレがね!

無事にと付き合えることになった神は上機嫌、顔には出なかったけれどそこはそれ付き合いの長い部員たちは神の表情の微妙な変化に気付き、しかし神かが言い出すまでは知らん振りをしていてやろう、と気を使ってくれていた。

そういう周囲の人々の温かい心遣いがあるとは知らないふたりは早速居残り、普段は平日の放課後にやっているワークアウトだが、キャッキャウフフしながら長居していた。というか日曜で人も少なく、いつでも好きなときに間違いを犯せそうな理想的な環境である。

「そんな話してたの!? てか藤真さんのあの顔で……
「なんか可哀想だよな。対等な関係で話できる子もいなくて、だけどそんだけモテちゃうって」
「でもわかるなー。合宿で話すまで近寄りがたいと思ってたし」
「意外と花形さんの方が話しやすかったりしてさ」
「ほんとほんと。ああいう人が苦手教科の先生だったらなあ」

すっかり幸せモードのふたりは言いたい放題である。

……でも一応世話になったんだし、報告、しておこうかな」
「藤真さんに?」
「そう。勉強も見てもらったし、花形さんにも伝えてもらえれば」
「自撮りとかくっつけちゃう?」

いたずらっぽくが笑うので、神もニヤリと笑い返してやりつつ、ササッと藤真にメッセージを送る。と付き合えることになりました、っと。

「自撮りはいいよ。自慢してるみたいに見えたら、悪いし」
「そっか、そうだよね。彼女いないのに」
「でも、くっつけちゃうのはいいと思う」
「何をくっつけるの?」

それには返事をせず、神は目を閉じ、そっとキスをした。

――と、そういう幸せの絶頂の神がイチャコラしたままを送り、そのハイテンションを抱えたまま帰宅し、その様子を家族に見られないようにと慌てて部屋に入り、に好き好きメッセージでも送ろうか……と携帯を取り出したら、藤真から返信が来ていた。

「もげろリア充め 冬の予選、ブッ潰してやるからな」

藤真さんんんんんんんんん!!!!!!

END