ゆきのよる

藤真編 1

藤真家は特別過保護だったわけでも、大の仲良し家族だったわけでもなかった。だが、長くふたり目を望んだ両親に2度目の子供が授かることはなく、藤真健司はひとりっ子で育った。

そんな事情が関係しているかどうかは定かではないが、親ふたりは息子を全力で応援してきた。

健司は小学生の頃からバスケットに夢中で、しかもそれが合っていたらしく、才能はめきめきと開花、努力は何度も実を結んで彼を優秀な選手へと育てていった。いや、それを育てたのは実質ふたりの親だったと言っていい。

どちらも働いていたけれど、息子の部活動には協力を惜しまず、息子ひとりの手に余ることは何でもサポートしてきた。なので健司は生活の中の煩わしいことに気を取られずに中高とバスケット部6年間を全うし、大学もバスケットで進学という道を手に入れていた。

そうして高校の活動を全て終えて引退した12月のことだった。父親は突然「来年の3月に旅行に行こう」と言い出した。小さなホテルを所有している学生時代の友人がいるとかで、いつか家族で行きたいと思っていたらしい。

「旅行なんていきなりどうしたの」
……前に旅行に行ったのは、お前が8歳の時だろ」

小学2年生の夏休み、まだバスケットに出会っていなかった健司は生まれて初めて飛行機に乗り、北海道へ旅行に行った。だが、その年の秋から地域のミニバスに参加し始め、以来家族旅行などは1度もしたことがなかった。というか、特に高校に入ってからは遠征が多く、しょっちゅう新幹線や国内線で遠方まで出かけていたので、「旅行をしていない」という意識がなかった。

何なら高1と高2の春休みは海外の高校生との交流試合で海を渡ったこともある。その時は保護者の同伴が許可されていたので、休みの都合がついた父親が一緒だった。なので家族旅行が久し振りなのだと思い出した健司は、頷いて父の向かいに腰を下ろした。

「そういえばそうだったね。北海道でカニ食べてアイス食べた記憶しかないけど」
「今回も別に観光旅行ってわけじゃない。ただ、またしばらく旅行する機会なんかないだろうから」

健司はまた頷いて手を組んだ。大学へは自宅から通学ではなく、ひとり暮らしを選んだ。これを機に両親は現在の一戸建ての家を処分し、それぞれの職場により近いマンション住まいになることを決めていて、実は既に家の中はダンボールが積み上がっている。

大学への進学をバスケットで手に入れてからというもの、健司は「学生競技を終えてもバスケットを続けたい」という目標を具体的に考え始めた。そのためには4年間さらなる努力を傾けたい。父の言うように、休暇とあらば家族旅行とはいかない日々が待っている予定である。

健司自身、両親に対して特別な思いがあるわけではなかった。自分のバスケット道を応援してきてくれたことは感謝しているが、その一方で人並みに反抗心もあったし、それが元で喧嘩もしたし、父と母に対しては感謝以上の例えば愛情だとか尊敬だとか、そんな感情は持っていなかった。

だが、これが自分というひとりの人間の「親離れ」のスタートだと思ったら、特に父親と少し話をしておきたくなった。自分のことを話し、父の話も聞き、お互いがどんな人間なのかという理解をもう少し掘り下げてみたかった。そんな興味が強く湧いてきたので、健司はその誘いを受けた。

正直、引っ越しも控えていて年明けからは暇ではなかったのだが、まあそこはたかが2泊3日、節目の行事のつもりで、また母を労う意味も込めて3月を迎えた藤真家は少ない荷物で出かけていった。健司の卒業式も終わり、全員あとは引っ越しを残すのみである。

行きの車の中では思い出話に花が咲き、これまでの家族の軌跡を辿っていく過程には新たな発見や新事実もあり、健司は早くも「来てよかった」と思っていた。こうした機会がないままだったら、自分は自分の生まれた家のことを何も知らずに独立してしまうところだった。

「そう、だからその学生時代の友達のくんてのが、これから行くホテルのオーナーなんだよ」
「ホテル持ってるなんてリッチだね」
「いや、ホテル自体はとても小さいんだよ。それも遺産というか、お祖父さんから受け継いだもので」
「すっごく古いんだけど、素敵なのよ~! スタインウェイがあるんだから」
「なんだ、母さんの目的はそれか」

健司の母親は子供の頃ピアノの先生を目指していたとかで、今でもピアノを弾くのが好きなのだが、この春からマンション住まいなので、古びたアップライトピアノは処分することになった。その分電子ピアノを買うらしいが、とにかく滅多にお目にかかれない高級ピアノに彼女は早くも興奮気味だ。

だが、その小さな山のホテルが両親のプロポーズの現場だと聞いた健司は途端に引いた。そういうのと家族の思い出的なのは分けてくんないかな。親の生々しい話はほんとに無理だって。

「本当に小さいホテルなんだけどね、だけど昔から料理もすごいんだから」
「健司、和牛」
「マジか!!!」

機嫌直った。

父親の運転する車がホテルに到着する頃になると、神奈川では穏やかな晴れだった空はどんよりと曇りになっていた。2日前から雨が続いていたという話だったが、父親の言うように観光旅行ではないし、そのせいかどうか、ホテルの駐車場には藤真家のもの以外に車は2台しかなく、静かに過ごせそうだ。

それにしても母の言うように、古いが雰囲気たっぷりの美しい洋館風のホテルだ。見ようによってはいかにも殺人事件が起こりそうな、そんな佇まいだった。そしてよく晴れた神奈川と違って、とても寒かった。自宅の近くの公園の桜の蕾はすっかり膨らんでいたけれど、ここはまだ「冬」だ。

トランクから荷物を引っ張り出しつつ、健司はダウンの前をかき合わせた。つい神奈川の自宅周辺と同じ感覚でダウンの下は薄いTシャツに軽いニットしか着ていなかった。寒い。同様に薄着で来てしまったらしい母親も寒い寒いと足踏みをしている。

だが、荷物を手に玄関をくぐると、力強い熱気が全身を包んだ。暖炉だ。しかも天井に抜ける巨大な煙突がぶら下がる円形の暖炉。白っぽい石組みの土台の上にちらちらと炎の明かりが揺らめいている。

これはなんか……かっこいいな。健司が感心していると、横から明るい男性の声が聞こえてきた。

「やあ、いらっしゃい。久し振りだな! 奥様もご無沙汰しております」

これがオーナーのさんとかいう人だろうか。健司は両親の後ろで黙って会釈した。

「君が健司くんかな? いやあ、写真で見るよりずっと美少年だね!」
「は、初めまして。写真……ですか?」
「そりゃあ藤真の息子がインターハイ選手と聞いては黙っていられなくてね」

父は苦笑いだ。何しろこのインターハイ選手の父親は運動がまったく不得手で、幼い頃から何をやってもヘタクソだったそうだ。なのでそれを知る友人や親戚たちはことさらに健司が優秀なバスケット選手であることを面白がる。

3人はチェックインを済ませると、オーナーに案内されて部屋に向かった。階段も廊下も照明も何もかもが古びているのに美しく重厚で、健司はずっときょろきょろしていた。

「確かにまだ春休みにはちょっと早いけど、ずいぶん空いてるね。大丈夫なのか」
「ここいらは夏が繁忙期なんだよ。涼しいからね。それにまだこの辺は春ってほど暖かくないし」
「だったら遠慮なくピアノをお借りできますね」
「そうでしたね! もちろん好きなだけお使いください。今日来ているのは身内なのでお気になさらず」
「えっ、お身内の方が来てるのか。だったら……
「いとこがやっぱり家族旅行……というか静養にな。空いてる時期はよく使うんだよ」

父の方は「それならピアノは遠慮した方がいいのでは」という顔をしているが、母の方は「それならピアノ弾き放題!」という顔をしているので、健司はちょっと笑った。母も運動は得意ではないけれど、練習は大好きな人だ。自分はそれが似たのではないかと思っている。

「まあ古いから音漏れは多少あるけど、ピアノ室はあれでも防音なんだよ。だから大丈夫」
「そういえばここって色んな部屋があったよな。図書室とか、オーディオ部屋とか」
「祖父が何十年もかけて改装改築してきた趣味の屋敷だからね」

一応商売のひとつとしてこのホテルを経営しているそうだが、それはこの屋敷を受け継ぐ際に「今の姿を維持すること」という条件があったので、維持費を捻出するためのホテル化だったのだそうだ。なのでホテルと言っても宿泊できる部屋は6つしかなく、従業員の部屋もない。

「健司くんみたいな若い人には退屈だと思うけど……
「い、いいえ、こういうお屋敷は初めてなので……面白いです」
「どこでも自由に見てくれていいからね。外にも3つばかり離れがあって、それもなかなかだよ」

オーナーの祖父はその離れの3つ目を完成させたところで亡くなったが、本人の計画では全部で7つの離れを作る予定だったそうだ。離れはそれぞれ宿泊部屋としても使えるほどの作りになっていて、今のところは客の希望によりティータイムやディナータイムに貸し出しているとのこと。

荷解きを終えた母が早くピアノを弾きたいというので、健司は父親とふたりでその離れを借りることにして、屋敷を出た。表玄関ではなく、屋敷の裏側から外に出ると薔薇のアーチが長く続き、屋敷の背後に広がる傾斜のきつい山の斜面にも花の蕾をたっぷり付けた木々が鬱蒼と茂っていた。

屋敷からはのんびり歩いても5分以上かかっただろうか。石畳の道を行った先に小さな平屋の建物が現れた。その離れはふたつの建物をくっつけたような形をしていて、日本ではあまり見かけないような、屋敷の暖炉のような白っぽい石で覆われた壁をしていた。

「こういうの、全部お祖父さんがデザインしてたのか」
「いや、注文してただけだと思うよ。設計はプロに頼んで」
……父さん、これなんて読むの」
「あー、これはええっと」
「ツツジだよ。この離れが『躑躅館』て言うんだ。館っていうほど大きくないけどね」

健司は入り口の真上にかかる文字を見上げていた。ツツジはよく知っているが、こんな字を書くとは知らなかったし、手書きらしい文字は画数が多すぎるせいでところどころ潰れている。

「百合、薔薇、牡丹、桜、芙蓉、桔梗、それから躑躅。祖父さんは全部で7つ花の名をつけた離れを作るつもりだったらしいんだけど、結局完成したのはこの躑躅、薔薇、桜だけでね。だけど祖父さんは遺言で『現状維持、手は一切加えるな』と書き残していて、僕らが勝手に残りを作るわけにもいかなくて」

中に通された健司と父親は「おお」と歓声を上げた。躑躅館の名の通り、あちこちに躑躅の意匠を凝らした室内は上品かつ実用的でもあり、言うなれば「上質な大人の隠れ家」、そんな感じだった。何もかもがこだわり抜かれたアンティーク家具や内装で、タイムスリップしたのかと錯覚しそうなほどだ。

「この躑躅が1番豪華だから人気があるんだけど、薔薇と桜もいいよ。薔薇は何なら泊まれるし」
「えっ、そうだったのか。だったら離れでもよかったのに」
「いや、離れはひとりかふたりくらいが限界なんだ。ベッドが入らなくて」

あれこれと喋っている父とその友人から離れ、健司は室内をじっくりと眺め回した。古びた洋館風だとか、素敵なピアノがあるホテルだとか聞かされていたので、どんだけ少女趣味な世界が広がっているかと思っていたのだが、とんだ思い違いだった。

ひたすらスポーツに明け暮れただけの18歳の自分でもわかる。本館も離れも、あまりに上質、これらは「良いもの」を知り尽くした大人の世界だった。健司はつい右手の手首にあるスポーティでゴツゴツしたデザインの時計を袖で隠した。こういうところなら革のベルトの時計の方がいい。

「健司くん、どう、気に入ったかな?」
「は、はい、上手く言えないんですけど、かっこいいです、すごく」
「祖父が喜ぶよ。よかったらご贔屓にね」

オーナーはお茶と軽食を設えると、そのまま退室していった。というか彼は基本このホテルは経営のみで運営は従業員に任せているそうで、旧友が来るというので顔を出してくれたらしい。

「お前は嫌がってたけど、プロポーズするならここを使えってゴリ押ししてきたのがあいつなんだ」
「まあこれじゃ言うよな。チャペルとかあってもおかしくない雰囲気」
「手を加えるなって遺言がなかったら作ってただろうな」

ふたりは躑躅館のリビングにあたる場所のテーブルに差し向かいになって座った。赤茶色の椅子はクッションもないただの木の椅子だったのだが、その座り心地の良さに健司はついため息を漏らした。こういうのにこだわる大人ってのはちょっと憧れる。

そしてテーブルの上には香り高い紅茶が既に湯気を立てていて、けれど他にも緑茶やほうじ茶が自由に飲めるようにワゴンが横付けされている。さらにアフタヌーンティーで使われるケーキスタンドには本式のサンドウィッチ、スコーン、ケーキだけでなく、キッシュやキャラメルなどが積まれていた。

「オレ、スコーンて食べたことない気がする」
「待て待て、こういうスタイルで出てきたら、下から順番に食べなきゃいけないんだ」
「えっ、そんなルールがあんの」
「ま、あくまでも目安ではあるけどな。覚えといて損はないぞ」
「ていうか父さんはなんでそんなこと知ってんだ」
「大人だから」

理由になってない、と思いつつ、しかし健司は父親とアフタヌーンティーという状況が可笑しくなってきて鼻で笑った。こういうの、「女子会」って言われてるやつなんじゃないのかな。

だが、躑躅館の中は暖炉の火で暖かくなっていくし、程よい暗さと明るさ、静けさ、また紅茶の香りと家具の木の匂いで心がどんどん解けていく。6年間脇目もふらずにボールだけを追い続けてきたことは自分の意志だったけれど、苦しいことも多かった。それを改めて感じてしまう。

「オレだって昔はこんなお貴族様のお茶会みたいなもの、知らなかったよ。でもがこの屋敷を引き継ぐことになった時に、リサーチに付き合ったことがあって。その時にアフタヌーンティーってやつを初めて知ったんだけど、最初はまごまごしてな」

男ふたりが何の予備知識もなく白亜のティールームに乗り込み、アフタヌーンティーで狼狽えている様を想像した健司はサンドウィッチをかじりながらまた笑った。今でもそんな店はほぼほぼ女性で埋め尽くされている。父親がまだ独身の頃なら店内には女性しか存在しなかっただろう。度胸があるものだ。

けれど、そういう空間でないのなら、アフタヌーンティーは悪くないなと健司は思った。サンドウィッチもスコーンも美味しいし、お茶も美味しいし、普段バスケットをやっている時の汗臭さや喧騒を離れた時にはこんな風に静かな時間があるのは悪くない。

というか、未だにバスケットはチャラチャラしたスポーツという印象を持たれることが少なくないけれど、健司自身はそういう人物ではなかったし、少なくとも生活の全てがバスケットファッションに染まっているわけではなく、むしろバスケットという共通項だけで「じゃあヒップホップとか好きなんだろ」と短絡的に結び付けられるのは好きじゃなかった。

なおかつここ1年ほどの「バスケット」は健司にとって体を動かす競技なだけでなく、常に頭をフル回転させていなければならないものだった。頭を使うのも休めるのも、静かな方がいい。

「まあそうだな、お前の場合は女の子にモテたくてバスケやってるわけじゃないしな」
「父さんくらいの年代の人ってよくそう言うけど、そんな理由でやってるやついないよ」
「昔はそれが原動力になってる人が多かったんだよ。それが栄光の証だったんだ」
「だったらホストみたいな技術を身に着けた方がいいんじゃないの」
「昔はスポーツやってる男の子がとにかく好かれたんだよ。女の子も今とは違う」

父はどうやら「そういうわけだから自分は高校生くらいのときは全くモテなかった」と言いたいらしかった。だが大学に進学してからは後の妻である母を含めた数人と浮名を流した――と叔父に聞いたことがある。でも自分の生まれる前の世界のことは実感しにくい。

「というかお前、結局彼女出来なかったんだじゃないのか」
「いやその、いたよ、ふたり」
「何だよ聞いてないぞ」
「しょうがないだろ、ひとりは1ヶ月、もうひとりは2ヶ月で終わっちゃったんだから」
「それ付き合ったうちに入らんじゃないか」
「だから言わなかったんだよ」

古くから強豪校である翔陽高校のバスケット部あるあるである。暇がない。

ひとり目は高1の7月に付き合い始めて、夏休みにほとんど会えなかったのでそのまま振られた。ふたり目は同じく高1の年末に付き合い始めたが、バレンタインに大量のチョコレートが届いたのを知って振られた。そこでもう面倒くさくなって積極的に恋愛したいと思う気持ちを失ってしまった。

面倒くさいが以後も健司の周囲には女の子が絶えなかった。みんな健司を褒めそやし、ちやほやし、プレゼントをたくさんくれた。だから恋愛はしたいと思った時にその中から選べばいいと思っていた。それまでは好きなだけバスケットをやっていればいい。

だが、父はスコーンにクリームを載せながらゆるりと微笑んで言う。

「面倒ってのはわからないでもないけど、健司、それはよろしくないなあ」
「なんでよ」
「人と人とはちゃんと向き合わないと傷が付きやすいんだ」

一応その理屈は分かる。健司もスコーンに手を伸ばしながら頷く。

「お前は自分に厳しいし、その分頑固なところもあるし、バスケットへの取り組み方ひとつ取っても、思いつめてしまうところがあるだろ。なのに人間関係を『面倒くさい』で雑に済ませてしまうと、結局自分が傷付くことになると思うぞ。そうやってお前の周りを取り囲んで黄色い声を上げてるような女の子の中に、お前の頑なさやストイックなところを愛してくれる子がいるとは思えないな」

それは父の個人的な経験則による思い込みなのでは……と思ったが、黙って聞いておく。これはこれで「父の教え」だと思ったからだ。母親は基本「自分で考えて答えを見つけるべき」という育て方をしてきた。なので、記憶として保存しておきたい父の言葉だった。いつか役に立つかもしれないし。

「まあ、恋愛も失敗してナンボ、という考え方もあるけど」
「なんで失敗する前提なんだよ」
「お前が見ているのが漠然とした『彼女』という存在でしかないからだ」
「どういう意味?」
「女の子は『彼女』という生き物じゃない。それぞれひとりの人間だ」
「そりゃそうでしょ……
「だからちゃんと向き合わなきゃいけないんだよ。上からひょいっと選べばいいものじゃない」

父の言いたいことは分かる。それが真摯な人との関わり合い方だということも理解できる。だが、果たしてそんなじっくりと時間をかけて女の子に向き合っている時間はあるだろうか。こんな風に静かなところでお互いの心を知り合うような向き合い方が、出来るだろうか。

それには自信もなければ、無理なのではと思えて仕方なかった健司だったが、躑躅館を出て本館に向かう途中で衝撃の出会いをする。石畳の道を戻り、裏口から本館に入ろうとしたその時だ。ドアが向こうから勢いよく開いて、健司と父は正面からぶつかってしまった。

「うわ!!!」
「えっ!? わ、ご、ごめんなさい!!!」

声の主は両手に本を抱えた女の子であった。

「人がいると思わなくて、すみません。大丈夫ですか」
「大丈夫ですよ、こちらこそ驚かせてごめんなさいね」

父に向かってペコペコと頭を下げている女の子を見て、健司は思った。

あ、オレこの子と結婚するわ。