イノセント

3

翌日、が神社にやって来ると、いつものように3人組がワイワイと騒いでいた。神社に来るのはいつも3人組が最初。次が、最後に清田。学校が終わる時間やそこからの距離などを考えると順当ではある。

「おー、。今日はミニーじゃないのか」
「昨日のは洗濯してるよ」
「今日のも可愛いね。信長も絶対可愛いって思うよ」
「そっ、そういうことじゃ……

3人に纏わりつかれたは大いに恐縮しながらベンチに腰掛けて荷物を下ろす。今日はバッグの他にコンビニのビニール袋が増えている。そしてパーカーはスヌーピー。

「昨日みんなお腹減ったーって言ってたじゃん。だからお菓子買ってきた」
……ほんとに気の利くいい女だな……
「だからさ、君らはほんと中身がおっさんなんじゃないの……あっダメダメ、信長来てからだよ」

それも練習や勉強をやってから。休憩中にみんなで食べようと思って買ってきた。

は可愛いし優しいし、信長にはもったいないくらいだね」
「ちょっ、何言ってんの! 逆だよ逆!」
「何が」
「別に私は可愛くないし、きっと学校では信長すごくモテると思うよ」

至極当たり前だという口調だっただが、3人組はものすごく嫌そうな顔をして首を突き出した。

「そうかあ?」
「だってバスケ部で1年生なのにスタメンだよ?」
「それだけでいいの女って」
「それだけって、信長だって優しいじゃん。一生懸命丁寧に教えてくれるし」
「それはそうだけど」
「意地悪言うわけでもないし、勉強は苦手みたいだけど、でもちゃんとやってるし」
「そういうところが好き?」
「うんうん、そういう――は!?」

ついそのまま乗ってしまったは途端に頬がピンク色に染まる。

「そ、そんなこと言ってないじゃん!」
「何で照れるの。いいじゃん、信長かっこいいだろ」
「そ、それとこれとは別だって」
「何で」
「あのね、信長がかっこいいかどうかってことと、私が好きかどうかは別でしょ」
「かっこいいから好きーでいいじゃん」
「ダメダメダメダメ」
「何でよ」

3人組はまたぺったりとくっついてを突っつきまくっている。は両側のタカヒコとタケルの手をしっかり握ってやりながら、ゆるゆると首を振った。

「あのね、ああいう人はちょっと特別なの。なんかいつのまにかシュート教えてもらうことになっちゃったけど、普通だったら私なんか仲良く出来るような人じゃないんだよ。ほら、あるでしょ、クラスの中で、上の方にいるって感じの子。信長はあれで、私は違うから。迷惑に、なっちゃうからね」

すると、正面から膝に寄りかかっていたトシローがビシッと指をさした。

「そんなのおかしい。なんでが信長のこと好きだったら『迷惑』になるんだよ」
「だって、断るのってすごく嫌なことだよ。そういう風にさせるの、悪いよ」
「だからなんで断るんだよ」
「そんなの当たり前じゃん!」
「だからなんで!」
「私より可愛い子なんか他にいーっぱいいるからだよ!」

言ってしまってからは悲しそうな目をして肩を落とした。3人はそれぞれ背中を擦ってやったり肩を叩いたり、頭を撫でてやったりしている。そして、タカヒコがゆっくりと静かな声で語りかける。

「オレたち信長と遊ぶようになって何ヶ月も経つけど、今の信長、本当に楽しそうだよ」
「そうかもしれないけど」
も楽しい?」

ついこっくりと頷いたは、直後にまた俯いてしまった。

、さっき言ったじゃん。かっこいいかどうかと好きかどうかは別、って。オレたちはのこと可愛いと思うけど、でも好きになるのにそんなこと関係ないんだろ? だったらいいじゃん。きっと信長もと一緒にいて楽しいって思ってるし、のこと可愛いって思ってるよ」

トシローとタケルも一緒になって可愛い可愛いと連呼するので、はまた真っ赤。

「だけどそんな、なんかドラマとか漫画みたいに恋してるわけじゃないんだよ。ただ、ああいう人と仲良くなったことなんかないし、バスケの練習してるの見てたりするとね、なんていうのかな、すごいなあ、かっこいいなあって、思っちゃうだけで……

の声がか細くなっていった、その時。4人の背後から清田の声が聞こえてきて、は飛び上がった。まさかと思うが今の聞かれてないだろうな!? だが、清田は3人組がにベタベタくっついているので呆れているらしかった。

「お前ら小学生だと思ってベタベタと。、嫌ならちゃんと拒否しろよ」
「お前じゃないからは嫌がらないよ。ずっと手繋いでたんだよなー!」
「そっ、そうだね」
「まあお前らなんか男っていうより『男の子』だもんなあ」
「なんだとー!」

3人組が清田に纏わりついているのをベンチに座ったまま見ていたは、サッと血の気が引いた。私、あの子たちに何言った? なんかすごく恥ずかしいことたくさん喋ったよね? てか私、信長のことそんな風に考えてたの? そういうこと思っちゃうって、自覚あったんだ。

そして3人組を掴んで振り回したりよじ登られている清田を見て、また思った。

言葉ではバカにしてるけど、ちゃんと遊んであげてる、そういうところ、かっこいいなあ――

神社で練習と勉強を始めてから1週間、清田は週明けから中間、は遅れてテスト期間に突入した。

は勉強出来るの?」
「うーん、どうなんだろ」
「信長よりは出来るよな!」
「信長も出来ないわけじゃないんだよ。バスケの方が大事なだけで」
「庇ってやるとか、は優しいね」

3人組は何かというとこうしては褒め、清田は小バカにしている。を突っつく目的なのか、ごく稀に清田をかっこいいと褒めることもあるが、まあ殆どがネタにして笑っている。

「でもさ、おかげでシュートたまに入るようになってきたじゃん。自分でもびっくりなんだけど」
「負けたら何されるかわかんないんだろ。しっかりやれよ」
「えっ、そんな怖いことにはならないと思うけど……

もし従兄弟との勝負でシュートが決まり、なおかつ向こうが失敗した場合、何をしてもらうかということはまだ未定である。というかしてもらいたいことなど本当にないのだ。清田に言ったように彼も部活で忙しくてバイトはしていないし、そもそも顔を合わせる機会だってそれほど多くなかったのだ。

それが勝負しようぜ! になってしまったのは偶然であり、3人組が勘繰るほどには親密ではない。

そこに清田がやって来た。

「まーたそんなにひっついて……お前らほんとにお子様だな」
「大人でも子供でも隠れてやるか見られてもいいかくらいの違いじゃん」
「子供じゃない方がベタベタしてるよなー」
「それに、くっつくだけじゃないじゃないか。チューしたりおっ――
「はいはいはいはいダンスィはちょっと黙ろうか~」

一言言うと3倍になって返ってくる上に、3人組は男子児童らしく下ネタが大好きだ。そしてに懐いている割にその辺は遠慮しないというデリカシーのなさ。今も清田は慌ててタケルの口を塞ぎ、両脇から腕を差し込んで抱き上げるとぐるぐる振り回した。タケルはきゃーきゃー歓声を上げている。

「なあなあ、が勝ったら何させるのがいいと思う?」
「小遣い出たとこ狙って何か欲しいもの買ってもらえばいいんじゃねえのと思うけど」
「少ない小遣いでやりくりしてるだろうから、それもちょっと可哀想かなあと」
「いらん仏心だな」

そうは言いつつも、自らも月額小遣い制である清田は「それは確かにツライ」と内心思っていた。清田の場合大部分が買い食いに消えるとは言え、例えば半額くらいをゴッソリ持って行かれてしまったら本当につらい。

「金が出ないとなると後は何だ? 何か重いもの運ばせるとか、恥ずかしいことやらせるとか」
「えー、どっちも興味ないよー。別に引っ越す予定もないし」
の部屋が汚部屋なら片付けさせるって手もあったけどなあ」
「ちょっ、汚くないから! 部屋が汚いのは信長でしょ!」
「見たこともねーくせに何言ってんだ! オレの部屋はめっちゃきれいです!」

そんなことを言い合っていると、は何かを思いついた顔で背筋を伸ばした。

「そっか、腕力か」
「そりゃお前よりはあるだろな。バスケ部っていうけど、どうなん高さは」
「んーと、全体的に信長よりちょっと大きいかなあ。それほどガッチリはしてないんだけど」

クソ野郎かもしれない従兄弟氏が自分よりちょっと大きいことが面白くない清田だが、そんなこと少しでも匂わせようものなら3人組が何を言ってくるやらわかったものではない。グッと腹に力を入れて我慢する。背が高ければいいってもんじゃねえんだよ。オレはまだ180に届くか届かないかってところだけど、ダンク出来るし!

「人のこと重いとか失礼なこと言ったんだし、お姫様抱っこさせようかな」
「は!?」

せっかく我慢していたのに、素っ頓狂な声が出てしまった。そして、もしが負けたら何されるかわかんねーな、という3人組の煽りは時限発火装置の如く清田の腹の底を焦がす。

「そ、そりゃ私だって一応女だから、憧れるくらいいいでしょ……
、そういうことじゃねーよ」
「いとこが勘違いするかもしれないぞ」
「何それ、しないよー!」

タケルとトシローに抱きつかれたはけたけたと笑っているが、笑い事じゃない。その勘違いは大いに有り得るし、元から好意があるかもしれないのだし、は単に重いと言った私を抱き上げてみろ! という罰ゲームのつもりかもしれないが、それはリスクが高くないか。清田は笑えない。

まあしかし、だからといって、それよりは他のことの方がいいんじゃないのか、とやんわり軌道修正をしてやればいいだけのことだ。なのに、腹の底がジリジリと焦げて燻っている清田はつい、言ってしまった。

「お姫様抱っこくらいオレがしてやるよ」

は停止、3人組は一斉ににんまりと唇を歪めた。

「いや、ほら、そんなのせっかく勝ったのに大したことじゃないし、別にお姫様抱っこなんて」
……まあ、信長も毎日鍛えてるんだし、くらいなら楽勝だよな」
「そ、そうそう、いとこが何言ったか知らんけど別にお前重くないと思う」
「いいじゃん、いとこからは小遣いむしり取ってやれよ。抱っこは今してもらえばいいじゃん」

さあて、大変なことになった。言い出しっぺはだ。そしてそれをスルーできなかったのは清田だ。3人組は最終的に後押しするようなことを言ったけれど、これに限ってはと清田が自分たちで招いたことだ。

「い、いいよそんな……怪我したら大変」
「そのくらいで怪我するほど弱っちくねーけど……
「だけど私本当に重いから」
「たまに先輩おんぶして走るけど絶対そっちの方が重い」

また3人組の視線がキョロキョロと往復する中をふたりは重い重くないで言い合う。が、埒が明かない。タカヒコがの手を引いてトシローが背を押し無理やり立ち上がらせた。

「だから、いいって!」
「大丈夫だって言ってんだろ、なー、信長」
「お、おう」

勢い立ち上がった清田の背はタケルがぐいぐい押している。はまた頬をピンク色に染めているが、清田の目の前に突き出されると怖気づいて手をバタバタさせた。

「ほ、ほんとにするの?」
「だから別に大したことじゃないって……
、遠慮すんな、お姫様になった気分でいいじゃん!」
「いや別に私がお姫様なわけじゃ」
「もー、グダグダうるさいな。信長抱っこしてやれ!」

3人が囃し立てるので清田は何も言わずに体を屈める。が思わずびくりと体を震わせて両腕を浮かせたので、そこから腕を差し入れてみる。は緊張しているのか、ガチガチだ。これでは持ち上がるものも持ち上がらない。

「大丈夫だから、力抜いて、んで、もしっかり掴まって。ぶら下がると危ないから」
「ご、ごめん、私が変なこと言ったから」
「もういいからそういうの。ほら、せーのでジャンプ。せーの!」

飛び上がったの膝の下に腕を差し入れた清田はそのまま全身を使って抱き上げた。3人組がわーっと歓声を上げ、ふたりの周りをぐるぐると回っている。

「ほら見ろ、やっぱりお姫様抱っこくらい余裕じゃん!」
「大丈夫だったろ!」
「そんなに重くないよな、なー信長!」
……ああ、重くないよ。全然平気」

腕に力を入れて上半身を持ち上げているは、顔が近いので思い切り顔をそらしつつ、けれどか細い声で「そうかな」と言い、そのまま自分の腕に突っ伏してしまった。恥ずかしくて爆発しそうだ。

一方の清田は想像以上に軽々とお姫様抱っこが出来たので、思考の半分くらいが「オレすげえ」で埋め尽くされており、後の半分は距離が近すぎることによる動揺を宥めるのに必死、という状態であった。3人組がなんか言ってるようだけど聞こえない。の匂いが鼻をくすぐりまくる。

「なにぼーっとしてんだ! 聞いてんのか信長」
「えっ? なんだようるせーな」
「お姫様なんだからくるりと回ってやれっつってんだよ」
「おお、そうか」

が自分でしっかりと上半身を支えているし、緊張も手伝って体はガチガチ、要は清田は下から支えているだけなので、ものすごく軽く感じる。タケルにそう言われると、何の疑問も感じずにそのままくるりと一回転してみた。驚いたは薄っぺらい悲鳴を上げて思わずぎゅっとしがみつく。

くるりと回ったかと思ったら3人組のことを言えないくらいにひっついてしまったので、慌てた清田は余計にくるくる回った。もうドキドキしている余裕もないは普通に悲鳴を上げた。

そうやってしばらく回転したのち、はベンチまで運んでもらって下ろされた。

、目が回ったんだろ!」
「信長、オレもやって!」
「お前お姫様じゃねえだろうが」
「抱っこでくるくるやれー!」

普段から振り回してもらっている3人組だが、トシローがはしゃいで纏わりついてくるので清田はから視線を外し、トシローを抱え上げるとくるくるやりだした。トシローの歓声がこだまする中、ベンチではタカヒコにくっつかれたが両手で顔を覆っていた。

、目が回っちゃったんだろ」
「うん……くるくるしてる……
「よかったな、夢がかなって」
「うん……
「だからいとこには何か別なこと考えておけよ」
「うん……そうする……

タカヒコが背中をゆっくり撫でてくれるので、は小刻みに頷き、そして口元を両手で覆ったまま、トシローを振り回している清田を見ていた。目が回る。まだくるくるしている。見ているだけでも、目が回りそう――

この日はお姫様抱っこ騒ぎで練習どころではなくなってしまい、早々に解散になった。はもう自主練でも平気なくらいには慣れてきているし、清田は一応テスト前で外をほっつき歩いている場合ではなかったりする。

そんなわけで、この奇妙な5人の午後は翌週を丸々休むことになる。さしもの清田もテスト期間中は学校と家の往復だけで、しかもに教えてもらったのだから少しは結果を残さないと、といつもよりは勉強を頑張った。その間も一応連絡は取っていたので、練習再開は週末と相成った。