七姫物語 * 姫×王太子

5

神が気がついた時、あたりは事件当時のように薄暗く灰色で静かだった。薄っすらと開いた目には見慣れない天井が映っていて、ぎこちなく首をひねると違う部屋で寝ているのだと気付いた。なぜ違う部屋にいるんだ? と一瞬思ったけれど、直後に全て思い出して納得した。一時的に別の部屋にでも入れられたか――

とりあえず生きてる――そのことが実感できたので神はゆっくりと、そして長く息を吐いた。

「あ、気がついた?」

吐ききったところでの声が聞こえたので、神は息を止めた。薄暗い部屋の中ではも灰色に見える。

……
「どこか痛む? つらいところとかない?」

ベッドサイドに近寄ってきたは屈みこんで掛け布団を直し、小さな声でそう聞いた。神は首を振る。あの時は眠っていたら突然口を押さえられて、「悪く思うなよ」だの「運が悪かったな」だのというお決まりの台詞を聞かされていただけだ。怪我はしていないし、気絶半分熟睡半分である。

……ここ、どこの部屋だ。何時間経った?」
「私の別荘で、今は夕方」
「べっ……は?」
「館の方は今大騒ぎだし、確かにあの館じゃ目立ちすぎるよねって話になって」

超豪華な館とは違って小じんまりとした平屋2棟が外廊下で繋がっている別荘で、唯一の資産である。元いた館からは馬を飛ばせば20分ほどで着く距離だが、あまり景色のいい場所ではないので人も少なく他の館もなく、ここが王女の別荘だと知る人も少ない。

「こんな質素なところで悪いんだけど、騒ぎが落ち着くまではここで我慢して。あと、ばあやさんとか最低限の人しか連れて来てないから、会議とかそういうのも出来ないんだけど……

神が引き連れてきた家臣団は全員王太子に忠誠を誓った人々であるが、それでもどこから居場所を嗅ぎつけられるかわからない。騒ぎが落ち着くまでは必要最低限の人員だけで避難ということになった。警護だけは万全にしなければならないので、別荘の周辺を切れ間なく側近と騎士団が固めているが、しばし神周辺はそっとしておく。

「えーと、じゃあ私も行くね。目が覚めたよってばあやさんに言っておくから。お大事――
「どこ行くんだ」
「どこって、館はまだ現場検証とかしてるし、城に戻るけど」

神が気がつくまでは目を離せないけれど、ばあやが1日中寝ずの番というわけにもいかないので、が付き添いを買って出ていた。別荘と言っても普段が使うことは滅多にないし、ここに神を運び込むと決まってから慌てて掃除をしたくらいだから、城に戻る予定になっている。

だが、そのの手を神が掴む。

「え、やっぱりどこか――
「行くな」
「はい?」
「ここにいろ」
……宗一郎」
「お前、オレの妻なんだろ。だったら、帰るなよ……

は何も考えずにベッドに腰を下ろし、神が掴んで離さない手をそっと撫でた。

「物々交換だったんじゃないの」
「そっちこそ、何で助けた。オレが死ねば結婚しなくて済んだのに」
……結婚とかはともかく、死んでほしくなかったから」

しかめっ面の神の視線から逃げるようには顔をそらし、手を撫でながら俯いた。

……見ず知らずの人と結婚しろと言われて、嫌じゃなかったけど実感はなかったし、恋とか愛とか好きとかそういうのはともかく、この先長い間一緒に過ごすことになるんだから、まずは友達になりたいなって思ってた。政略結婚でも、せめて何でも話せる友達みたいになれたらなって。……喧嘩したままなのは、嫌だったから」

仲良し夫婦に必ずなれるなんて思ってはいなかった。だからせめて友達ならと思っていた。現実はもっとひどかったわけだが、神がどれだけ偉そうでも実は悪魔でも、皮肉ばかりの喧嘩腰でもいいから友達なら何とかなるんじゃないかと思っていた。はそういう未来を諦めていなかった。そこには神がいた。だから助けたのだ。

それに、にはあんな風に意地悪を言うけれど、ばあやをはじめ彼を取り巻く人々は神をとても大事にしていて、彼を案じ、何とかして無事に生き延びてくれるように日々を務めている。そういう人たちを悲しませるのも嫌だった。

「でも、もう無理かもしれないって言われた。危なすぎるから、婚約は破棄になるかもって」
…………破棄、したいのか」

繋いだ手が強く握り締められる。が背けていた顔を戻すと、神は腕を突っ張って体を起こしていた。慌ててベッドの上に膝をついて支えようとしたは、そのまま腕を引かれて抱きすくめられた。片膝だけで取っていたバランスが崩れて、神の膝に抱っこされているような状態になってしまった。

「ちょ、どうし――
「オレの妻なんだろ、自分で言ったじゃないか」
「だけど、父上とか側近のみんなとかが」
「お前が嫌だって言えばいいことだろ」
「私!? そ、それだったらそっちも同じでしょ、宗一郎はどうしたいのよ」

ぎゅうっとしがみついている神の背中をパタパタと叩いたの耳元に神は囁く。

と一緒にいたい」

また普段のような喧嘩腰のつもりでいたはぴたりと止まり、息を呑んだ。

「どこにも行くな、オレのそばにいてほしい、破棄は嫌だ」
「そ、宗一郎、何言っ――

また真っ赤になりながら顔を上げると、有無をいわさずにキスをされては目を白黒させた。前回同様優しいけれど前回よりはちゃんとしたキスで、は身を捩る。だがそうやってもぞもぞすると余計にきつく抱き締められて唇を吸い上げられてしまう。やがてがぐったりとしてくると、ようやく神は解放した。

……何で、私を選んだの」
「実は一度だけ、会ったことがあるんだ」
「嘘」
「嘘じゃない。オレは身分を隠してたし、場所はこの国の建国記念の舞踏会だったし」

を膝に抱いた神は鼻がくっつきそうな距離でぼそぼそと話す。

「たまたま暗殺計画が事前に分かったから逃げてきたんだ。地方貴族のふりして舞踏会に紛れ込んでたんだけど、暗殺を企てた方も諦めてなかった。オレに腐ったものを食べさせて舞踏会から追い出し、具合が悪くなったところを狙おうと考えてたらしいんだ。だけど失敗した。オレに食わせる予定だったお菓子をお前が食べちゃった」

真っ赤な顔をしたままとろりとした目で話を聞いていたは不意をつかれてゴフッと吹き出した。

「わた、私そんな勝手に人のものなんて!」
「いや、給仕係のふりしてオレに届けようとしてたのに、途中でお前に出くわしちゃって、取られた」
……だけど私舞踏会の時にお腹壊したことなんてないよ」
「側近たちがあとで犯人を捕まえて吐かせたらそういう話になってたんだ。それで焦って姫の容態を確認しろって大騒ぎになった……んだけど、姫はケロッとしてて腹壊した様子はないって言うし、驚いた」

は両手で顔を覆って悶えている。神はくすくす笑いながらその手にもチュッとキスをした。

「それが3年前くらいか。その後に成人が近いから妃を探さないとって話になって、だけど始終命を狙われてるオレに娘をくれてやるなんて言い出す親はいなかった。それで……あの姫はどうだ、って。後で具合悪くなっても困るからしばらく様子を報告させてたんだけど、それによるととにかく健康で頑丈で活発で病弱な父親の面倒を見てるって言うし、小さくて観光資源頼りな慎ましい国の王女だし、いいんじゃないのかってことで話が進んで――

とにかくさっさと妃を確保したい神陣営にとっては都合がいい王女だったわけだ。案の定、求婚は受け入れられた。

「そういう……姫なら、オレと一緒に襲われかけても死なないんじゃないか、ちょっと怪しい食べ物は姫に食わせればいいんじゃないか、って話になったんだ。どうせド田舎の貧乏王家の王女だし、金使って見せれば浮かれて調子に乗るに決まってる、契約さえしてしまえばこっちのものだし、あとは少し脅かせば言うこと、聞くだろって、そう、思ってた――

ド田舎の貧乏王家の王女は間違いではない。ところが金をちらつかせても官民揃って喜んで感謝するだけだし、は脅してもへこたれないし、そうこうしてるうちに側近や使用人と仲良くなってしまった。

「今は、違うの?」
「今はそんなこと、思ってない」
「じゃあどう思ってるの」
……好きだから、離れたくない」

ぽたりとの目から涙がこぼれ、そして神にぎゅっと抱きついた。神もまた強く抱き返してふらふらと揺れた。

「私、もう一生、自分のことを好きだと思ってくれる人とキスしたり出来ないんだって思ってた。お前なんかただの物々交換だとしか思ってくれない人と夫婦にならなきゃいけないんだって思ったら悲しかった。だから、宗一郎、嬉しい、幸せ」

すっかり暗くなってきてしまった部屋の中、神はを抱き締めたままベッドに倒れ込む。

も、オレのこと好き?」
「最初に会った時からね、素敵な人だなって、思ってたんだよ」
「そうじゃなくて、言ってよ」
……好き」

そしてまた唇が重なる。

姫、オレのものに、なって……

は小さく頷き、のしかかってくる神の体を目一杯抱き締めた。

毒蛇事件から襲撃事件まで、事のあらましを聞いた国王こと父上はベッドで上半身を起こした状態で腕を組み、もったいをつけて頷くと「よくやった」と言ってかすかに震えていた。幼い頃から娘が武芸に秀でていることはわかっているので、ちょっと嬉しかったのだという。

国王とは言うものの自分が病がちである身ゆえ、無事に済んだものをとやかくいうつもりはないとし、むしろ方々の王侯貴族をしょっちゅう滞在させている国としては恥ずべきことだとして静養客の警備体制を今一度見直すように指示していた。

というところで、神は滞在期間を終えて国に帰ることになった。事件の報告と前後して神がどんなつもりであったかも父上に報告されたが、それについても彼は何も言わなかった。結果的に丸く収まったのだからそれでいい。

、ちょっとポーッとなってたもんなあ」
「その日の晩に『お前なんか物々交換しただけだ』と言われた身にもなってよ」
「だけど今は好きなんだろ」
……そういう話を父親とはしたくない程度にはまだ子供なんだけど」

イヒヒ、とニヤつく父上の薬の支度をしているはぷいとそっぽを向いた。

「宗一郎殿だってまだそういう子供なのに、大変だね彼は」
「あんな風に意地悪になっちゃうのも仕方ないかなと思うよね」
「結局その『会議』であれこれ画策をしてたんだろう? うまくいきそうなのか」
……たぶんね」

神が「婚約者の姫の地元で静養」を隠れ蓑にして館で何をやっていたかといえば、もう十数年彼を葬り去ろうとし続けている分家勢力を潰すための戦略会議で、毎日もたらされる情報を元に国の内外から手を尽くしていた。まだ一応王太子の身だし現国王の父親は穏健派だし、神も2年くらいを費やして少しずつ少しずつ外堀を埋めていたところだった。

しかし、帰国の段階になって神はその考えを翻した。もう充分策は弄した。神の方も油断していたとは言え、王太子の寝所に侵入して暗殺を図ろうとしたことは事実だし、は襲撃犯を叩きのめしただけで死んでないので身元も割れている。事を荒立てないつもりでいた神だが、長く引き伸ばしても堂々巡りが繰り返されるだけだと言い出した。

「ひと通り話を聞いたけど、まだ成人したばかりなのによくここまでまとめたなと思ったよ」
「元々お父上の代から引き継がれてきた土台があったからだって本人は言うけど」
「ははは、そりゃあ謙遜だよ。だいたいね、意地悪だったかもしれないけどを選んだんだよ。賢いよ」
……親の欲目でしょ」
「えっ、違う違う」

またよく考えもしないでいいかげんなことを、と思ってつっこんだだが、父上は真顔で首を振る。

「これから彼は分家をひっくり返して、自分の力で王座を勝ち取ろうとしてる。そんな時にお部屋で刺繍するくらいしかできることがない姫をもらったって、足手まといになるだけだろ。だけど宗一郎殿は元気で頑丈なを選んだ。バカで可愛いだけの女の子じゃなくて、を選んだんだ。彼はきっといい王になるよ」

そして父上はの頭をそっと撫でた。

……守るものが出来ると人は強くなるんだよ」
「じゃあどうして父上は弱っていったの」
「お父さんはお前を守ってたわけじゃなかった。王妃を失った喪失感をお前で埋めてただけだったんだよ」

を守ったのは城にいる全ての人々で、父上はの育児に依存することで何とか生きてきただけだったのだ。後添いの話が浮上してもを理由に逃げ、結局しか子供を持てなかったのは、また結婚をするといつか失うんじゃないかと怯えたからだ。

「だけど宗一郎殿は違う。とのこれからを守るために、強くなったんだよ」
「そうなのかな……
「何度もに助けてもらったからね、今度は自分がを守れるようになろうって、思ったんだよ」

父上に頭を撫でられながら、は真っ赤な目で静かに泣いていた。

「何かが始まる時は、痛みが伴うものなんだよ。いつでもそうだ。だけどそんなもの、いつか通り過ぎていくから」

帰国する神、はここに残る。婚約は解消されたのだった。

熱狂冷めやらぬ国民に対して婚約解消をどう伝えたらいいのか、これが何より父上を悩ませた。悩みすぎて熱が出るほど悩んだ。国民の方は神と一緒にも旅立っていくのだと思っているし、その時は盛大な式典があるものだと信じて疑わなかった。それをやっぱりやめますと言わなきゃならないのかと思うと胃が痛んだ。

だがこれには神が自ら婚約解消についての説明を文書で残してくれた。父上は喜んでそれを複製し、町の至る所に貼り付けさせた。神の説明はわかりやすいが説得力のあるもので、国民はがっかりしたものの憤慨したりはしなかった。神からもたらされた贈り物がそのまま残されたのも後押しになった。

婚約解消の理由として第一に挙げられたのは神の抱えるお家騒動であり、それが激化したためにに危害が及ぶことを恐れての解消であることが強調された。姫なら戦力になるのでは、と言いたくなる人々であったが、を守りたいのだという神の言葉には心を動かされた。神の思惑をきれいな言葉で飾りをつけるとこんな感じになる。

その実はを連れて帰るのには分家の執拗な攻撃がが邪魔なので、もうとっとと片付けてしまいたい、その時にやこの国にとばっちりが来ないように契約破棄にしておきたい、というものだ。を守りたいという点では同じだが、目的はどちらかと言えばブッ潰す方である。

出立の前夜はも神にべったりくっついてめそめそしたものだったが、前向きでめげないのこと、神の決断や気持ちを何より信頼していた。きっとまた一緒にいられるようになる。そう信じていた。

神の一行の帰国は皆に惜しまれ、彼らの長い隊列は沿道を埋め尽くす人々に見送られた。そこにかけられるのは、別れを惜しみ、いつかまた戻ってきてくれることを願う言葉の数々だった。神と一緒の馬車に乗っていたばあやはずっと泣いていた。そしてここにまたご挨拶に戻るまでは絶対に死ぬもんかと鼻息を荒くしていた。

ほんのひと月ほどの王女様ご婚約騒動、それは動物園と降って湧いた特別予算との心に少しの傷を残して消えた。舞い散る花びらがいつしか風に吹かれてひとひらもなくなるように、神の影は消えてしまった。

それから1年半の月日が流れた。

本人が頼むからやめてくれと懇願するも聞き入れられず、結局「記念動物公園」になってしまった動物園は観光客にも大好評、神が帰国する前夜はふたりきりで別荘にこもっていたので子供出来たんじゃないのと噂されていたが不発、国内はすんなり元通りだがひとりがげんなりする日々であった。

神からは時折手紙が届いたけれど、どこで誰が見て内容がすり替わっているかもしれない以上は返事を出すにも当り障りのない内容を記すしかなく、それでは結局恋文にはならなくてやっぱりげんなりしていた。

そうして1年半が過ぎた頃、大慌ての大臣が父上の寝所に駆け込み、このところだいぶ調子のいい国王とその王女に向かってひっくり返った声を上げた。

「今、たった今早馬が、宗一郎様が、分家筋がとうとう倒れたと報せが」

興奮して狼狽えている大臣を宥めて聞き出したところによると、とにかく国内での2大勢力扱いであった分家が崩壊して官位階級を剥奪され、王家は神たち本家筋だけで構成されることになったという報せだけがまずは飛んできたのだと言う。

さらに数日経つと、外遊中の王太子に刺客を放ったとして告発された分家筋とのやりとりの中で、それまで穏健派であった現国王がこれまた態度を一変させ、真っ向から対決の姿勢を見せてきたのだという続報が入ってきた。王家は真っ二つ、一時は戦闘行為を繰り広げるまでに発展したが、世継ぎを屠ることしか考えていなかった分家は、本家の「分家を家ごと潰す」ための策に嵌って足をすくわれてしまった。

どちらが悪いわけではなかったのだが、今この世を生きている国民は本家筋の統治しか知らないのだし、分家が3代に渡り本家の世継ぎを殺そうと暗躍していたという事実は不利に働き、その中で付け入る隙を与えない行動を心がけていればよかったものを、分家の過激勢力がこともあろうに一番幼い王女に危害を加えてしまった。分家終了の鐘が鳴ったことになる。

……国王陛下をそそのかしたのは宗一郎殿だったりしてね」
「だったり、じゃなくてそうでしょ」
「小さな王女様が無事で何よりだったね」
「世話係に一騎当千の女性をつけてたらしいよ」
「学んだことをちゃんと活かしたんだね。ほらほら、またに助けられたんだよ」

そんな報告が続々と届く中、人々はお家騒動の顛末よりも他の報せを待ち望んでいた。まだか、様をお迎えに上がりますという報せはまだか。そのために戦ってきたんだろう、何を置いても最初に迎えに来なきゃだめだろう!

それからふた月ほどで、皆が待ち望んでいた報せが届いた。神がまたやってきて今度こそを連れて帰るという。期待で膨れ上がっている人々は大爆発、神の到着までは3週間ほどかかるとのことだったが、一斉に町の掃除やら目抜き通りの飾り付けやお祝いの準備に取り掛かった。約2年振り2度目の王女婚約祭である。

到着が近付くと、城、目抜き通り、街を囲む外壁には両国の旗が翻り、それと一緒にと神それぞれの紋章をあしらった垂れ幕がかけられ、とにかくお祭り騒ぎだ。やがて一番近い町から王太子一行が出発したことが早馬で知らされると城下町の人々は一人残らずそわそわして家から出たり入ったりを繰り返していた。

そんな中、表門によじ登っていた子供が金切り声を上げた。

「来た! 王太子さま来たよー!!!」

これが合図となって城下町はいよいよ爆発寸前、そして表門に先頭が到着するやいなや、大歓声が目抜き通りに溢れた。さすがに今回は動物はいなかったけれど、あの時神に付き従ってきた家臣たちはまた全員一緒にやってきたし、中には城下の人々と顔見知りになり仲良くなっていた者もいて、涙と笑顔の再会行列状態だ。

そして一行はやはり神をしんがりに置いて進み、と国王の待つ王宮前までやって来ると、神の降り立つ場所を囲むようにして止まる。それほど広い王宮前ではないけれど、城下の人々が今にも零れ落ちそうなほどに詰めかけている。城からも覗く顔だらけで、今にも落下してきそうだ。

そんな中を神の乗った馬車が横付けされると、まずは中からばあやが出てきた。は既に真っ赤な目をしているし、ばあやもを見た途端嗚咽を漏らした。それを見た父上ももらい泣き、そしてこの日は神をこれまでずっと支えてきた側近たちもこみ上げるのを我慢している様子。

側近が合図の手を挙げると、城門の両側に並んだ兵士たちから喇叭が高らかに吹き鳴らされ、大臣に促されたは馬車の扉の真正面に立つ。それを待ってから、神は馬車を下りての前に進み出た。少しだけ大人っぽくなっただろうか。だけど表情から佇まいから、全てあの頃のままだ。神はに歩み寄ると、一礼して微笑む。

と神が初めてこの場所で出会ってから、実に2年の月日が経とうとしていた。政略結婚で物々交換だったはずのふたりはいつしか惹かれ合い、互いを慈しみ合い支えあう伴侶になることを望むようになった。それを思い出していた神は、少し屈むと優しい声でに囁いた。

「やっとお会い出来ましたね、姫」

はぼろぼろ泣きながら神に飛びつき、その瞬間、王宮前は歓喜の鳴動で包まれたのである。

めでたしめでたし、おしまい