(後藤材木店にて)
「大変ご無沙汰しています」
「こんなにデカくなって……なんだよ叔母さんに雰囲気がよく似てるな」
「あの頃の記憶戻ったって、本当なの」
「はい、まだ少し抜けてるところがありますが」
「だけど元気だったのよね? 病気も怪我も。ほら座って座って」
「はい、何も」
「ああ、10年一昔なんていうけど、本っ当に10年経ってこんな風にあんたに再会できるなんて」
「あの時はよっぽどお前さんを引き取ろうかって思ったもんだよ」
「ありがとうございました」
「それをあんた、こんなきれいな彼女まで、泣けてくるわ」
(涙ぐんでエプロンを目元に当てるサトル母)
「お袋、彼女じゃなくて、嫁」
「嫁!?」
「結婚したのか!?」
「もうすぐします」
「えっ? まだハタチよね? あれ? 子供出来たの?」
「いえ、そうじゃないんですが……」
「大丈夫か? そんな若さで……」
「あのな親父」
「……実は、もう随分前から母とは疎遠なんです」
「……そうか」
「今は仕事先の寮に入っています。それからこっちも、家族がいなくて」
「えっ、そうだったのか。ごめんミライちゃん」
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「なのでその、ふたりで生きていこうかと」
「そうだったの……ミライちゃんお仕事は?」
「……家族を失くした頃にちょうど高校生で、通いきれなくなって卒業出来ませんでした。なので、今はアルバイトを」
「そりゃあ大変だ。ふたりだけで本当に大丈夫なのかい」
「今のところ、オレの勤め先の社長が親代わりになってくれてて、親に教えてもらうようなことはほとんどその方に」
「それならいいけど……社長さんだって他人なんだし、なんか心配だわ」
「こっちに戻ってくるならいつでも力になるよ」
「何言ってんだよ親父、都会からこんなド田舎戻ってくるわけないだろ」
「ありがとうございます。できるだけ里帰りしたいと思ってます」
「ミライちゃんはやっぱり神奈川の出身なの」
「はい。割と近所で」
「どうやって知り合ったの」
「おいお袋」
「ええとその、私の家があったあたりは不良学生が多くて、それに絡まれているところを助けてくれたんです」
「うわまじか!」
「うんうん、鉄男くんらしいな」
「あらー、それはポーッとなっちゃうわよねえー!」
「は、はい」
「鉄男くんの方もかわいい子が困ってるの、ほっとけなかったんでしょう」
「ええと」
「いえ、鉄男さんの友人と、私の友人が付き合ってて。その縁で助けてくれたんです。だけどそれがきっかけで私が好きになってしまって、さんざん追いかけ回した挙句に」
「えっ、そっち!?」
「いやその、まあそんなところで」
「え、ええと、鉄男さんは神奈川ではずっと硬派で通してたんですけど、私があんまりしつこいので根負けしちゃったんです、はい」
「やだあ、なによこんな背が高くてモデルさんみたいな子にこんな愛されてやだあ、幸せじゃない」
「はあ、ありがとうございます」
「……私は、家族もいないことだし、遊び半分と言うか、高校生が彼氏欲しがるくらいの感覚だったんですが、お互いの事情がわかってきたところで、結婚しようかと言ってくれたんです。自分たちには家族がないから、それなら家族になったらどうだろうって」
「鉄男……」
「私には家族がいませんが、鉄男さんが家族になろうと言ってくださったので、私はまた家族を持てることになりそうなんです。だから、鉄男さんには本当に感謝しています。私は本当に勝手気ままに生きてきたので、役に立てることはないんですが、ずっと鉄男さんを支えていきたいと思っています」
「ううっ……こんな、きれいなだけじゃなくて立派な子探したって見つかるもんじゃあないわよ」
「まったくだ。鉄男くん、君も彼女を全力で守っていくんだぞ」
「はい。肝に銘じます」
「いやあしかし、これならお母さんもはるさんも安心だ」
「これをきっかけに連絡取ってみたらどう? そのうち孫が生まれたりすればお母さんだって」
「あの、すみません、その叔母の春美なんですが、墓はどこなのか、ご存知ですか」
「……墓?」
「えっ?」
「やだ鉄男くん、はるさん死んだと思ってたの」
「……死んで、ないんですか……!?」
「えっ、嘘!? オレも知らなかったぞ」
(身を乗り出すサトル、驚く後藤父母)
「えっ、知ってるもんだとばかり…… 」
「てかお母さんはそのこと知ってるでしょうが」
「ですからその、母とは本当に付き合いがなくて」
「付き合いがないって、お母さんでしょう」
「お、お袋」
「いいよサトル。……母は神奈川に越してからずっと機嫌が悪いままで、その内当時住んでたアパートに男を連れてくるようになりました」
「え……」
「そのうちオレがアパートに居るので男の家に行くようになり、オレも中学で悪い遊びを覚えてほとんど会わなくなりました。だけどなんとか高校に潜り込んだ頃から、母は家にいる方が少なくなり、生活していく金に困るようになりました。それで、興味もあったので、ガソリンスタンドでアルバイトを始めて、そこで働くうちに学校にも行かなくなり、家も出ました。今もそこで働いています。先日も社長に結婚の意志があることを伝えたら、すぐに正社員にしてやる、寮もふたりで入ってて構わないと言ってくれて」
「それじゃあ本当に親代わりだな」
「はい。社長の奥さんも彼女を気に入って自分のところで働いたらどうかと言ってくれたくらいで」
「それじゃミライちゃんもガソリンスタンドでアルバイトしてるの?」
「いえ、それはお断りしました。今後のことを考えると、ガソリンスタンドと寮の中でしか生きていかれない、社長夫婦がいなかったら何も出来なくなると思って。それに、私は私で外に出る習慣があった方がいいと思ったので。今は近くのスーパーでアルバイトしてます」
「こりゃ、まあ、しっかりしてるわ」
「こんなこと誰かに教わらないで自分で考えたの?」
「ええと、鉄男さんとよく話し合って決めています。判断がつかない時は社長や奥様にも相談して助けていただいています。そうやって寮にいる間に少しずつ勉強していって、きちんと準備をしてからふたりで生活を始めようかと」
「ま~これなら心配いらないわねえ」
「それでその、叔母の話なんですが」
「おう、そうだな。話が逸れたわ。はるさん、少なくともあの事件では死んでねえよ」
「だけどオレの記憶では顔が真紫で」
「もちろん心臓悪いってのにあんな無茶したから意識なかったし、そのまま病院担ぎ込まれたけど、間に合ったんだな。だけど手術しないことにはどうにもならんかったらしくて、それで一緒に神奈川に行ったはずだぞ」
「え!?」
「そこの記憶は抜けたまんまなのか」
「まあもちろんここには居づらいっていうのもあったでしょうけど、なんでも心臓を治すのに神奈川にいい医者がいるって話だったらしいのよ。だけど都合がつかなくて神奈川には行かれないままになってて、それであの事件でしょう。これを機にあなたとお母さんもはるさんと一緒に向こうへ行く、って話だったわよ」
「ええとその、一応、加害者ですよね?」
「確かに現行犯逮捕だったらしいけど、はるさん自力で起き上がれなかったって話よ。詳しいことは知らないけど、のちのち事件に関しては正当防衛が認められたって聞いてるし、まあその、樋口さんが亡くなっただけって形で終わったのよね。だから、少なくとも鉄男くんが引っ越した時はまだ生きてて、神奈川にいたはずよ」
「おっかさん、何も話してくれなかったのか」
「てか鉄男くんが事件後のことまで忘れてると思わなかったんじゃないか」
「直後のことはわかりませんが、自分の中で一番古そうな記憶の中にも叔母はいません。いつでもものすごく不機嫌な母親がいるだけで」
「あらあ、それじゃあ妹さんと仲違いでもしちゃったのかしら」
「仲のいい姉妹だったはずだけどなあ」
「その病院に心当たりとか、あったりしませんか」
「あー、すまんそこまでは。あんな事件がきっかけだったし、我々は何の挨拶もできなかったんだよ」
「鉄男、それに、病院は守秘義務があるんじゃないか」
「ああ、そうか」
「探す方法、ないんでしょうか」
「そりゃあ気まずいだろうけどお母さんに聞くしかないんじゃないのか。はるさんの心臓がちゃんと治ってれば、最低限居場所くらいは把握してるんじゃないかい」
「そう……ですね」
「ところでふたりともいつまでこっちにいるんだ」
「そんなに長くは……休みが取れたので行ってみようかということになっただけだったので」
「でも今日は泊まって行くんでしょう、ご飯食べていきなさいよ」
「え」
「そうだよ、てかホテルどこよ。オレ送っていくからさ」
「いえそのホテルはその時々で適当でいいかと」
「まー、若いんだしそうだよなあ、あはははは」
「えっ? じゃあまだ決まってないの? 泊まっていきなさいよ!」
「え!? そ、それはご迷惑では」
「大丈夫よ、うち今住み込みの職人さんいないのよ。だから部屋はいっぱいあるし、お風呂も大きいわよ」
「だったら酒も飲めるじゃん、どうよ」
「大丈夫か」
「平気平気」
「じゃ、じゃあすみません、お世話になります……」
(後藤材木店の敷地内にある、かつての住み込み従業員用の寮にて)
「そういえば昔はおじさんたちがいっぱいいたよな、ここ」
「住み込みの人がほとんどだったんだけど、ずっとうちで住み込んでたような人たちも亡くなったり働けなくなったりで、今は住み込みやってないんだ。だからここの離れも正直必要ないんだけど、けっこう丈夫に作ってあるからなんかもったいなくてな。何か有効活用できないかと考えてるんだけどね」
「悪かったな、なんか色々。飯だの酒だの」
「何言ってんだ、引き止めたのこっちだろ。ありがとな、ふたりともすげえ喜んでた」
「かなりお酒入ってましたね」
「お袋はもうダウンしてる。片付けは明日だな。親父とオレで勝手にやると怒られるから」
「明日、帰るよ」
「おおそうか。そしたら駅まで送っていくよ」
「すまん、助かる」
「いいっていいって。はい、ミライちゃんこれタオルな。鉄男のはこっち」
「てかお前親に散々突っつかれてたけど、大丈夫か」
「お前ら見ててテンション上がっちゃっただけだから大丈夫。オレが今その辺で彼女作って結婚したいなんて言い出したら激怒するんだから」
「余計な火種にならなきゃいいけど」
「平気平気。てかハタチで結婚なんて今時このあたりでも珍しいだろ。ヤンキーのデキ婚ならともかく、お前じゃなかったら眉ひそめるようなタイプだから気にすんな。てかいつ頃結婚すんの。式やるんなら呼んでくれよ」
「いや、そういうのはまだ何も」
「ミライちゃんドレス着たいだろ」
「和装もいいな~と思ってます」
「おお、いいねえ。鉄男紋付袴似合いそうだな」
「そうか……?」
「てか結婚したら子供作んの?」
「いや、それもまだ考えてない」
「そっかそっか、悪い、なんか結婚なんて全然自分では現実感なくて、遠い未来の話って感じがしちゃってさ」
「私もそう思ってました。26歳とかそのくらいがいいなあ、なんて漠然と思ってました」
「あのさ、すまん、一個聞いていい? ミライちゃんて鉄男の何がよかったの?」
「全部」
「まじか!!!」
「という勢いで追いかけ回したので、根負けしたんですよ」
「てかその、変な意味じゃなくてさ、君みたいな子、追い掛け回さなくてもいくらでも男寄ってきたんじゃないの」
「そんなこともないんですけど、親の過干渉を受けてて」
「え。もしかして」
「はい、初めての彼氏でそのまま旦那様です」
「まじか!!! えっ、鉄男は!?」
「オレもちゃんとした彼女はこいつだけ」
「まじか!!! うわオレさっきからまじかしか言ってねえ! すげえなお前ら。ごめん、バカにしてるとかじゃなくて、ほんとにそれでいいの」
「はい」
「まあいろいろ考えた末に決めたことだし」
「そっかあ、そうなのかあ」
「あの、サトルさん」
「んっ?」
「私小さい頃からバスケやってたので、考え方とかが基本的に体育会系なんです。なので、これで大丈夫だからやってみよう、っていうより、目標を定めて努力しよう!っていう考え方になっちゃうんです、なんでも。だから、結婚自体はふたりで決めたことなんですけど、てっちゃんならそれを一生全うできそうだから結婚したいとかではなくて、そのために努力していきたい人なんです。あとは単に私はてっちゃんがほんとに好きなので、お嫁さんにしてくれるって言うなら喜んで、っていう感じです」
「……いいなあ~オレもそういう嫁ほしい~」
「飲み直すか?」
「いや、明日お前たち送っていかなきゃならんから、風呂で頭冷やして寝るわ」
「悪いな」
「サトルさん、サトルさんも神奈川に遊びに来てくださいね」
「おお、行くよ、てか彼女連れていきたい」
「待ってます」
「じゃあ、ゆっくり休んでくれ。母屋からは距離あるし喋ってても平気だからな」
「おう。おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみ~!」
「………………てっちゃん、どうやったら春美探せるだろう」
「病院から遡るのは無理だよな」
「お母さん、本当に知ってるのかな」
「というかオレが完全に家を出たのは16の後半とかそんなんで、一応それまでも一緒に暮らしてたんだけど、はるの話題が出たことはなかったはずだ。やっぱり仲違いしたんじゃないか」
「そうすると聞いても教えてくれないか……。だけどちゃんと完治してるならともかく、もし治らなかったらやっぱり亡くなってたってことは考えられるよね」
「それもそうだし、もしきっちり完治してても退院してどこに行くやら」
「そうなんだよ~」
「お袋……当たってみるかあ」
「え。無理しないで……」
「無理じゃねえよ、ただ聞き出せるかどうかは怪しいってだけ」
「そか……」
「てか予想外の展開でサトルんちだけど……ほんとに大丈夫だったか?」
「えっ、全然平気。ちょっといじられ気味のてっちゃんとかレアなので大変楽しいです」
「……神奈川でどうだったかは話さねえ方がよさそうだな。てかマジで風呂広いぞ。一緒に入るか」
「まままままじでひゃあああ」
「なんだよ、別に初めてでもないだろ」
「いやその、なんかここすごく昭和感たっぷりで、なんていうの、駆け落ちしたカップルみたいじゃん」
「まあ、実際昭和の建物だし昭和のおっさんたちが生活してたんだし」
「ひなびた感すごいよね。廊下から欄干のある階段なんて初めて見た」
「まあ、お前未来人だしな」
「うわ、駆け落ちとか言ったからぞわぞわしてきた」
「じゃあ今日はそういう設定でどうぞ」
「えっ、ほんとに!? てっちゃんそういうの大丈夫なの!? ひゃあああ早くお風呂行こひゃあああ」
「そんなテンション高い駆け落ちがあるかよ。不幸そうな顔しろ」
「ひゃあああてっちゃん厳しいいいい」