セブン・ワンダーズ

私、。最近不思議に思ってることがある。

花形って、なんで運動部なのに眼鏡なんだろう。

私、それほど運動神経いい方じゃないけど、眼鏡なんかかけてたら邪魔な気がする。まあ、マラソンみたいに淡々と走ってるだけなら落ちることもないかもしれないけど、バスケだよ? あれだけびょんびょん飛び跳ねて走ってたら、落ちる気がするんだけど……

そういうのは素人考えっていうんだろうか。確かに眼鏡壊したなんて話は聞かないし、その上前髪まで長くて、素早く動かなきゃいけないスポーツなのに、何か眼鏡じゃなきゃダメな理由でもあるのかな。

ていうようなことを、目の前の花形を見ながら考えてたら、気付かれた。

「何」
「うん……何で眼鏡なんだろうなーと思って」
……視力が悪いからに決まってるだろ」

本日私と花形は日直。日誌記入と6月の課外授業の資料作成担当分の作業中。これが大人しい気弱な女子なら、私がやっておくのでどうぞ部活行って下さいってなるところだし、実際バスケ部なんかは1年からそういう扱いを受けてきただろうけど、私は甘やかさない。

花形とは2年からクラス一緒で、そこそこ仲もいい方だと思うけど、私と日直組まされると部活に遅れるので面白くなさそうだ。でも、そういう特別扱いはインターハイ優勝してきてから言いなって話でしょ。

「いや、そうでなくて……。運動してる時に眼鏡って危ないんじゃないのかなって」
「そうでもないけど」
「ずり落ちたりしないの」
「あるかもしれないけど……気にしたことないな」

言われると気になるのか、花形は右手の中指でブリッジを押し上げる。しかしでっかい手だな、ほんとに。

「コンタクトにしないの」
……まあ別に眼鏡で問題ないし、コンタクトはケアが面倒だろ」
「使い捨てなら捨てるだけじゃん」
「高いし」
「あと何でそんな前髪長いん」

この際だから気になったことは全部ブチ撒けてみようか。私が畳み掛けるので、花形は作業の手を止めて体を起こし、ハーッとため息を付く。ついでのその長い前髪をバサリとかき上げる。

「特に……理由はないけど」
「それも邪魔にならないの。視野が狭くなりそうに見えるけど」
「それもないけどなあ。てか何なんださっきから」
「バスケするのに、その目周りどうなん、て思ったから」

他意はない。これはほんと。花形もフヘッて変な声で笑ってる。

「言うほど問題ないんだけど、まあそうだな、お前って口固かったっけ」
「固いというか、別に言うなってんなら言わないけど」
「そんな深刻な話でもないけど、言いふらすなよ」

2つ合わせた机に身を乗り出した花形は声を潜める。

「トラウマがあるんだ」
「トラウマ?」
「小学生の時、同じクラスのやつがふざけて朝顔の支柱を振り回してたんだ」

その支柱が花形の目ギリギリを掠めていったらしい。

「以来、なんとなく目の周りが無防備な気がして」
「眼鏡と前髪で防御してるって?」
「まあ、その方が落ち着くっていうくらいだけど。だけどコンタクトは普通に怖い」

言ってから花形はちょっと恥ずかしそうな顔して苦笑いしてる。それはそれは――

「意外」
「体がデカくたって怖いもんは怖いんだよ」
「まあそうなんだけど。コンタクトの方が楽そうだけどなあ」
「よく言われるけど、てか、あれ何で痛くないんだ」
「何でって言われても……ああそうだ、してみる?」
「は!?」

私もあんまり目はよくない。中学生の時は授業の時だけ眼鏡してたけど、高校入ってからはコンタクトにしてる。で、最近ちょっとまた近視が進んじゃって、今使ってる使い捨てが合わなくなってきてた。残量も少ないから次は検眼しなおして作らなきゃな、なんて思ってたところだ。

だから1枚くらいダメにしても大丈夫。

「いや、してみる、ってあのな」
「ハードは確かに痛いかもしれないけど、ソフトは装着感ゼロだよ。視力戻ったみたいな感じするよ」
「まさか」

今どきこんなこと言う人いるのかと思ったけど、使ったことないんだからしょうがないのかな。ポーチの中からコンタクトを取り出して見せると、花形は屈んで覗きこんではみるけど、手で触れようとはしない。

「度数は合わないだろうけど、痛くないっていうのはわかると思うよ」
「えっ。いや入れないぞ」
「試してみればいいのに~。ビビりだなあ」
「そういう問題かよ」

途端に花形は体を起こして身を引いて、めっちゃ逃げてる。……逃げられるとさ、追いかけたくなるよね。

「だいたい花形ってポジション、センターでしょ。ゴール下で押しくらまんじゅう状態じゃん」
「押しくらまんじゅう言うな」
「それだけ身長あったって手は出てくるわ飛ぶわボール飛んでくるわ……やっぱ眼鏡危ないよ」

一応それは事実だから、花形は腕組みをしたまま項垂れてる。たぶんこの人、そういう理屈はちゃんとわかってるんだよね。コンタクト……ソフトレンズの方が危険が少ないんじゃないかって。だけど「目の中にレンズを入れる」ということがイマイチ受け入れられない――そんな顔してる。

しょうがない、バスケ部の副部長な上に成績もいい君のために雑学をば。知ってるかな?

「ミスターハナガター」
「なんだいきなり」
「コンタクトレンズ、最初にその原理を発明したのは誰だと思いマスカー」
「誰?」
「レオナルド・ダ・ヴィンチ」
「へー!」

案の定食いついた。

「その頃はまだ目の中にレンズを入れるっていう形ではなかったんだけどね」
「ほんとに何でもやるんだな」
「つまりそのくらい歴史があるわけよ、コンタクトって」

だいぶ大袈裟に言いました。ほんとは100年ちょっとくらいです。だけど花形信じてるみたいだし、いいか。

「てかさ、そんなに痛かったら誰も使わないじゃん?」
「う、まあそうなんだけど……
「どーよ、チャレンジしてみない」

踏ん切りが付かないようなので、私は椅子ごとずりずりと移動して花形の正面に陣取った。何しろ相手は2メートル近いので座ったままだと手が届かないけど、ここで立ち上がればベスポジ!

「今年は最後の年なんだし、素顔デビューしようよ」
「そういう目的でするものかよ」
「藤真ばっかりキャーキャー言われたままでいいの?」
「いいよ別にそんなこと!」

藤真と聞いてブハッと吹き出してるけど笑い事じゃないぞ! 私は除菌ウェッティーで手を拭き、コンタクトのパッケージを開いて、立ち上がる。まあそれでも、ちょっと私の方が目線が上になるかな。だけど顔を上げてもらえば全然大丈夫。

「え、ほんとにやんの?」
「試してみるくらいいいじゃん。薄型ソフトだし、絶対痛くないから」

まだちょっと躊躇ってるみたいだけど、私がレンズを指に乗せて見せると、想像以上に薄かったらしくて、息を吸い込んでから眼鏡を外した。――ええと、眼鏡してないところ初めて見ちゃった。何か変。花形って感じしない。別の人みたい。だけど、うん、思ってたよりは全然かっこいい、ような気がする。

「痛かったら言って」
「わ、わかった」
「私右利きだから、左に入れるね」

顎に手をかけて少しだけ上を向かせて、前髪を払って、左の人差し指と中指で目の下を押さえる。きちんと右の人差し指にコンタクトが乗っているのを確かめながら、近付けていく。

「目は上向いてていいよ、そのままそのまま」
「うおお、マジか」

指が近付いてくるのは見えない方がいいだろうし、そう言われた花形の黒目はぐりんて上向いた。ついでにやっぱり怖いのか、私の肘にギュッと掴まってる。私は開いてる白目に向かってコンタクトを貼り付け、そのままちょっと上にずらした。あとは視線が戻れば黒目に嵌る。

「どう?」
「お、おお、ほんとだ、痛くない。てか度数近いみたいだな、よく見える」
「えっ、ほんと!?」

結果は上々、私は思わず目をきょろきょろさせてる花形の顔を覗きこんだ――ら、なんかすごく近かった。

あっれ、やばい、何これ、すごい至近距離なんだけど。

初めてのコンタクトでビビってた花形は両手で私の肘に掴まってて、今もそれがそのままで、私は座った花形の両足の間に立つような感じになってて、コンタクト入れるくらいだから、それはもうほとんどくっついてるような距離で……

……よく、見える」
「い、痛くない?」
「平気、何も、感じない――

たぶん私も花形も何も考えてなかったと思う。ぼそぼそ言いながら、吸い寄せられるみたいにして近付いていって、最後はぐいって引き寄せられて、チューしちゃった。しちゃった。しちゃった……

しちゃった、って言ってもさ、これ、お互いに完全に勢いだし、数分前まではこんな展開想像すらしてなかったし、この状況で何て言えばいいのかなんてわかんないよね、普通。で、言葉が出てこないから、またチューする。2度、3度――

そんなことしてたもんだから、私は花形の肩に腕を滑らせると、へなへなと崩れ落ちた。花形が抱きとめてくれて、膝に抱っこしてもらってるような感じだ。なんかもう大きすぎて親に抱っこしてもらってた頃を思い出す。だけど親と違うのは、やっぱりドキドキしてるってところで。

花形の指がするすると髪に絡んで、背筋までぞくぞくしてきた。

……こういう時は、コンタクトの方がいいな」
……やっぱり眼鏡のまんまでいいよ」
「え。お前が――
「コンタクトは、こういう時だけにして」

遅まきながら素顔デビューしちゃって、花形もいいかもしれない、なんて思われたら困る。

「あと、こういうのは……私だけにして」

髪を梳いていた指が止まって、またキスが降りてきた。ほとんど勢いとノリみたいなもんで、気持ちを育てて行き着いた感はゼロ。だけどそれはそれなりに独占したいって気持ちはある。恋愛に対してこだわりがある人はうるさく言うかもしれない、だけど、こんなんでも私、花形のこと好きだよ。

「じゃあ、こういう時はまた、がコンタクト、入れて」

だから、このタイミングでいきなり名前で呼ぶとかやめて!

END