世界中の幸せと喜びが私に背を向けても

「えー!? 先月、休みでいいって話、したじゃないですか!」
「でもそれって実家の用でしょ。さん推薦通ったから受験もないじゃん」
「そうですけど」
「彼氏がいるとか帰省ならともかく、地元で実家の家族はそんなに大事な用じゃないでしょ」
「そんな!」

確か先月のシフト希望申請の際、は24日の休みをしっかり勝ち取っていたはずだった。だが、23日になって突然店長が24日の人員が確保出来てないと言い出した。アルバイトのシフトは先月の中頃には決まってたのにおかしいだろ!

「でも恋人がいる人がバイトしてて、家族でパーティ程度の人が休みっておかしくない?」
「だからそれは先月にちゃんと話し合って……

そこで電話が鳴ったので、バックヤードで呻くを置いて店長は事務室に入っていってしまった。すると、背後から同様にシングルなんだからとクリスマス周辺の連勤を押し付けられているアルバイトの先輩が顔を出した。

……先々週から店長とプリンちゃん付き合い出したらしいよ」
「は!? だって店長って」
「だから実質、ふたり足りないんだよね、明日の夜」
「嘘でしょ……

はがっくりと肩を落とした。同じアルバイト仲間のプリンちゃんはユル~い感じの女の子で、確かにイベントシーズンなのに彼氏と別れてしまったと嘆いていた。というかそのプリンちゃんが彼氏なしだからシフトに入ってもいいと言い出したからは休みを確保出来ていたのだ。そして店長は既婚者。プリンちゃんが不倫とか寒すぎるぞ。

さんは家の用事だったっけ?」
「兄夫婦が姪っ子を連れて初めて帰ってくるんです。1年以上も楽しみにしてたのに……
「うわ~それもキツいね……

年の離れた兄がも良く知る幼馴染の義姉と結婚したのは3年前のことだが、ふたりは仕事の都合で現在九州に在住しており、姪が生まれた時も両親は駆けつけていたが、は当然置いていかれていた。以後スマホの向こうにしか見たことのなかった姪っ子にようやく会えるというのに。

帰宅後それを兄夫婦に愚痴ったところ、仕事や移動の都合があるので滞在の延長は出来ないけれど、年が明けて自由登校になったら遊びにおいで、その時は費用を少し助けてあげると言ってくれた。今日もモニタの向こうの姪っ子は肉々しい頬を赤く染めてよだれを垂らしており、可愛いやら悲しいやら。

まあしかしそれも、この信仰心なんか欠片もないくせに、いかに自分がリア充であるかを実感したいだけのイベントにしがみつくばかりの世の中でシングルであることの宿命なのかもしれない、と妙な諦めの気持ちが出てきた。

というか結局高校生の間に彼氏が出来なかったは、実は去年あたりから少しずつ同じ「諦め」を感じ始めていた。17歳のクリスマスをアルバイトで終え、孫に会いに行くために両親が不在の家にひとり帰宅した時は思わず泣きそうになった。

そして中学の時に少し付き合っていた彼氏と別れてしまったことを後悔した。あの子いい人だったのになあ。なんか付き合いだしたらつまんない子に感じてきて、一緒にいても面白くなくて、受験生をやっている間に自然消滅、卒業式でも会話らしい会話もしなかった。

しかしそれを思い出したところで2年連続イヴにバイトである。幸か不幸か24日25日にシフトに入っているアルバイトは全員同じ境遇であり、中には学生のひとり暮らしで以上にひとりきりという人もいて、それよりはマシだと思うしかなかった。

ところがそんなの24日は史上最悪のスタートを切り、その後も延々と災難に見舞われた。

まずはせっかく兄夫婦が帰ってくるというのにアルバイトになってしまったことを両親からなじられ、お前が毅然とした態度で拒絶をしないからだと怒られた。それに腹を立てながら家を出ると、クリスマスのせいなのか街は大渋滞、バスで20分ほどの距離のアルバイト先まで1時間10分もかかってしまい、店長に「急にシフト変更になったからって、嫌味?」と言われる始末。

さらにクリスマスで混雑しているせいか、バイト中に3回も苛ついた客に怒られ、なおかつ客を怒らせたことを更に店長に怒られた。同じシングル同士バイト頑張ろうね、なんて話していた仲間たちは背を向けているし、または泣きたくなってきた。なんで私ばっかりこんな目に。

それでも残りあと2時間まで頑張っただったが、最後の休憩でバックヤードにいたところ、昨日プリンちゃんの件を教えてくれた先輩がやってきて、「バイト終わったらご飯行かない?」と言ってきた……のだが、彼はなぜか腕がくっつきそうなほどの距離で隣に座り、やたらと顔を寄せてくる。いやちょっと待って気持ち悪いんですけど……

だが本日全員シングルであることは知られているので、彼は「相手がいない者同士、慰め合おうよ」としつこく迫ってくる。だがには帰宅すれば兄夫婦が待っているし、もう寝てしまっただろうが、可愛い寝顔の姪っ子も待っている。仲良しでもない先輩とイヴの夜にふたりきりなんて絶対嫌だ。

全身が嫌悪感でいっぱいになってしまったは休憩を切り上げ、仕事に戻った。もしかして店長とプリンちゃんもあんな感じでクリスマス寂しさに付き合い始めたのだろうか。そう思うと途端にイヴにひとりがなんだという気になってきた。みんな気持ち悪い。

それ以後が冷たい態度を取るようになったので先輩は引き下がり、はやけに静かになった心に少しの怒りだけを残して店を出た。親がまだへそを曲げていたら兄と義姉とだけちょっと話して、部屋にひきこもろう。それでお気に入りの映画を見て、早く寝よう。

別にクリスマスなんか、私クリスチャンじゃないし、そもそも親からのクリスマスプレゼントも小学生までだったし、彼氏がいたからって必ず最高の夜になるとは限らないんだし。そんな気持ちで歩き出しただったが、数メートルもいかないうちによく知った顔と行き会って足を止めた。

「あれ、どうしたの、こんな時間に」
「おお、いやそれはお前もだろ、何やってんだこんな時間に」
「バイトだよ」

現在同じクラスの三井寿だった。マフラーで口元をぐるぐる巻きにし、フィールドコートにスポーツバッグを斜めがけにしている。この年の春まで喧嘩を繰り返すばかりのヤンキーだった彼だが、突然更生して現在全国大会クラスのバスケット選手のはず……ということは今日も部活だったのだろうか。

挨拶をしても睨まれて「うるせえ殺すぞ」と言われるレベルのヤンキーだった三井とが普通に話せているのは、まさに1年前に妙な巡り合わせがあったからだ。17歳のクリスマスイヴ、やはりバイトだったは帰りにコンビニに寄り道をし、その店の前で三井を見つけた。彼は車止めの柵に寄りかかってしきりと口元を擦っていて、三井だと気付いたと目が合うと顔を上げた。口元は血で真っ赤に汚れていた。イヴだというのに、喧嘩をしていたらしい。

「そうか、あれからもう1年経つのか」
「懐かしいね。すっかり忘れてた、そんなこと」

驚いたが声をかけ、しかし三井は盛大に鼻血を出していたものの大きな怪我はなかった。それでもはバッグの中に入っていたウェットティッシュと傷薬で手当をし、コンビニで絆創膏を買って貼り付け、自分ひとりで食べるつもりだったシュークリームを半分に分けて三井に差し出した。

1年前の三井は「いらねえよそんなもの」と拒否したが、は唇にクリームがくっつくほど押し付けて食べさせた。三井は礼も言わないし、目も合わせないし、しかめっ面のままだったけれど、ボソボソ声で「送ろうか」と言った。礼のつもりだったのかもしれない。しかしはコンビニのすぐそばからバスなので、そのまま別れた。以後、特に話したこともなかった。

「てか何、2年連続でイヴにバイトしてたのかよ」
「今年は休みのはずだったのに無理矢理替わらされてね……明日も休めないし」
「そんなところ辞めればいいのに」
「今マジでそれを検討中。三井は練習?」
「そう。でも部室でちょっとクリスマスみたいなことやってきたから遅くなった」

2学期から女子マネージャーが増えたので、彼女たちがおやつ程度に食べ物と飲み物を用意しておいてくれたそうで、三井は余計にバイトだったを哀れんでいるようだった。

「まあしょうがないよ。彼氏もいないのにクリスマス休むのはおかしいって言われちゃうとさ」
「いやその理屈の方がおかしいだろよ……
「三井はいいの? 彼女怒らない?」
「いや彼女いねえし」
「えっ、そうなの!?」
「悪いか!」

それが意外なのは、彼は更生以来女子人気が高騰中で、が知っているだけでも3人が告白して玉砕しているからだ。既に彼女がいると思うのが自然なはずだ。それを言ってみると、

「話したこともないやつにいきなり付き合えって言われても困るだろ」
「いやまあそうなんだけど」
「それに結局今日も明日も部活。それに付き合わせるのも悪いしな」

寒風に鼻を啜り上げる三井はひょいと肩をすくめ、珍しく優しげな笑顔を見せた。1年前、渋々シュークリームを食べていた時でさえ三井は今にも殴りかかってきそうな表情をしていたというのに。そのギャップが可笑しかったも笑った。

多くの人が浮かれ騒いでいるイヴに自分だけ地獄に叩き落された気分だったけれど、今年もまた三井と少し時間を過ごしたのだと思ったら、今日1日の苦痛が流れて消えていく気がした。

OKもらう前から付き合ったあとのことまであれこれ考えてた隣のクラスのあの子、告白を成功させたくて三井の友達に自分を売り込んでいたあの子、三井の方がいいからと1年以上付き合った彼氏を捨てたあの子。でもみんな振られた。なのにイヴの夜、私が三井とふたりで笑ってる。変なの。

でもそれでよかったかもしれない。なんだか三井はすごいバスケット選手らしいし、きっともっと手の届かない世界に羽ばたいていってしまう人なのだろうし、最低最悪のイヴに彼とふたり、こんな風に笑い合っていられるなんて、私にとっては最高にスペシャルな夜だ。

すると三井は少し視線をそらして、ぼそりと呟いた。

……帰るなら、送っていくよ」
「えっ、いいよ、疲れてるのに。バス停すぐそこだし」

バス停は本当に目の前。そこからバスに乗ってしまえば、最寄りの停留所も自宅からは2分ほどの距離。三井の自宅は出身中学を考えると遠くない距離なのは分かっているが、そもそも練習帰りなのだし、明日も部活だと言っていたし、無理はさせたくなかった。だが、三井はの背を軽く押し出す。

「去年、送って行けなかったから。あの時の礼」
「いいのにそんなこと。疲れてないの?」
「平気。どうせあと少しで引退だし」

三井はから見るととても背が高く、しかも口元がマフラーでぐるぐる巻きになっているせいで、表情はあまりはっきり見えなかった。けれど、なんのつもりか三井の声には「送っていきたい」という色が強く感じられて、はついそのまま歩き出した。

聞けばやはり自宅は遠くなく、徒歩での自宅に向かうなら、途中までは同じ方向。まあそれならいいか、という気になったは自販で暖かいお茶を2本買い、1本を差し出した。

「そっか、引退かあ。てか進路、決まったんだっけ」
「なんとかな。てかそっちはいいのか、受験とか」
「推薦で何とかなった。だから余計にバイト入れって言われててさ」

だからどちらにせよ3月までで辞めるということは言ってあるのだが、それを早めて今すぐにでも辞めてしまいたいと言うに、三井はまた笑った。というか笑った三井を間近に見るのは初めてかもしれない。はその横顔に気持ちが浮き立ってきた。なにこれ、史上最低のイヴが人生最高のイヴになってきたかもしれない。

イヴの夜とはいうものの、駅から離れた街は渋滞だけを残して人通りは少なく、ふたりは12月の寒空の下を雑談しながら歩いていた。どうしたことか、とりとめもない雑談が途切れることはなく、血まみれヤンキーだった三井はまるで普通に普通の高校生な会話をしている。

もしかしたら、ヤンキーだったのはほんの気の迷いで、こういう三井が本来の三井なのかもしれない……がぼんやり考えていると、突然体がぐらりと傾き、そのまま歩道をガードレール側に引っ張られた。それに驚いたの背後から、やたらと大きな音を立てる原付が5台、猛スピードで通過していった。ちょっと待てここ歩道だけど!?

「いや渋滞してるけど! せめてもう少しスピード落としてよ!」
「大丈夫か」
「えっ、あ、ごめん、ぶつかっちゃったね」

我に返ったが顔を上げるとマフラーの緩んだ三井が見下ろしていて、そして、手を繋いでいた。どうやら渋滞をスルーしたい原付の暴走に気付いて引っ張ってくれたらしい。だがは突然のなりゆきに反応が薄く、三井の手の大きさの方によほど驚いてぼんやりしていた。

……お前、手あったかいな」
「えっ、そう? お茶持ってたからかな。てか三井はめっちゃ冷えてるね」
「寒いの、苦手なんだよな」
「へえ、男子が冷え性って珍しいね」

がまだぼんやりしていると、三井はまた顔をそらして声を潜めた。

…………このまま、繋いでても、いいか」
「えっ、あ、あの、うん、いいよ」

がそう言うなり、三井は繋いだ手ごとフィールドコートのポケットにねじ込み、歩き出した。ポカンとしていたは今度は狼狽え、足がもつれそうになりながら繋いだ手を頼りに歩き出した。待って待って待って、どういうことこれ! こういうのって普通カップルがやることなんじゃないの!?

かと思えばポケットの中で繋いだ手は恋人繋ぎに変えられ、そのせいでは三井の腕にぴったり寄り添う形になってしまった。だからこれ冬のカップル! 凍えそうな季節に愛をどうこう言うのはどうでもいいから冬のせいにして暖め合うカップルがやること!

狼狽える、途端に黙ってしまった三井、ふたりはそこからほとんど喋らずに歩き続けた。途中の自宅に向かうために道を教える以外では何も言わず、白い息が漏れ出る以外には何もないまま、ポケットの中の繋いだ手だけが熱くて、指先に鼓動を感じるほどだった。

そうやってどれだけ歩いただろうか。の自宅へは、バスの停留所で言えばあと2つか3つというところに来て、やっと三井が口を開いた。

……1年前のこと、今更だけど、ありがとう」
「え、そんな、大したこと、してないよ」
「今考えると情けないけど、自分だけ何もかもから見放されてる気が、してた」
……あの時?」

三井は頷き、仲間と遊んいでいたのに些細なことで殴り合いの喧嘩に発展し、ひとり輪を外れて鼻血を拭いながら歩いていたところ、コンビニのポスターに今日がイヴであることを思い出して一気に気持ちが腐ってきていた……と告白してきた。

「別にクリスマスだから寂しいとは思わなかったんだけど、笑顔の家族がチキンとケーキを囲んでるポスターを見たら、自分だけ幸せや楽しさのある世界から弾き出されて、もうその中には入れてもらえないんじゃないかって、そんな気がしてきて」

クリスマスはハッピーなもの。みんなで笑い合い、楽しみ、幸福を感じる日。そんなイベントの在り方が、逆に誰かを追い詰めている。それは血まみれの17歳にとっても同じだったようだ。みんな浮かれて幸せそうな顔してる日に、どうしてオレは血だらけなんだろう。どうして苦しいままなんだろう。

「だからあの時、お前が絆創膏買いに行ってる間、実はちょっと泣いてた。嬉しかったとか余計悲しくなったとかってことじゃなくて、どうしてか、自分はひとりじゃなかったって、思えて。めちゃくちゃ恥ずかしくて余計に泣きたくなったけど、お前がシュークリーム押し付けてくるのが今度は、可笑しくて」

その割には凶悪なしかめっ面だったねとがつい突っ込むと、また優しげな笑顔の三井が「そりゃ、喜んでると思われたくなかったし」と肩をすくめ、手はさらにぎゅっと繋がれた。

はそれをどこか夢見心地で聞きつつ、その感覚はついさっき体験したばかりだと思った。

「今日、バイト無理矢理替わらされただけじゃなくて嫌なことばっかりで、本当なら今夜は初めて姪っ子に会う予定で、お兄ちゃん夫婦にも久しぶりに会えるはずで、なのに彼氏いないってだけの理由でそれを取り上げられて、それを親にも怒られて、私だけ家族の中から追い出されたような気が、してた」

心待ちにしていた新しい家族との時間を不倫カップルの我儘に奪われ、クリスマスに自分はハッピーでなければならないという思いに囚われた人々のせいで何度も苦痛を感じてきた。

「でも三井に会ったら、なんかそういうつらい気持ちとか、なくなっちゃって。そういえば去年も今年もイヴは三井と一緒だったんだなって思ったら、私の今年のクリスマスはそんなに悪い日じゃなかったかもって。こんなカップルみたいに手を繋いで歩くなんて、夢みたいだよ」

も繋いだ手をぎゅっと握り返し、息を吸い込む。

「私たち、去年も今年も、イヴはひとりじゃなかったね」
……
「えっ?」

奇妙な偶然が重なって、きっと自分たちのイヴはささやかな思い出になるに違いない……と締めたつもりだったは、足を止めた三井にぶつかってしまった。フィールドコートが冷たい。

「三井……?」
……明日の夜、迎えに行ってもいいか」

自宅まであとほんの15分ほどの街角、民家のイルミネーションと自販機の明かり、そして通り過ぎる車のヘッドライトの中で、ふたりは見つめ合った。三井が何を言っているのか咄嗟に意味がわからなかったは、息をするのも忘れていた。

「迎え?」
「明日もバイトだって言ってなかったか。同じところで、待ってる」
……また、歩いて、帰る?」
がいいなら、そうしたい」
……いいのかな、そんな、カップルみたいな、こと」

のもう片方の手を取った三井は、少しだけ距離を詰め、そして屈み込んだ。

……他に誰も、いないなら、来年のイヴも、迎えに行きたい」
「来年のイヴ……? 明日が終わったら、1年も待たなきゃいけないの? 他の日は、会えないの?」

そう言うなりは三井の両腕に目一杯抱き締められ、冷たいフィールドコートに包まれた体が少しだけ浮き上がった。ふたりの白い息が混ざり合ってつめたく冷えた夜に溶けていく。自分たちはひとりじゃない。幸せや喜びから切り離された気がしていたけれど、同じ心がここにあったから。

は三井に告白して玉砕した同級生たちの顔を忘れ、店長の顔を忘れ、気色悪い先輩やクレーマーを忘れ、束の間心待ちにしていた姪っ子のことも忘れた。

そしてその代わりに、記憶の中の血だらけの三井を、今頬に触れる彼の肌の感触を愛しく思った。

「私、イヴじゃなくても、こうしていられるなら」
「クリスマスじゃなくても、一緒にいて、くれるか」

何度も頷きながらが見上げると、三井は恥ずかしそうに微笑んでいた。そうか、1年前、こんな顔をしそうになっていたから、頑張って凶悪なしかめっ面をしていたのか。だけど、もうそんな顔しなくていいんだよね。はそれが無性に嬉しくて、同じように微笑んだ。

白い息が風に流れて消え、そして暖かい唇が静かに重なる。

……これは、去年の分」
「じゃあ、これは、今年の分」

爪先立ったの体をすくい上げるようにして、また唇が重なる。

今日が特別な日でも、そうでなくても。最低最悪の日でも、世界中の喜びの中から仲間外れにされても。ふたりでこうしていられるなら、そんなことはもうどうでもいい気がした。

三井はフィールドコートを開いて中にを包み込むと、キスを繰り返しながら囁く。

「ずっと好きだった。1年前の、あの時から。…………

そして来年も再来年も、ふたりで一緒に、ずっとこうしていられたら。

熱くなるばかりの唇には寒さも忘れた。

END