エンド・オブ・ザ・ワールド supplement

プロローグ

(エンド・オブ・ザ・ワールド4頁のその後、事後)
……てっちゃんの手、おっきいね。私、女の子の中に入ると手でかいから自分の手嫌いだったんだけど、てっちゃんの手の中に入っちゃうね」
「これだけ身長が違えばな」
「えへへ、嬉しいな~てっちゃんだと私普通サイズに見える」
「縦に長いだけで他は大して……
「あー、てっちゃんとくっついてちゅーとかしてんの幸せ~」
「そういうもんか?」
「てっちゃんはそーいうの、ない?」
……今まではな」
「今はあるの?」
「さあな」
「えー! 言ってよーミライちゃんとイチャコラしてんの幸せ?」
「どうだろうな」
「んもー! 可愛くないな! かわいいミライちゃんこーやってぎゅーってしてて、それって幸せじゃない?」
「そうかもな」
「ガード固いなほんとに」
「そうでもねえよ。自分では異常事態だ」
「どういう意味?」
「だから言ったろ……誰かと付き合うとかそういうのは興味なかった」
「あのー、また単なる興味本意なんだけど、好きな子とかいなかったの」
「いなかった」
「おお、そっかあ……
……中学入ったくらいから荒れだしたからな。女にモテたくてチャラチャラしてたわけでなし、同世代の女は寄ってこねえよ。お前がおかしいんだ」
「えええええ」
「あのねーちゃんはともかく、お前が平気でオレにまとわりついてくるのが不思議でな」
「それは単にてっちゃんの周囲の女の見る目がなさすぎなんじゃないですか」
「お前がおかしいとオレは思う」
「ひどい」
「ふん……ほんとに何がいいんだか」
「全部ー!」
……
「その目は何」
「やっぱりお前がおかしいと思う」
「違うよ。てっちゃんがそんな成りして自虐なだけだよ」
「そうか? その辺の女に聞いてみな、お前がおかしいから」
「あのねえ、平均的イコール正解じゃないの。私はてっちゃん包容力あるし優しいしちょっとツンなとこも可愛いと思ってるし、見た目だって背高いしいい体してるしイケボだし、すっごいハイスペックなんだからね!」
……言い過ぎじゃないか」
「照れる? でも私には本当なの。私てっちゃんのこと好きでよかったなあって、こんなかっこいい人と一緒にいられてうれしーって思う」
……今日は送り返すけど、そのあとお前どうするんだ」
……うん、まあもう少ししたらの家は出ようと思ってる。帰らなくてもいいやって思っちゃったし」
……うち、来るか?」
「えっ」
「事務所の二階だけど普通の家と変わらねえし、下の事務所も常に人がいるわけじゃないし」
「えと、それは、えーと、遊びに行く、わけじゃなくて?」
……ああ」
「それは、もしかして、一緒に住んでもいいって、こと?」
「そう」
「いいの……?」
「何も、ねえけど」
「そんなの……うん、行く、てっちゃん家いく。私バイトするし、お家のこともやるから」
「はは……結婚みてえだな」
「えへへ……そーいうのちゃんとできたら、お嫁さんにしてくれる?」
……出来なくても、いいけど」
(ミライ、抱きついて締め上げる)
「てっちゃん……!」
「隠してることも別に話さなくてもいいし、帰りたくなったら帰ればいいし」
……帰らないよ」
「それはまあ、好きにすればいい」
「ううん、帰らない。私てっちゃんとずっと一緒にいる」
……そか」
「それと、隠してること、てっちゃんの部屋に行ったら、全部聞いて」
「いいよ」
「それでもてっちゃんが平気だったら、一緒にいて」
「別に大丈夫だと思うけど……あの子の家、出たら、オレのとこ、おいで」
「はい、行きます。待っててね……

(数日後の深夜、鉄男宅近くのコンビニ)
「あっ、てっちゃん」
「迷わなかったか」
「平気。スタンド通り過ぎて来たけど、大きいお店だね~! 事務所もなんか思ってたより全然大きくてびっくりしたし、コンビニ近いしスーパーもあるしレストランなんかも並んでるし、便利なとこだね」
「買うものあるなら」
「てっちゃんは?」
「いや、特には」
「ご飯は?」
「これから。……食べに行くか」
「うん! えーと、てっちゃん確か明後日お休みなんだよね?」
「ああ」
「その時、話聞いてくれる?」
「いいよ」
「ひどい話なんだけど、聞いてね」
……今更嫌いになんてなれねえけどな」
「話聞いて、それでもよかったら一緒に――
「心配するな、大丈夫だから」

(さらに2日後)
「私……26年後の未来からタイムスリップしてきたの」
「お、おう……そうか」
「頭ごなしに否定しないでくれてありがとう。とりあえず証拠になりそうなものをいくつか。まずこれ、小銭」
「小銭?」
「年号のところ、見て。未来の数字でしょ」
……ほんとだ」
「この小銭は最初にこの時代に来た時に使えないのを弾いてそのままになってたやつ。で、次がこれ」
(スマホを出す)
……ポータブルテレビか? 薄いな」
「ううん、これ携帯」
「ボタン、ないのか」
「これタッチパネルなの」
「うお、ほんとだ。画面すげえな……
「次に……私の……学生証なんだけど、てっちゃん、本当に本当のこと知ってもいい?」
……知る必要が、あるんだろ」
「少なくとも私と一緒にいるなら」
「なら聞くよ」
「ショックなことかもしれないけど、あの、無理なら無理でもいいから、その――
「オレがお前のこと好きなのは変わらねえよ」
「う……てっちゃん、ほんとごめん、私が欲を出さずにさっさと未来に帰ってればこんなことに巻き込まずに済んだのに、私がどうしてもてっちゃんと一緒にいたくて」
「おい落ち着け、ミライ」
(ぎゅっと抱き締める)
「はい……
「それはお前だけのせいじゃないだろ。オレが応えなければ引き止める理由もなかった」
「でも……
「その話が本当ならお前は今この世に存在しない人間なんだろ。いなくて当たり前だったんだろ」
「てっちゃん……てっちゃん……
……お前がいなかったらオレの人生にはこういうことは起こらなかった。だから――
「違うの、違うのてっちゃん、起こらなくなかったの」
「え? ――まさかお前」
「これ、見て。学生証。私、本当は『ミライ』じゃないの。生まれるのは、今から8年後」
「三井……
……私、寿との、子供なの」
…………三井と、あのねーちゃんの」
「あのふたり、あのまま結婚、するの。それで生まれたのが、私。私は26年後の世界では、17歳、高2、てっちゃんは遠いところで……結婚、してる……
………………
………………
………………
………………ごめんなさい、本当に、ごめ――
(鉄男、ミライをもっと強く抱き締める)
「て、てっちゃん?」
「帰らなくて、いいのか」
……うん」
「三井と、あのねーちゃんが、親が待ってるんだろ」
「だ、だけど、てっちゃんと一緒に、いたかった、から……
「親よりも、オレを取るのか」
「てっちゃんが、私のこと好きで、いてくれる限りは」
…………お前、オレのこと前から知ってたのか」
……てっちゃんは、私の初恋の人、なの。4歳の時、お父さんのお嫁さんになるって1度も言わないまま、てっちゃんのお嫁さんになるって、言い出した、くらいで、だけど実際の年齢差は28歳、しかもてっちゃんは私が中1の時に結婚して、私も幼馴染のことが好きで、私の世界はそういう世界だったの。だけど、この世界には、26年前の世界には、たった3歳しか違わなくて、結婚してないてっちゃんがいたの、そんなの、我慢出来なかった、私は幼馴染が好きなんだってずっと思ってたけど、その前からあったんだもん、なくならなかったんだもん」
「ミライ」
と話さなきゃいけなくなって、本名名乗ったってよかったけど、つい、未来から来たからミライって」
「ミライ」
「ほんとはそんな名前じゃないのに、嘘、ついて」
「ミライ!」
……はい」
「お前が、その、未来から来たことは、信じる」
「うん……
「あのふたりの子供っていうのも、わかる。お前三井によく似てるから」
「うん……
「でも、それが何だ」
「てっちゃん……!」
「名前もどうでもいい、問題は、お前がいつまでここにいられるかだ」
「いつまで……?」
「その、どうやってタイムスリップしたんだ」
「あ……これ」
「腕時計?」
「に見えるけど、これがタイムマシンなの。短針が右の時間、0時から6時までは未来に、短針が左の時間、6時から0時までは過去に、ここは月日、1から60長針の数字の分だけ、年単位で同じ場所に移動できる。1回飛ぶごとにこのバラの飾りの花びらが減って、たぶんこれがなくなったらもう使えないんだと思う」
「まだ20回以上残ってるな」
「てっちゃんに振られたら帰ればいいやって思ってて……
「てことは、細かいことはともかく、帰らなきゃいけないリミットがあるわけじゃないんだな」
「うん、それはそう。まあその、もしなが~く付き合ったとしても、やっぱりダメでしたってなったら、数年先に戻れば行方不明になってた私が戻るかな、とか」
…………ダメに、ならなかったら?」
……このままこの時代に、いる」
……本当にそれでいいのか」
……うん」
……ミライ」
「はい」
「結婚、しようか」
……はっ?」
「オレにも家族はいないし、お前の知る遠い未来には嫁がいるのかもしれないけど、オレはお前がいい」
「てっちゃん……
「お前はもう10年以上オレのこと知ってるんだろうけど、オレは1ヶ月も経ってない。だけど自分でもおかしいんじゃないかって思うけど、お前のことは好きなんだよ。あいつらの子供ならオレの話も聞いてたかも知れねえけど、オレは本当にロクな人間じゃない。それを嫌とも思ってなかったし、むしろ今こうしてお前のこと抱き締めてる自分の方が異常だと思うけど、それでもお前と一緒がいい」
「てっちゃ……私、この世に存在しない化け物みたいな、そういう人間なんだよ、結婚て、私、戸籍もないんだよ」
「籍を入れる入れないじゃないだろ、そんなの。一緒にいられればそれでいいよ」
「ここにいる。てっちゃんとずっと一緒にいる。てっちゃんの、お嫁さんに、なる、ふええええ」
「ははは、4歳の時の初恋タイムスリップして叶えたなんて、漫画みてえだな」
「うええええ」
「泣き方汚えなあ、おい。……ミライ、愛してるよ」
「うえええええええええ私もおおおおお」

(数時間後、リビングのソファで並んで)
「ミライ」
「ん? どした?」
「えーと、その、あの腕時計って、誰でも使えるのか」
……使ってみたい?」
「という程ではねえんだけど……ちょっと気になるというか」
「聞いてもいい?」
……前に話したろ、新潟出身だって」
「うん」
「オレが住んでたのは本当に田舎で、山がすぐそばで、オレはそこで育って、9歳の時にこっちに来た」
「うん」
「その理由ってのが、父親が死んで母親が離婚したから」
……ん? 亡くなったから離婚したの?」
「一応そういうことになってる。子供だからよくわかってなかったけど……今考えると、おかしい。ある日突然『お父さんが死んだから名前が変わって引っ越す』って母親に言われて、覚えてる限りでは葬式にも出てない」
「離婚してから亡くなったならともかく……それは変だよね」
……やっぱりおかしいよな」
「お母さんは何も言わなかったの?」
「言わなかったし、こっちに来てしばらくして男連れ込むようになって、そのままオレも家出たからな」
「そっか……大変だったね。寂しかったよね」
……そのおかげで今こうしてるんだから、そんなに悪いことでもねえよ」
(ミライを抱き寄せる)
「てっちゃんは、ほんとに、実は、ものっすごい、女たらしなんじゃないんですかー」
「どういう意味だよ」
「いちいちキュンと来ること言うんだもん心臓もたないよ、もー」
「心臓……
「そうだよ、てっちゃんの低い声で甘いこと言われると心臓ずきゅーんて。ずきゅーん」
「そういえば、心臓患ってた人が、家に」
「へっ?」
「誰だか覚えてねえけど、家に……その時の家が古い田舎家みたいな感じで、あんまり記憶がねえんだけど、奥の方の部屋にいつも誰かが寝てて、心臓が悪いとかなんとか言ってたような……
「一緒に暮らしてたのは、ご両親と、てっちゃんと、その人だけ?」
「いや、祖父母もいた」
「そのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんて、父方? 母方?」
「たぶん父方」
「てっちゃんてひとりっ子だったの」
「そう」
「他に覚えてる親戚とか、ご近所の人とか」
「うーん、あんまり……。たぶんその心臓患ってる人、多分背の高い女の人だと思うけど、その人と遊んでたような……
「田舎の大きなお家だとご近所ともフレンドリーな感じってイメージあるけど」
「どうだったか……何しろ朝起きて学校行って、帰ってきたら即遊びに行って暗くなったら帰ってきて、飯食って風呂入って寝る、っていうことを365日だったはずだ」
「あんまりお家の中とか大人の人が何してるのかとか、見てなかったんだね」
「神奈川に引っ越したのが9歳だったけど、その前からひとりで寝てたな。それもオレの部屋だけ離れた場所にあって、山で拾ってきた虫とか隠してても見つからないから気楽だったけど……たぶん、それよりもっと前からひとりで寝かされてた気がする」
「怖くなかった?」
「別に怖くは……。さっき言ったろ、学校帰ってきたら暗くなるまで駆けずり回って、って。小さい頃からそんなんだから、飯食って風呂入ったらもう眠気に勝てなくて、だから親と一緒じゃなくても平気だった。即落ちして気付いたら朝」
……そんな頃からずっとひとりで寝てたの」
「そういやそうだな。誰かと一緒に寝るとか、うーん、それ以降では同じ布団で寝るのはお前がほぼ初めてのような」
「てっちゃん、人間なら誰でも寂しいとか煩わしいとかあると思うんだけど、そういうの、遠慮なく言ってね。ひとりがいいなら離れてればいいし、くっつきたくなったらくっつけばいいんだし」
……ああ、そうだな」
「試してみようか、タイムスリップ」
「どうやって?」
「あれね、場所は動けなくて、同じ場所で時間だけ移動するの。だから、もしてっちゃんが昔住んでた所が気になってたら、そこへ行ってみて、それでタイムスリップしてみればいいんだと思う」
「ふたり一緒に出来るのか?」
「えっ、私も行くの!?」
「えっ、行かないのかよ!」
「いやその、ふたりで飛べるかどうかは……わからなくて」
「うーん、使い方もよくわかんねえからな……
「まあそうだよね。じゃあ一緒に行けるかどうか試してみようか」
「どうやって?」
「てっちゃんここには何年くらい住んでるの」
「あー……もう4年とかそんな」
「その間にてっちゃんが絶対、丸一日ここにいない年月日がわかれば、ここで確かめられるよ」
「去年とかでもいいのか」
「大丈夫」
「社員旅行というか……去年の夏にスタンドの連中と一泊旅行行ってる。早朝から出かけて翌日の深夜になって帰ってきた」
「おお、ばっちりだね。じゃあ明日やってみよう」
……すまん」
「えっ、なんで謝るの」
「別に、どうでもいいこと、だろ」
「えーと、夫の気になることは私も気になります」
……お前な、すぐ人のこと甘いだの何だの言うけど、お前も大概だろよ」
「きゅん、て来た?」
……たぶん」
「だったらそういう顔してよー」
「どういう顔だよ」