君が好きでたまらない

お前に言われたくねえよ、っていうのが大方の意見ではあるんだけども、それはほら、オレは男だし、別にそんなことしなくてもイケメンであるわけだからして、まあいいじゃねーかそのくらいっていうところだったんだけど、売り言葉に買い言葉って言うだろ。アレだ。

同じクラスのは入学した頃から顔を隠すように髪をバサバサと垂らした子で、ボサボサで汚いってわけじゃないんだけど、そのせいでホラー映画っぽいというか暗く見えるっていうか、だけど別に暗いってわけじゃなくて普通に喋る子だったから、連休明けくらいにちょっとイジられたんだな。

で、ついオレも何も考えずにそれに乗っかって、あーだこーだとそのバサバサの髪の件をイジってしまったってわけだ。の髪の件についてわいわい騒いでた中には、校則には絶対触ってないし制服なのにものすごくおしゃれが上手い女の子がいたりして、そのせいもあってつい。

「一応女なんだから髪くらいちゃんとしてこいよ」とかなんとか。

もちろん言われたさ。ライオン頭のお前に言われたくねえよ、って。それに対して

「髪切るんだってタダじゃないんだけどね」なんて言うもんだからさ。つい。

「ちゃんと整えて可愛くなったら美容院代出してやるよ!」

と言ってしまったというわけさ。な? 売り言葉に買い言葉だろ。

後でこの話を神さんにしたら「それはお前がバカなだけじゃないの」って言われたけど、そうかなあ。とにかくオレがそう言うと、は口元をにやーっと歪めて、それは嬉しそうに笑った。

「本当だな? 後悔しないな?」
「男に二言はねえよ!」
「清田、週明け、財布の中暖めとけよ」

芝居がかったことをいいながらオレを指差すに、その場にいた男連中は面白そうに笑ってたけど、オレは気付くべきだったんだ。おしゃれ上手を始めとした女子たちの、あーあやっちゃった、てな苦笑いの顔に。

そんなやりとりがあったのが水曜日のことで、普段オレは部活で忙しいもんで、そんなことをすっかりさっぱり面白いくらい忘れていて、金曜日の放課後、部活に向かうオレの肩をがポンと叩いてにやりと笑い、月曜日ね、と言って去って行っても、何の話だと思ったくらいだった。

明けて月曜日。朝練終わって腹が減ってコンビニまで走って戻ってきたオレは教室でパンをかじってた。空腹がおさまって月曜は1限から古典で、こりゃあ寝るしかねえなと思ってた時のことだった。

クラス中がざわついて、席の近いクラスメイトの顔がわっと明るくなったかと思ったら、今度はオレの方を見て哀れむような目つきになった。もうあと一口でなくなるパンを口に押し込んだオレに、後ろを見ろと指を差す。なんのこっちゃと思いつつ、パンをもぐもぐしたままオレは振り返り、そのまま固まった。

「さー、清田、払ってもらおうか!」

きれいで、可愛くて、ツヤツヤの髪の女の子が、何か言ってる。誰だこの子。

「どうしたよ、男に二言はないんでしょ。はいこれ領収書」

なんか聞いたことある声だ。言ってることもなんだか先週聞いたことのあるような内容で――

「お前か!?」
「はっはっはー、残念だったな清田ー! しめて18900円、よろしく!」

オレの顔がサーッと青くなったのは、言うまでもない。

その後すぐ朝のHRが始まったから、その話は一旦保留になったけど、休み時間と昼休みを全て潰してオレはに頭を下げた。18900円なんて持ってません。が、も引き下がらない。

と同じ中学だったというおしゃれ女子の子が、言いづらそうに教えてくれたところによると、家は中学生になると美容院代をお小遣いで賄わねばならず、親に出してもらいたければ親の決めた美容院に行かなければならないという妙なルールがあるらしい。

「親指定の美容院てのは、要は親の友達で、行きたくないからねそんなところ」
「親の言う通りの頭なんて絶対嫌だよね」
「髪のケアだけでお小遣いなくなっちゃうからねえ、つらかったよ」

おしゃれ女子とはにこにこしている。それは大変だろうけど、でもさ……

「内訳? カットでしょ、毛先だけパーマでしょ、カラーでしょ、あとトリートメント」
「え、それ全部やって18900円? 安くない!? それどこ? 私も行きたい!」

楽しそうに話している女子ふたりを眺めながら、オレを先頭に置いた男子数人は、それで安いと盛り上がる意味がまったくわからなくてげんなりしていた。なんでそんなに高いんだよ。ウチの親父なんか毎月床屋行ってるけど1回1800円だぞ。

「だから言ったじゃない、後悔しないのかって。それを偉そうに男に二言はねえとか言ったの、自分でしょ」
「そりゃそうだけど」
「やっと高校入ったからバイトして好きなサロン行けると思ってバサバサの頭でもガマンしてたってのにさ、それを言いたい放題言った上にやっぱり払えません? じゃあ坊主になってもらおうかな」
「は!? ちょっと待てそんなの無理」

がニマニマしてるってのに、それを真に受けたオレは慌てた。そしたらがぐっと顔を寄せてきて怖い顔をした。……したんだけど、なんだかあんまり可愛くなっちゃったもんで、ドキドキした。

「無理なんでしょ。人には髪をああしろこうしろって言うくせに、自分では出来ないんでしょ」
「ご、ごめんなさい……
「よろしい、二度とそういうこと言わないように。半額に負けてやる」
「半額……
「9450」
「ぶ、分割で! どうか分割でお願いします!!!」

半泣きだった。どう考えてもオレが悪いので、誰も庇ってくれない。しかもこの話がどこからかバスケ部にまで流れて、オレは牧さんに怒られる羽目になった。部活の外のことで怒られるってのはどうなんだと思ったけど、人としてどうなんだって言われちゃうともうね。

けど、怒られた甲斐がありました。先輩たちがお金貸してくれると言い出して、オレはその日、18900円揃えることが出来てしまった。もちろんそれも借金なので地道な返済が待ってはいるけど、親に泣きつけるようなことじゃないから助かった。

清田家は正当な理由の出費であれば割と気前よく出してくれるんだけど、親の納得いかない使途にはビタ一文出ないことになっている。さらにオレの親父っていうのが、男に一番大事なものは男気だっていうような人なもんで、今回のようなケースは1円たりとも助けてもらえないばかりか鉄拳制裁の可能性の方が高い。

一番多く貸してくれた牧さんが、部活が終わったらすぐに連絡して渡して来いと言うので、オレは部室を出るなりに連絡を取った。本人が言うように、はさっそくバイトを始めたらしく、休憩中に返信してるけど終わるのは22時過ぎだと返ってきた。

まあでも仕方ない。明日教室で先輩たちに借りましたと言いながら渡すのも恥ずかしい。オレはがバイトしてるっていう海南から3つ先の駅で22時まで待つことにした。腹も減ったし眠いけど、しょうがない。

駅前のファストフードで半分寝ながら待ってたところに、からメールが来て目が覚めた。顔を上げると、店内はなんだか殺伐としたおじさんばかりになってて、オレはこそこそと店を出た。には店の中にいるって返信しちゃったけど、なんかあのを店の中には入れたくなかった。

そうして店の前で待つこと10分、制服のスカートにパーカー姿でがやってきた。

「どうしたん、急に。やっぱり坊主にする?」

いたずらっぽくニヤニヤしてるっていうのに、それでもは可愛かった。あのバサバサの下にこんなのが隠れてたなんて、ちょっと卑怯だろ。たぶんアレだよな、あの時何も言わなかった女子たちは、知ってたんだろうな、が可愛い子だって。あーくそ、腹立つ。腹立つけど可愛い。

っていう繊細で複雑な心を抱いたオレは、に19000円を差し出した。100円はおまけだ。

「え? どうしたのこれ」
「詮索無用だ。とにかく悪かったよ」

先輩たちに怒られて呆れられて貸してもらいましたなんて言いたくないんだよ、詳しくは聞かないでくれ。だけど、はそれをすぐには受け取らずに、少しだけ真顔になったかと思うと、手のひらでやんわりとオレの手を押し返した。

……もういいよ、いらない」
「はい!?」

オレがあんまりひっくり返った声を上げたので、はしーっと人差し指を立てて、オレの海南ジャージを引っ張った。駅舎と駅ビルを繋ぐこじんまりとしたスカイウォークにベンチがいくつもあるんだけど、そこまで引き摺られた。ベンチに放り出されたオレは、手に19000円を掴んだままぽかんとしている。

「GWに短期バイトしてたから、別にお金ないわけじゃなかったんだよ。現にこうしてカットは行ったんだし」

は髪に手をやってつるりと撫でる。スカイウォークの街灯の明かりに髪の艶がきらりと光ってる。というか美容院に行くとあのバサバサの髪がこんな風にツルツルになるっていうのがすごい。油でも塗ってんのかと思うくらいツヤツヤしてんのに、サラサラなんだからな。女の子って不思議だ。

「だけど――
「もうそろそろ行こうと思ってんだ。もうすぐ中間だし、その前に行こうって」
「いやだから」
「あのバサバサを気にしてないわけないでしょ。それをあんな風に言われたから腹立っちゃって」

スカイウォークの上は風が強い。はパーカーの袖を伸ばして手をしまい込んでいる。割と体温高いオレはあんまり寒くなかったりして、ちょっと手繋いでみたいなーなんて思ったりもして、だけど手には19000円。

「今日学校で散々いじめてすっきりしたから、もういいよ。私の方こそごめんね」

ツヤツヤでサラサラの髪がスカイウォークの強い風に吹かれて舞い上がる。19000円掴んだままのオレは、なんでに謝られてんだろう。オレ別にいじめられたつもりなかったけど。がいくらバサバサでも女の子に言っていいことじゃなかった、悪かったのはオレの方、ってわかってるのに。

ていうかなにこれ、これで金いらないってなって、この件終わり? いやそれでいいんだけど、いいんだけど今ちょっとなんかいい感じな気がするんだけど、間違ってる? 風吹いてて寒いみたいだし、ちょっと手繋ぐとか、ジャージ貸してやるとか、そういうのアリ?

「清田もそれ、邪魔にならないの。バスケしてる時」
「え、あ……ターバンしてるし」
「ああそうかー、それもスタイルだよね。てかここ寒いわ、帰ろっか」

ひょいと立ち上がったの手を、オレは無意識のうちに掴んでいて、片手に19000円片手にというよくわからない状況になっていた。これ、このまま帰ったら絶対終わる。教室でも特に話なんかしないようになって、来年とかクラスが違ったら本当に何の関係もなくなる。

なんかそれがどうしても嫌だった。

「いきなり何? どうしたん」
「あのさ! って付き合ってるヤツとかいたっけ!」
……はあ?」

ものすっごい嫌そうな顔してる。そりゃそうだよな。

「いなかったらさ、その――
「何ひとりで思い込んでテンション上がってんの」

試しに付き合ってみないか的なことを言おうとしたオレの脳天にチョップが落ちてきた。

「頭バサバサが髪整えてきたからびっくりしたんでしょ。もう少し時間かけて考えてごらん、勘違いだから」
「そ、そんなことないって」
「そんなことなくて気軽にお試し、それで1ヶ月くらいで振られるの、嫌」

掴んでいた手をは乱暴に跳ね除けて、一歩下がった。そんなことない、絶対そんなことしないって思う。だけど、の言うようにテンション上がっちゃってるのは事実だ。これは思い込みだったんだろうか――

「お金用意してくれてありがとう。だけどそれ、私じゃなくても清田は同じことしたよ。頭冷やしてね」

送って行かなきゃって思ってた。もうこんな時間だし、ひとりで帰すなんてと思ってた。だけど、どうしても足が動かなかった。オレはがさっさと帰って行く後姿を成す術もなく見送りながら、手に掴んだままの19000円をどうしたものかとぼんやり考えていた。

結局19000円は先輩たちに返すことになった。というか、ちゃんとに渡せたのかと厳しい顔で言われたらことの次第を話さないわけにいかないじゃないか。また怒られるかと思ってたけど、ひとりでテンション上げた上に即効振られたのを可哀想に思ってくれたらしく、逆に励まされた。

牧さんを始め、みんな「勘違いならそれでいいし、勘違いじゃなかったらもう一回突撃しろ」って言ってくれた。

そんなわけで、とりあえずまだを可愛いと思っていたオレは、これ以降にちょっかいをかけまくるようになった。もちろんは取り合ってくれないし、クラスの連中はオレのことストーカーって呼び始めた。ただ、嫌われてしまっては本末転倒なのだからして、教室の外では大人しくするというルールだ。

一応しつこくない程度にメールをするのはルール適用外としてる。ただし内容がないメールはしない。だからだいたい試合見に来てとか休みが出来たからどこか行こうとか、そういう無駄にアピるだけの無害なもの。

バイトを始めて小遣いが増えたはどんどん可愛くなっていくし、性格は少しドライで姉御肌だけど、ちょっかいかけまくるオレに対しても罵詈雑言を浴びせかけたりしないし、ちゃんと用があって声かけてる時は普通に相手してくれる。ぶっきらぼうに見えるけど、優しい。

1ヶ月経っても2ヶ月経ってもは振り向いてくれなかったけど、これだけ時間かけてちゃんと考えても、オレ、のこと好きだった。というかどんどん好きになっちゃって、教室で毎日追い掛け回してるのが楽しくなってきたくらい。

インターハイの予選が終わって期末頃になると、と仲良くしてるクラスの女子あたりは「清田可哀想」とかに言ってくれるようになったりして、オレがを好き好き言って追い掛け回してるというのが当たり前のようになってきた。

それに気を良くしたわけじゃないけど、オレはインターハイを控えて気合を入れなおすと共に、玉砕覚悟でに会いに行った。バイト終わりのに連絡を入れて駅で待ってるっていう、ルールからは外れてるけど今回は特別。たぶん2学期まで会えないだろうから、特別。

いつか冷たい風が吹いていたスカイウォークは、夏の重い空気がどんよりと漂ってた。明日はもう終業式っていうところで、明日教室で顔合わせたら1ヶ月以上会えない。だから、少しお願いをしたくて。ドライでも優しいは、ちゃんと来てくれた。

「こんな時間まで、あんたも元気だね。はい、おみやげ」

いっそ無表情だし、声も平坦。だけど日頃から好き好き言って追い掛け回してるオレに突然呼び出されて、それに付き合ってくれるだけじゃなくって、おみやげとか、なあほら、って可愛いだろ、いい子だろ。それが例えバイト先の残り物でも、一緒に食べようってんだよ、いっそ残酷なくらいだよな。

「急にどした? バスケ部インターハイで忙しいんじゃないの」
「明後日から合宿だし、それが終わればインターハイだし、だからさすがに明日は休みなんだよ」

だから改めて突撃してきたとも言う。2ヶ月もじっくり考えて熟成させてきたオレの思いは揺らぐことはなくて、牧さんたちに言われた通り、再突撃はするべきだろうし。ただそれでも、今急に付き合って欲しいとか言ったところでオレは3週間近く体が空かない。時期が悪い。なもんで、

「ちょっと頼みたいことがあってさ」
「えっ、宿題ならお断りだけど」
「いやそれはっ、ちょっとどうしようかとは思ってるけどそうじゃなくて!」

はけたけたと笑ってる。それすら可愛いんだけど、オレは色々ガマンしての目の前に新品のターバンを突き出した。さっき買ってきたばかりで開けたばかりのターバンはまだ少し固くてゴワついてる。インターハイ用に新しく買ったそのターバンの裏には、ネームタグがついてる。

「知ってると思うけど、オレ、1年なのにスタメンでインターハイ行って来る」
「お、おお、そうだったね、頑張って」
「頑張ってくる。だから、ここに、頑張ってって書いてくんない?」

は珍しく目をまん丸にしている。まあその、気持ち悪がられることは想定済みだ。なんか古臭い発想という気がしないでもないし、そもそもオレが好きなだけでは彼女でもなんでもないし、ただオレがここにに何か書いてもらいたくて、それと一緒にインターハイ行きたいと思ってるだけで。

書いてもらえたら、それをデコの真ん中に置いておこうと思った。1ヶ月以上も会えないから、そうしたら少しでもが近くに感じられるかと思って。だけどそれはオレがそう願ってるだけだから、断られるかもってのは、覚悟の上だ。

「書くの? 私が?」
「そう。頼めたらでいいんだけど」

なんかぽかんとしてるは、たぶんきっと惰性でターバンを受け取った。手に掴んだターバンをじっと見下ろしながら、少し首を傾げてる。オレは一緒に買っておいたネームペンを差し出す。

「書いてどうするの」
「なんていうか、そう、お守りにする」
「ならないでしょ、こんなの」
「なるって」

そりゃあ何か物をがくれたらその方がそれらしいとは思うけど、そんなの頼んでやってもらうようなことじゃないし、だったら書いてもらうくらいの方が気軽な気がしないか? まだぽかんとしつつ、はネームペンも受け取る。キャップを外して、裏返したターバンを膝に置く。

「書いてくれんの?」
「だって書くくらい別に……
「マジか、ありがとう」
「ていうか、よく飽きないよね。もう……2ヶ月?」

ネームタグの上でペン先をふらふらさせているが、ぼそりと言う。何言ってんだ、時間かけて考えてみろって言ったの、の方だろ。2ヶ月とっくりと考えたけど、寝ても覚めても好きだったよ。勘違いなんかじゃなかったから、こうしてお願いに上がってるわけですし。

「私の何がいいっての?」
「えっ、全部」
「は?」

たぶんだけど、そう言って適当に褒め言葉を並べさせて、ひとつひとつ潰していこうと思ったんだろう。だけどその点についてはこの2ヶ月間熟考に熟考を重ねてあるので、結論としてはそういうことです。はまた目を丸くして顔を上げた。何言ってんだコイツ、という顔をしてる。

スカイウォークのもわもわした空気が風に吹き飛ばされて、一瞬だけ涼しくなる。あれ以来ツヤツヤなままのの髪がまたふわりと舞い上がる。なんといいますか、振り返った先に髪を切った君を見たあの時から、ずっと好きなんですよ。それがどうも一時の気の迷いじゃないみたいで。

……インターハイっていつなの?」
「今年は8月1日から1週間。決勝まで行けば、だけど」

また目を落としたは、丸っこい字で「がんばってね まけるな」って書いてくれた。ターバンをひっくり返し、ペンにキャップをしてオレに返す。ほら、なんだかんだ言いつつちゃんと書いてくれて、やっぱり優しいよな、こういうところ。

ありがたくターバンを頂いて、袋に戻してバッグの中にしまう。バッグのファスナーを閉めていたら、またの手が目の前にニュッと伸びてきた。なんだ?

「やっぱりそんなんじゃお守りにならないよ。これ、あげる」

手を差し出すと、ぽとりと小さい何かが手のひらに落ちる。手を持ち上げて見てみたら、小さい石のついたアクセサリーみたいなのが転がってた。なんか見たことある。なんだっけ。

「ここにつけてるので、悪いけど」

が自分の胸元を指差した。それだ! 最近女子の間で、胸ポケットに付けることになってる校章に天然石をぶら下げるのが流行ってた。は赤とピンクの2つの石をぶら下げてたっけ。それが今自分の手のひらの中にあって、さあ大変。オレはたぶん相当に顔が赤くなってたんじゃないかと思う。

「え、こ、こんなの、オレもらっちゃっていいのかよ」
「文字よりはお守りになるでしょ」
「そ、そりゃ嬉しいけど――

嬉しいのは本当。だけど急に息苦しくなってきた。が好きなんだけど、はこんな風に優しいんだけど、オレの気持ちは伝わらない、オレが好きなだけではなんとも思ってないっていうのが、今更襲い掛かってきて、ものすごくしんどい。

黙っちゃったオレに、はまたドライな口調で話しかけてくる。

「2週間ちょっと、か。2ヶ月もかけられないけど、時間もらっていいかな」
「え?」

何の話だ?

「あんたが合宿とインターハイ行ってる間、考えるよ」
……何を?」
「今までのこと」

うん、話がまったく見えない。

「今までのこと?」
「そう。考えて、どうしても無理じゃなかったらまた連絡する」
「ええと――

ゆるりと立ち上がったは、手を引いてオレも立ち上がらせると、またいつかのように一歩下がる。

「そしたら、彼女にしてください」

にこりともせずにそう言って、またはさっさと帰って行ってしまった。オレの手には天然石のアクセサリー、バッグの中にはメッセージ付きターバン、の欠片が散らばるスカイウォークにひとり取り残されたオレは、たぶん真っ赤な顔で斜めに傾いてたと思う。

これ以上好きにさせてどうしようってんだよ。これでやっぱり無理だったらオレどうしたらいいんだ。

だけど、手のひらの中のピンク色の石は少しいびつで、ハートマークに見える。だから大丈夫、きっと無理じゃない。インターハイから帰って来たら、またここで会おう、

あーどうしよう、届いちゃったよ、オレの気持ち。

END